表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
40/76

第40話

 ジンガが登校してきた。

 良かった。ふさぎ込んでしまったらどうしようかと思っていた。

 彼がどのような経緯でこの世界に来たのかは知らないが、今まで頼りっきりだったチートがなくなったんだ。

 不安に潰されてしまう可能性もあるだろうと考えていた。

 なのに彼は中1日を置いて、普通に登校してきた。

 彼は強いんだな。

 ちゃんと前を向くことができるなんて。

 ただ、冒険学科の教室に入るや否やユーファに声をかけるのはいかがなものかとお兄さんは思うよ。


「リョーゲン先生!今まですみませんでした!これからは心を入れ替えてまじめに授業に取り組みます!」

「お?…おお」


 犬猿の仲だったリョーゲン先生も、ジンガのあまりの変わり様に驚きを隠せない。

 もちろん他の生徒たちもだ。

 ユーファだけは微笑ましそうに見ている。


「アリス先生。特別資料室前の不審者騒動は片付きましたけど、今はあなたが不審者のようですよ」

「ナーセル先生!?いや、オレは別に…。オレ冒険者もやっているのでちょっと気になっただけなんですよ」

「そうでしたね。アリス君は魔導具技師と冒険者のWワークでしたね。授業の時間割が被っていないのですから、リョーゲン先生に了解を取ってから普通に授業に参加されてはいかがです?」

「えっ?そんなことできるんですか?」

「ええ。リョーゲン先生が了承したらの話ですが」


 今もそうだが、学院時代もあまり冒険者に積極的ではなかった。

 基本は魔導具技師。あくまで冒険者は必要に応じて。

 …って考えていたのだが、今はミカゲやアイナがいる。

 彼女たちは学院そのモノ、そして冒険学科に興味を持っていた。

 だが学院で勉強する権利を有していない。

 だったらオレが代わりに授業を聞いて、家で彼女たちに授業要点を伝えることができれば少しは冒険学科というものが伝わるかもしれない。

 まあ、学校というモノは授業を聞くことが全てではない。

 他の生徒たちと競い合う、人間関係を広げていく、誰かと時間を共有する…。

 そんな勉強以外の部分が多いのだろうけど。




 オレは翌日から普通に冒険学科の授業に参加し、それが終われば魔導工学科の授業をする。

 ジンガのフォローもしてやれるし、正々堂々ジンガの魔の手からユーファを守ることもできる。


「なんで俺の練習相手がユーファちゃんじゃなくてアリス先生なんだよ」

「さあ、なんでだろうな」


 バカを言うな。

 なんでかわいいユーファと組ませにゃならんのだ。

 そもそもジンガはリョーゲン先生とケンカ腰だったため、教室の中では浮いた存在。

 仲のいい相手も、いつも2人組を組んでくれる相手もいなかった。

 そこで編入してきたユーファ。

 ジンガにとっては都合のいい相手だったんだろう。

 だがそれはオレが来るまでだ。


「いいじゃないか。オレ相手だと遠慮する必要ないだろ。そのほうがジンガのためにもなる。思いっきりかかってこいよ」

「なんで俺のこと知っているんだ!身体強化は使えるんだ!ナメるなよ!」


 今日の授業は物理戦闘/剣術。

 魔法は身体強化のみ。あとは木剣での訓練だ。

 ジンガにとっては苦手分野じゃないのか?超越魔力に頼っていたし。


「なんだ?ジンガ。全然大したことないな。君が選んだ武器は両手剣だろ?身体強化を使っているんだろ?だったら上手いこと使いこなさないと。両手剣は重いんだ。止まった状態から攻撃しようとすると、どうしても隙ができてしまう。だから剣を止めるな。動作の流れを意識するんだ」

「くそっ!こう、言う、ことかよ!」

「ほう。いい感じに振れてきたじゃないか。ま、握り方が甘いがな!っと」


 オレは木刀でジンガの両手剣の根元を狙い弾き飛ばす。

 一応オレ、現役の中級冒険者だからね。

 これくらい余裕余裕。


「あと重心を意識し軸を決めろ。踏ん張りが利かないと手の力だけで両手剣を振るうことになるぞ!」

「こ、こうか!」

「そうだ!いい感じだ。剣に力が伝わっている。やるな。こんなにスグに飲み込めるなんて」

「へへ…」


 おっと、いけない。

 どうもオレはいいところを見つけると褒めてしまう癖があるようだ。

 さっきまで挑発しようとしていたのにね。


「なあ、ジンガ。君は身体が小さいが動きはとてもいい。重たい両手剣よりも、片手剣とバックラーを効果的に使ったほうが君の実力が活かせそうな気がするな。一回、片手剣とバックラーに変えてやってみるか?」

「うーん。両手剣のほうが格好いいんだけど…。でもちょっとやってみる!」


 やっぱりジンガには両手剣よりも片手剣のほうが合っている。

 たぶん元々器用なんだろうな。バックラーも効果的に使っている。


「やるじゃないか。ジンガ。さっきよりも動きが段違いだ」

「アリス先生の言う通りだ。思い通りに攻撃ができている気がする」


 ジンガは魔法主体の戦い方しか知らなかったのだろう。

 自分に合った武器がわからない。教えてもらう機会を失っていたんだ。

 最初は自分の好みで素人目にも不釣り合いな両手剣を選んだ。

 だが身体的特徴によりデメリットはなかなか払拭できない。

 だからオレは片手剣をすすめた。これが想像以上にハマった。

 ジンガの戦い方にあったのだろうな。

 でもな、正解は一つとは限らないんだ。

 ジンガが冒険者として成長していくならいろんな種類の武器を手に取ることもあるだろう。

 今のウチにたくさん経験して、たくさん失敗して、たくさん成長していこう。


 あれ?生徒たちの目がオレたちに集中している。

 特にユーファ。


「あ…あの…アリス先生。私も練習相手お願いしてもいいですか?」

「え…いや、今ジンガと…」

「いいじゃんアリス先生!ユーファちゃんも見てあげてよ。俺じゃこんなにわかりやすく教えることはできないからな」

「あ、ジンガがいいのなら構わないが…」

「お願いします!アリス先生っ!」


 ユーファも途中で編入してきたばかりだ。

 それも冒険者としての訓練なんてほとんどしたことがない。

 自分に合った武器なんて知っているはずもない。


「じゃあユーファさん、君はどんな冒険者になりたいと思っているんだ?前衛・後衛?物理・魔法?攻撃系・補助系・回復系?」

「いえ…。まだそこまで全然わかっていない状態なんです。すみません」

「いやいや謝る必要はないんだ。わからないなら、これからわかるようになれば良い。それだけのことだ。だが…方向性だけでも決めたいな。君は目標とする冒険者とか、あこがれの人とかいるかい?」

「お兄ちゃ…いえお兄様が憧れなんですが、どんなスタイルの冒険者なのか知らないんです」

「兄か…」


 たしかに兄のキーノの冒険者スタイルなんて知らん。

 冒険者やっている姿が想像できん。

 となると…。


「他にはいないか?」

「他ですと…私が知っている冒険者は…。あ、アイナさんです!アイナさんがいました!」

「アイナか。一番難しい戦闘スタイルなんだぞ。アイナは近接物理・魔法、中距離攻撃・魔法、遠距離魔法、補助・回復系もやるオールラウンダーだ。斥候と盾役以外ならなんでもこなすからなぁ…」

「それかっこいいです!アイナさんスタイルを目指したい!」


 広く浅くやるのが一番かもな。

 やっていくうちに得意分野が出てくれば、そこから特化していくのもアリだ。

 とりあえず軽めの片手細身剣で練習しよう。


 正直、ユーファは近接戦闘は全然ダメだった。

 武器の基本的な動きを身につけようと頑張っている。

 仕方ないんだよ。10歳なんだから。

 まずは身体作りから始めないとね。

 ユーファ自身魔法のほうが得意っぽいから、今は魔法に集中したほうがいいかもね。


「くやしいです。全然動けない…」

「そりゃそうだ。初めて武器を持った人がスグに動けるわけがない。なのにユーファさんは最後まで諦めずしっかり武器を扱おうと頑張ったんだ。それはすごいことだと思うよ。おそらく今日だけで大きく成長したはずだ。自信を持つには早いけど、悔やむのは違うぞ」

「そう…なんですか」

「ああ。そうだな。ユーファさんが授業以外でも頑張りたいと言うのなら、一度ウチのアイナを尋ねるといいよ。彼女も会いたがっていたし。きっと喜んで教えてくれるはずだ」

「ありがとうございます!ぜひお伺いさせてもらいますね!」



 うーん。おかしい。

 冒険学科には冒険学を学ぶ生徒として参加させてもらったのに、講師みたいなことをしてしまった。

 これは良くないことだ。

 オレにはオレの教え方があるように、リョーゲン先生にはリョーゲン先生ならではの教え方があるんだ。

 もちろん授業を受ける生徒も10人いれば10種類の受け止め方がある。

 授業のたびに言っていることが違うようでは、生徒たちも困るだろう。

 でも今回だけは許してくれ。

 ジンガの超越魔力を封印してしまった責任を感じているんだ。

 彼が来訪者と言う“慢心”を捨てて、イチから成長しようとするきっかけを作りたかったんだ。

 ユーファのことはついでだけど。


 そういや、リョーゲン先生がどんな授業をしているのか全然見ていなかったよ。



「ただいまー」

「おかえりー、アリスくん!」

「おかかー」

『お帰りー』

「お帰りなさい。アリス先生」


 …ん?お帰りが一つ多いぞ。


「お兄ぃ。友だち連れてきちゃったんだけど…」

「お邪魔します。さっそく来ちゃいました」

「偶然ギルドの帰りに会っちゃったのよね。明日学院休みでしょ?せっかくだからウチで泊まってもらおうと思って連れて帰ってきちゃった!」

「もうすっかりわたしともむーちゃんとも仲良くなったんだよう!」

『むっち、仲良し』

「はいっ!」


 ユーファとムツミは見た目は同い年って感じだし、ちょうどいいんじゃないかな。

 友だちになってくれるとオレもうれしい。


「いや、来てくれてうれしいよ。なら歓迎会しないとな。今日は料理のリクエスト受け付けるぞ」

「カレー」「カルボナーラ!」『アリス』「私はなんでもいいです」

「ユーファさんが食べたいものが最優先だよ。あとオレは食べ物じゃない」


 ユーファから聞きだしたリクエストはオレとユーファの故郷、コーロ村で母が良く作ってくれた鍋料理だ。

 あっさりしているように見えるが、なかなかパンチが利いた味がする。

 パンやお米ともよく合うんだ。

 しかもオレ・兄・父のためにいつも肉多めで作ってくれていた。

 でもユーファが産まれてからどうなったんだろうか。

 ちょうどいい機会だ。

 ミカゲとアイナにもオレの郷土料理を味わってもらおう。

 今回はオレのアレンジは一切ナシだ。母の肉盛り鍋を完全再現して見せよう!


「おいしいよう!アリスくん、こんな料理も作れたんだ!」

「お兄ぃって料理スキルだけどんどん高くなっているんじゃないの?」

『もっもっもっもっもっ…。肉、うまし』


 概ね大絶賛。

 ミカゲとアイナがいることもあって、料理のレパートリーは日本のものが多いんだよね。

 これからはこちらの料理も積極的に作っていこう。


「この味、故郷の味とおんなじだ…」

「そりゃそうだろ。だって…」

「あー!思い出した!ユーファちゃんのお兄ちゃんのことよ!」

「ありゃりゃ。アイナちゃん、兄という存在が関われば見境なくすんだから…」

「そりゃそうよ!だってこんなにかわいいユーファちゃんを放置しているような鬼畜なお兄ちゃんなのよ!許せるわけないわ!」

「お兄ちゃんにも事情があるかもしれないよう。まずは見つけてから話を聞かないと!」

『ミカゲ、珍しく理性的なこと言っている』

「ひどいよ!むーちゃん!」

「ユーファちゃん、お兄ちゃんってどんな人なの?かっこいい?」

「い、いやそのだな…」

「お兄ぃは黙ってて!」

「実はお兄ちゃんのことはほとんど知らないんです。会った記憶は1回だけ…」


 そうだった。

 オレは3回会ったが、そのうち2回は乳児、幼児だったから覚えていないか。


「でも、なんでそんなにお兄ちゃんに会いたいの?1回あっただけじゃもう他人みたいなものだよう?」

「実は生まれたときからお兄ちゃんの話を聞いていたんです。8歳の頃から魔導具技師として成功した麒麟児だって。お父さんもそこそこ有名だったけど、それ以上の伝説の様な魔導具技師に見い出されてどんどん成功していったらしいんです。それに冒険者としても実績を残しているらしく、冒険者ギルドではマスターから一目を置かれているとか。そんな話をずっと聞いてきたんです。私にとってお兄ちゃんは絵本の中の英雄さんなんです。憧れちゃうじゃないですか。だから私はお兄ちゃんに会いたい。会っていろいろ教えてほしい。魔導具のことも冒険者のことも」

「へえ。すごい人なんだね。早く会えるといいね。ユーファちゃん!」

「はいっ!」

「で、お兄ちゃんの名前はなんていうの?わたしたちも探してあげる!」

「はい『アリスタッド・スパーダ』って言います」

「!!!?」


 一斉にオレを見る。

 そんな目でオレを見ないでくれ。


「だからオレに話をさせてほしかったんだが…」

「どういうことよ!お兄ぃ!」

「アリスくん、アイナちゃんのときもそうだったけど、真実は早く公表したほうがいいよ。焦らされるなんてかわいそうだよう」

「わかってたよ!だから学院で名前を知ったときから話しかけようとしていたんだよ!でも機会がなくて…」

「言い訳、かっこわるいよう!」

「あのあのっ!どういうことなんですか?教えてくださいっ!」

「ああ、ごめんごめん。改めて自己紹介するよ。オレは『アリスタッド・スパーダ』。ユーファ、君の兄だ」

「…でも、アリス先生は…。アイナお姉ちゃんのお兄様なんですよね」

「そうよ!あたしは血は繋がっていないけど実の妹よ!」

「なんでいつも話をややこしくするかな…」


 説明、大変でした。

 ユーファが感極まって泣き出してしまったのもあるけど、ところどころでアイナが話をややこしくする。

 なんだよ、『年の差は4年、10年、30年あるけど』とか『魂はつながっているわ』とか。

 何も知らなかったら意味不明だよ。


 ユーファが落ち着いてきたら、アイナによる講義が始まっていた。

 議題は“実の妹とは”と“必ず落とせるお兄ぃ攻略法”。攻略されたことねーよ!

 前世で10歳下の実の妹、アイナ。

 今世で10歳下の実の妹、ユーファ。

 なぜかミカゲもムツミも参戦している。

 仕方ない。デザートでも用意するか。

 今日は柑橘系果実のシャーベットだ。

 やっぱりガッツリ肉を食べた後はあっさりしたものだよね。


 …オレもユーファと話したいなあ。

 積もる話もあるんだよ。

 言い出せなかった言い訳もしたいんだよ。

 兄や両親のことも聞きたいんだよ。


 あーあ。夜は長そうだ。



 さすがにアイナも悪いと思ったのか、オレとユーファの二人っきりにしてくれた。

 その気遣い、最初からやってほしかった。


「ユーファ、悪かった。なかなか実家に帰ることができなくて」

「ううん。いいの。お兄ちゃんがここで魔導具技師として、冒険者として頑張っているって聞いていたから」

「そうか…。ま、魔導具技師としてならそこそこ頑張っていたよ。冒険者としては全然だけどね」

「そんなことないと思うよ。今日だって私に戦い方の基本教えてくれたじゃない。うれしかったんだよ。この人がお兄ちゃんだったらいいのにって思ったくらいなんだから」

「はは…。まさか本当に兄だったとはね…」

「でもお兄ちゃんひどい。そのときすでに知っていたんでしょ。私が妹だって。なのに“ユーファさん”って他人行儀なんだもん」

「ごめんごめん。ユーファが尊敬する兄って、キーノ兄さんのことだと思っていたんだ。オレのことなんて頭にないと思っていたからね」


 どうもオレは実家のことは全然興味がなかったらしい。

 ユーファに聞いて初めて兄のキーノが結婚したことを知った。

 しかも相手の女性は来訪者らしい。

 うわ~。気になるなあ。どんなチートを持っているのだろう?


「お兄ちゃんに聞きたいことがあるんだけど…」

「何だ?何でも聞いてくれ」

「ミカゲお姉ちゃんと、アイナお姉ちゃんと、むーちゃんのこと。お兄ちゃん結婚していないんでしょ。なんで一緒に暮らしているの?」

「う~ん。ただの成り行きだしなあ。ミカゲは人間不信こじらせて居場所がなくなったから保護したついでに下宿するようになったし、アイナは押しかけ妹だし、ムツミはペットだし…」

「ごめん。後半意味わかんないよ…。ねえ。アイナお姉ちゃんとどんな関係なの?訊いても理解できないんだ。血のつながりがないので子作りもできる実の妹って何?実の妹って私だけだよね?」

「10歳の女の子になんてことを言っているんだよ…。ユーファ、すまないがまだ詳細を教えることはできないんだ。ただオレとアイナは…厳密には兄妹ではないが、魂的に実の兄妹であると言える。深く考えないでくれると助かる」

「わからないけどわかった…。じゃあ私とお兄ちゃんの関係は?」

「もちろん実の兄妹だ」

「…私ね。実は家を出たかったの。お父さんお母さんは仲がいい。お兄様もお嫁さんと仲がいい。なんか私の居場所がなくなった気がしてきたの。そんなときにウェステンバレスの学院の話が出た。私はお兄ちゃんのことを思い出したの。たった一度きりしか会っていないお兄ちゃん。全然帰って来てくれないお兄ちゃん。私のことなんかこれっぽちも考えていないお兄ちゃん。でもね。なぜかお兄ちゃんなら私の居場所になってくれると思っていたの。ほんと不思議。今でもその直感をこれっぽちも疑っていない。お兄ちゃんなら私を受け止めてくれるって信じているの」

「ユーファ…」

「ねえ。お兄ちゃん。誰が本命なのか教えて?選ばれなかった人はどうなるの?」


 バタンっ!


「それはあたしも気になるわ!」

「またきたよ…」

「もしかして、わたし追い出されるの?いやだよう…」

『むっちはずっとアリスと一緒』

「ちょっと待ってくれ。オレは今は誰かひとりを選ぶつもりはない。今の生活が気に入っているんだ」

「でたよ。お兄ぃの事なかれ主義。現状維持で問題先送り。それが一番人を傷つける言葉なのにね」

「そんなんじゃないんだ…」



 オレはずっと一人だったんだ。

 両親から大切に育てられたが、どこか冷めている自分がいた。

 前世の記憶―――大人の心が自分の中にあることで何もかもがつまらない。

 「こうすればいいのに」「こんなのがあればいいのに」…日々の生活にストレスを感じていた。


 父の影響で魔導具に触れた。

 幼少の頃に魔力を帯びてしまった眼のせいで魔力が見えるようになってしまった。

 他の人とは違う発想力で便利な魔導具が作れてしまった。

 8歳の頃にはいとも簡単に特許を取得し、安定した収入が得られる目途が立った。

 うれしかったと同時に自分が怖くなった。

 「自分はチートを持っていない」と言い聞かせているのに、前世の記憶と知識と魔力眼でチートを生み出してしまったんだ。

 チートはいらないって言っていたくせに。

 

 オレがこんなにチートで悩んでいるのに異世界からやって来た人たちはチートを享受して自由気ままに振舞っている。

 嫉妬なのか、羨望なのかわからない。

 何の苦労もなく、何の苦悩もなく、何の疑問も持たないチート持ちが許せなくなってしまった。

 そしてそんなことで憤りを感じている自分自身が許せなくなった。


 オレは人間不信なんかじゃない。

 オレは自分不信なんだ。

 自分が一番信じられない。


 今も新しい魔導具を作って喜んでいる自分がいる。

 チートで新しい魔導具を作ってしまって悩んでいる自分がいる。

 便利な魔導具の試作品を作っても、ほとんど特許出願しないのはこんなつまらない葛藤のせいなんだ。

 どっちが本当の自分なんだろう。

 もうオレにはわからなくなった。


 オレはミカゲを利用した。

 自分のためにチートで魔導具を作るんじゃない、ミカゲのために、人助けのためにチートを利用して魔導具を作るんだ。

 そうすればオレのチートは悪いチートじゃない。

 自分自身に言い訳をするために、ミカゲを家に招き入れた。


 ミカゲはオレを頼ってくれた。

 わがままを言ってくれた。

 オレに依存してくれるのに、しっかりと距離感を保ってくれた。

 それがオレにとってたまらなくうれしかった。


 アイナにオレの秘密を打ち明けたとき、ミカゲは「なんで別人にしたがるの?」「アリスくんでも有馬さんでも同じじゃない」と言ってくれた。

 チートを持っていないオレも、前世の記憶を持っているオレもどちらもオレだったんだ。

 オレはオレでいいんだ。

 そのときはじめて許された気になった。


 アイナは前世の実の妹。

 死んだときの唯一の心残りだ。

 そんな彼女がこの世界にいてくれた。

 “オレは彼女を守る”そんな使命感を持つことで、オレは前を向くことができたような気がする。


 ムツミは、この家で一人でいるときにずっとそばにいてくれた。

 それがどれだけ俺の心の支えになってくれたことか。


 彼女たちを助けるつもりだったのに、実際はオレが助けられていたんだ。

 ずっと支えられ続けていたんだ。

 依存していたのはオレだったんだ。

 彼女たちには本当に感謝している。

 できることならずっとこの生活が続いてほしい。

 誰かを選ぶ?とんでもない。

 みんながいるおかげでオレはオレでいられたんだ。

 つまらないことでウジウジ悩んでいる小さい男だけど、未だに自分自身に自信が持てないヘタレだけど、オレはみんなと一緒にいたい。


「オレはみんなと一緒にいたい。オレを助けてくれたミカゲも、オレに光を与えてくれたアイナも、オレを支えてきてくれたムツミも、誰一人欠けることなく一緒にいたい」

「わたし、アリスくんを助けたことなんてあったっけ?」

「あたしも身に覚えがない」

『むっちはずっとアリスと一緒』

「ねえ。お兄ちゃん。お兄ちゃんとみんなの関係が羨ましい。私もその中に入れてもらうことできるかな?私もお兄ちゃんを頼りたい。お兄ちゃんに頼られたい」

「大歓迎だよう!ユーファちゃん!」

「もちろんじゃない。実の妹同士仲良くやりましょ」

『むっち、ゆーちゃんと一緒、うれしい!』

「ユーファが望むなら、全て受け止めるよ」

「お兄ちゃん…ありがとう」


 ユーファも心細かったに違いない。

 実家でも居場所がなかったといっていた。

 学院でも飛び級したせいで回りは自分よりも年上ばかり。

 寮内でも浮いた存在になっているに違いない。

 だったら兄として何かしてあげないとな。遠慮なく頼ってくれ。


 ユーファは基本的には寮住まい。

 休みの日にこちらに来るという形にするようだ。

 ちなみに泊まる場所はムツミと同じ部屋。一緒に寝るらしい。

 2階の部屋、一つ余っているから個室でもいいのに…。


 また妹が増えてしまった。

 今度は正真正銘の血のつながった実の妹だ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ