69・努力の先
人が亡くなる表現と、残酷な表現があります。
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リュシアンは広いベッドに横たわっていた。呼吸は弱く、体には力が入っていない。医師から今夜が峠だと聞かされ、カロルとその子供達にその伴侶達、そして孫に曾孫達が、この部屋に集まっていた。すすり泣く音が、この部屋を支配していた。
リュシアンの手がゆっくりと上がった。それに気が付いたカロルはリュシアンの手を握る。
「リュシアン…。」
「…カロル………。ありがとう。……愛してる…………。」
掠れる声でリュシアンはゆっくりと息を吐くように言った。続く言葉を紡げずにリュシアンから力が消える。
カロル、愛してる。次産まれてもまた、君に会いたい…。
伝えたかった想いはカロルの耳には届かなかった。カロルはリュシアンの手を握り締めたまま涙を流す。ベッドの傍に居た子供、孫、曾孫達も泣いている。
「リュシアン様………。」
泣き声の中に子供のような声がリュシアンを呼ぶのが聞こえた。泣いているようなその声の主は佐助だ。カロルよりも長くリュシアンと共に居た彼は、主を愛するのと同じようにリュシアンを愛していた。
国中に元国王リュシアンの訃報は知らされた。葬儀が執り行われ、カロルや子供達がリュシアンの棺に花を手向ける。老いても美しいリュシアンの頬にカロルは口付けをし、別れを告げる。
「リュシアン、どうか安らかに…。私ももうじき、参ります。」
カロルは自分の死期が近い事を感じていた。そしてリュシアンの葬儀から一月後、子供達に旅に出る事を伝えた。ディミトリとアントワーヌは驚き引き止めたが、クリステルは涙を流し別れを受け入れた。クリステルはモンスターと使役契約をしているから知っているのだ。死んだら、使役しているモンスターに体を食べられる事を。それを見られない為に旅に出るのだ、と。
四人は涙を流し別れを惜しんだ。ディミトリ達はカロルとの最後の別れを、安らかな眠りを見送れない事が悲しかったが、カロルの死を雪之丞達が知らせてくれると伝えられ渋々頷いた。
カロルが旅に出て三ヶ月程が経った。この三ヶ月間、ガルニエ王国の色々な街に立ち寄り、街の活気や民が幸せに暮らしている様を間近で見られ、カロルは旅を楽しんでいた。カロルも年相応に体力はあまり無いのだが、魔力で補い動いていた。しかしそれももう、限界が来ている。
「雪…。」
カロルは雪之丞を呼ぶと背中にもたれ掛かるように乗った。雪之丞はカロルの言葉を聞くまでもなく、目的地へ向かう。
着いた先は森の中だった。木々の葉の間から陽の光が差し込む、明るい森だ。雪之丞が地面に降り立つと、カロルは雪之丞から降りて地面に仰向けになった。木漏れ日が葉を輝かせている。そよ風が気持ちいい。カロルはニッコリと空に向かって笑った。
「雪之丞、力丸、佐助。今までよく仕えてくれました。ありがとう。」
雪之丞と力丸と佐助はカロルを囲うように座り、カロルを見ている。その顔は悲しみに満ち溢れていた。
「私が死んだら、最後の仕事を、お願いしますね。」
「…ああ。任せておけ。」
雪之丞は低い声で答えた。安心して逝ってほしい。本当は別れたくなんかない。大好きな主との別れは、こんなにも辛いのか。自分を強くしてくれた、自分を頼ってくれた、自分を愛してくれた、かけがえのない主…。
「ありがとう…。雪…力…佐助………。さようなら…………。」
カロルは眠るように息を引き取った。三頭はしばらく動けずに頭を垂れて、悲しみに沈み込んでいた。
そしてゆっくりと動き出し、カロルの体に牙をかけた。愛する者を血肉として、残りの生を生きていく。愛する主を失った喪失感を埋めるように、腹を満たしていく。
彼等の前に残ったのは、カロルの衣服と、いつも身に付けていたコンチョだった。使役契約はこれで終了したが、まだ主に任された仕事は残っている。雪之丞はコンチョを咥えると、無言で王都へ飛んだ。力丸も雪之丞に続く。佐助は影に遁甲し王都へ向かった。
雪之丞達はカロルの長男であるディミトリの元に来た。雪之丞達が現れた事で、ディミトリはカロルがもういない事を察し、アントワーヌとクリステルを呼んだ。
「雪之丞、力丸、佐助。弟妹が来るまで、待っていて欲しい。」
雪之丞達はディミトリの言葉に何も返さずに、座る事で返事とした。しばらく待っていると、アントワーヌとクリステルが急いだ様子で来た。
「お兄様!雪之丞達が来たって…!」
「雪之丞!…と、いう事はお母様は…。」
アントワーヌとクリステルの言葉にも雪之丞達は無言で顔を見ただけだった。代わりにディミトリが雪之丞から受け取ったコンチョを二人に見せる。
「お母様の、コンチョ…。…そう…お母様…………。」
クリステルは涙を流した。クリステルの背中をアントワーヌがさすっている。そのアントワーヌも泣いている。
段々と落ち着いてきたクリステルは顔を上げて雪之丞達達を見た。
「雪之丞、力丸、佐助。知らせて頂き、ありがとうございます。」
雪之丞達は無言でクリステルを見る。
「…そう。契約が終了したから、言葉が話せないのですね。」
クリステルはこのモンスター達が何を思っているのか気になった。昔、城に居た古龍を思い出す。彼はクリステルが十八の時に亡くなっていた。死の際に広い草原に移動し、そこで巨大な龍に変化して彼はこう言った。
「カロル、クリステル。見送り、感謝する。ワシが見送る側にならずに済んで、良かったわい…。」
二千年以上生きた古龍も、死に別れる辛さを嫌がったのだ。きっと雪之丞達も、カロルを見送って悲しいだろう。
「雪之丞、力丸、佐助。私と使役契約を結びませんか?」
クリステルは提案してみたが、三頭に首を横に振られ断られた。まず、使役する為の魔力が足りないというのもあるが、三頭にとって、カロル以上の主はいないのだ。カロル以外の者を主と認めたくない。それ程までに、三頭にとってカロルの存在は特別だった。使役契約をしたモンスターは皆、契約主に対してそう感じる。
雪之丞達はカロルの葬儀が終わるまで、ガルニエ城に滞在した。そして、コンチョだけが収められた箱が王族の墓に入れられるのを見送ると、城から去って行った。野生に還り、残りの生をモンスターとして生きていく。カロルに使役され、伝説級の強さを手に入れた彼等。人を愛した彼等が自分から人を襲う事は無いだろう。
国民達もカロルの訃報を知らされ、深く悲しんだ。元王妃カロルの国民人気は、彼女が亡くなっても高く、彼女の伝記や絵本が作られ伝えられていった。
女の子が、本棚から絵本を選んでいる。その本棚は子供用の物で、三段の背の低いものだった。そこから一冊の絵本を取り出した。表紙には白銀の髪の少女が、三頭のモンスターに囲まれて立っている絵が描かれている。
「おかあさん。カロルさまのほん、よんで~。」
「あら、またなの?カロル様の絵本が好きなのね。」
女の子の母親は優しく微笑むと、女の子を膝に乗せ、絵本を開いた。
むかしむかし、カロルという貴族のお嬢様がおりました。
カロルは小さい頃から錬金術や、剣術の勉強をしていました。
そして、この国の王子様と出会い、恋に落ち、結婚の約束をします。
それでもカロルは錬金術や剣術をやめません。
カロルが錬金術で作ったものは、皆を助けて幸せにしました。
そしてカロルには、三体の従魔がおりました。
カロルは従魔達と一緒に、国に災いを起こすモンスターと戦います。
それはそれは強かったカロルは、王子様と結婚してからも戦い続けました。
それは王子様が王様になっても続きます。
そして、ついに古龍まで倒してしまったのです。
カロルは国を想い国を護る、強い強い王妃様となりました。
こうして、カロルは王様と、いつまでも幸せに暮らしましたとさ。
「めでたしめでたし。」
「おかあさん、カロルさまってほんとうにいたの?」
女の子はくりくりとした目で母親を見る。母親はにっこりと女の子に笑い答えた。
「お母さんのおばあちゃんが、小さい頃にカロル様の結婚式のパレードを見たそうよ。とっても綺麗だったんですって。」
「へぇ~。」
女の子は絵本の表紙に描かれたカロルの姿をキラキラした瞳で見た。この国の女の子は、カロルの絵本を見てカロルに憧れる。今では騎士団に入団する女性も珍しくはない。
「アニーは大きくなったら、何になりたい?」
母親の問いかけに、アニーと呼ばれた女の子は、んー、と考え込む。パッと明るい表情で母親を見ると、
「アニーはカロルさまみたいなおひめさまになりたい!あとね~おかあさんになりたいの!」
と答えた。アニーの返答に母親はふふっと笑った。そしてアニーを抱き締める。
「そうね。お母さん、とっても幸せだから、アニーにも将来とってもとっても幸せになって欲しいわ。」
抱き締められてアニーは嬉しそうな表情になった。
カロルが亡くなって、昔話となって語り継がれる位の年月が経っているが、カロルが忘れ去られる事は無いだろう。彼女の努力の数々はこうして人々に認められ、感謝され、憧れを抱かれるようになった。それは、この先もきっと、変わらない…。
完。
最後まで読んで頂きありがとうございました。ブックマーク、評価、嬉しかったです。感想は、どう返して良いか迷い結局返事が出来ませんでしたが、しっかり読ませて頂いております。
これで、カロルの物語は終わりです。ありがとうございました。




