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天上人  作者: 鬼木 有葉
第三章 帰郷
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八.無念の路

ゴォォォォ――

突然(とつぜん)流れ込んできた熱風に、スラウは思わず息を止めた。


獄焔(ひとやのほむら)……!」


次の瞬間、奥の方が赤黒く光り、おぞましい(さけ)(ごえ)が聞こえてきた。

火柱が上がり、あたりが燃え始めた。


「……あなたには止められないわ」


アキレアが低く(つぶや)いた。


「引きましょう、グロリオ」


グロリオは(ほのお)(にら)んだまま歯を食いしばった。


「……全員、撤退(てったい)だ! 今すぐここから離脱(りだつ)しろ!」


走り出した隊員たちの背後で、地面に転がる(しかばね)が次々と(ほのお)()()まれていく。


「頑張れよ、もう少しだからな……」


ラナンはそう声を()けると、トニーの(そば)で意識を失って倒れていたフィリップを()()こした。


最後に別れた時にまだあどけない少年だった彼は、身体つきもすっかり大人になっていた。

スラウも地上界(ちじょうかい)に住んでいたら。

同じように成長していたのだろうか。


ラナンはよぎった考えに首を振った。

その時、胸元の通信機(つうしんき)(ふる)えた。

皆に聞こえるように拡声(かくせい)ボタンを押した。


『み、みんな! 早く!』


チニの声だ。


『ランジアが()()んだ! ここはあと数分で全壊(ぜんかい)するよ!』


その時、フィリップの(くちびる)(わず)かに動いた。


「行け……」


「でも、お前……」


言いかけたラナンから身を離してフィリップはおぼつかない足取りで歩き始めた。


「大丈夫だ……1人で立てる……」


「ラナン。悪いがこの人を頼む」


ラナンは(うなず)くとライオネルに代わって、トニーを支えた。


「フォセ。悪いがチニの所へ連れていってくれ。俺が手伝えば、みんなが()げるだけの時間は(かせ)げるだろう」


「うん。良いよ」


フォセが引き受けたのでラナンは思わず身構(みがま)えたが、風は(わず)かに吹いただけだった。

それもそのはず、彼女は他の隊員たちとは違って武器を使わない。

威力(いりょく)はより大きくなるが、その分、体力の消耗(しょうもう)は激しい。


「ごめん。無理をさせるつもりはなかったんだ。走っていこう」


ライオネルの言葉にフォセは顔から(したた)る汗を(ぬぐ)った。


「のろのろ走っていたら間に合わないもん」


彼女は大きく息を()くと、それに、と続けた。


地味(じみ)な作業は嫌いなの! こんなに大変な思いしてわざわざあっちまで運んであげるんだから、あとはよろしくねっ!」


その瞬間、風が巻き起こった。

今度は強い。

ラナンは(あわ)てて防壁(ぼうへき)を張ってトニーとフィリップを守った。

2人の姿が小さくなるとラナンは防壁(ぼうへき)()いた。


「まだあんな力が残ってんのかよ……」


思わず声が()れた。

その瞬間、爆音(ばくおん)と共に床が大きく()らいだ。


思わず振り返ったスラウは(こお)りついた。

大きく手を広げる(ほのお)の中に黒い(うず)が見えたのだ。


「……っ!」


火に()まれる子どもの悲鳴が聴こえる。

皆、必死にこちらに手を伸ばしている。

幻聴(げんちょう)だ、聞こえるわけがない。

幻覚(げんかく)だ、見えるわけがない。

だってみんなはもう……

スラウは目を(つむ)って耳を(ふさ)いだ。


「スラウ!」


ラナンは声を張り上げた。


「急げ!」


彼女がこちらを向いた瞬間、何かがラナンの顔を(かす)めていった。

走り出そうとしたスラウは1歩踏み出して立ち止まった。

不自然に()()った身体がグラリと(かたむ)いた。

胸に何かが刺さっている。


「スラウゥゥッ!」


ラナンの(さけ)び声に先を走っていたグロリオたちが立ち止まって振り向いた。

少し離れたところでゴブリンが地面に(たお)()み、(そば)に弓が転がるのが見えた。


スラウは震える手で剣を地面に()()し、(かろ)うじて立っていた。

肩が上下する(たび)に矢の刺さった左胸から鮮血(せんけつ)(したた)る。


「スラウ! 後ろ!」


アキレアが(さけ)んだ。

いつの間に大柄(おおがら)なゴブリンが(おの)(かま)えてスラウを見下ろしていた。


「くそっ!」


ラナンは()いている右手を(かか)げた。

スラウの場所と自分の場所を入れ替える。

それなら彼女を助けられるかもしれない。

スラウの周りを青い膜が包んでいく。

だが、箱はすぐに色褪(いろあ)せ、消えてしまった。


「何で?!」


ラナンは自分の手を見下ろした。

指が小刻(こきざ)みに(ふる)えている。


「もう、そんな力も無いってか……!」


今やゴブリンは(おの)を大きく振り被っていた。


「スラウゥゥッ! ()げろぉぉぉっ!」


ラナンの声にスラウが(わず)かに顔を上げた。

()()てた剣が引き抜かれたが、剣先は地面を軽く(こす)って横に(すべ)っただけだった。

ゴブリンの(おの)(ひるがえ)る白いローブを()()いた。


「スラウ!」


アキレアが息を()んだ瞬間、ゴブリンの身体がゆっくりと地面に倒れ込んだ。

フィリップはゴブリンから剣を引き抜いて(さけ)んだ。


「何、ぼさっとしてんだ?! 早く来い!」


ラナンは我に返ると(あわ)てて(もど)った。

フィリップはスラウの(そば)(ひざまず)くと、矢を勢いよく引き抜いた。

フィリップは自分のシャツを破くと傷口をきつく(しば)()げた。

手慣(てな)れた手つきで止血処理(しけつしょり)を終えた彼は立ち上がると倒れたままのスラウを(あご)でしゃくった。


「傷口が広がらないよう運んでやれ。トニーは俺が連れてく」


ラナンは迫り来る(ほのお)一瞥(いちべつ)し、スラウの(かたわ)らに(ひざ)をついた。


ふと視線を感じて顔を上げると、(ほのお)を背に黒いマントに身を包んだ人物が立っていた。

手にした(むち)()れている。

(ほのお)に照らされて、その顔が一瞬だけ見えた気がした。


「あいつ、あの時の?!」


ラナンはよぎった考えを振り払うように頭を振るとスラウを(かか)()げた。

もう1度見た時、その姿はなかった。


***


「急げ! 早く!」


ライオネルが(さけ)んだ。

今や天井(てんじょう)(くず)れ、地面にも大きな()()が入っていた。

前を走っていた隊員たちが次々に要塞(ようさい)の外へ飛び出していく。

ラナンは外で待っていたグロリオにスラウを(あず)けて振り返った。

フィリップがトニーを(かか)えてもうそこまで来ていた。


ラナンが手伝おうと腕を伸ばした。

その瞬間、足元が(くず)れた。

落ちていく2人を(ほのお)()()もうと()(かま)えている。


「くっ……!」


身を乗り出したラナンの手がフィリップの腕を(つか)(そこ)ねた。


「フィリップ!」


その瞬間、フィリップの身体がフワリと浮き上がった。

トニーが背中を押したのだ。

ラナンの手がフィリップをしっかり(つか)んだ。


「やっと……あんたにお礼ができた……」


(ほのお)微笑(ほほえ)みを浮かべたトニーを()()んだ。

彼の姿が見えなくなる直前、(かす)かに(くちびる)が動くのが見えた。


『ありがとう……』


「トニィィィッ!」


フィリップの(さけ)(ごえ)(ほのお)轟音(ごうおん)()()された。

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