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天上人  作者: 鬼木 有葉
第三章 帰郷
42/196

一. プロローグ

青々とした芝生(しばふ)心地(ここち)よい風が()いている。

スラウは真新しい白いローブを肩に()けると、大きく息を吸った。

昇格試験(しょうかくしけん)も無事に合格し、今日から正式な隊員として任務を遂行(すいこう)することになる。


スラウは胸ポケットから1枚の紙を取り出した。

自分を育ててくれた家族の肖像画(しょうぞうが)だった。

スラウの横に座り微笑(ほほえ)んでいる少女は、後ろに立つ女性と同じ黒髪で灰色の瞳をしていた。

優しげな(まなこ)でこちらを見つめる女性の肩に腕を回して男性が微笑(ほほえ)んでいる。

ロナルドだ。

スラウは彼の顔をそっと指でなぞった。


「スラウ、おはよう」


おっとりとした声に振り返ると、アイリスが(まぶ)しそうに目を細めていた。


緊張(きんちょう)してる?」


「うーん、少し。でも楽しみだよ」


彼女はゆっくりと(うなず)いて微笑(ほほえ)むと、スラウの手に(にぎ)られている紙に目を()めた。


「それは?」


「家族だよ。私のことを育ててくれた人たち」


「……そう」


アイリスが目を()せ、三つ編みに編み込んだ髪が端正(たんせい)な顔立ちを(かく)した。


「よっ! 早いな」


グロリオが日焼けした小麦色(こむぎいろ)の手を振ってやって来た。

もう片方の腕はきっちりとアキレアの腕に巻かれている。

アイリスがさりげなくスラウに目配(めくば)せしてきた。


グロリオとアキレアが付き合い始めてからかなり()つそうだが、今でも付き合い始めたばかりのカップルのように、いや、もしかしたらそれ以上に、アツアツである。

それは2人の情熱的(じょうねつてき)な性格のせいかもしれないが。

口元を不自然に(ゆが)めて微笑(ほほえ)むスラウを見て、2人もようやく気がついたようだ。

(あわ)てて手を離し、ばつが悪そうにしている。


相変(あいか)わらずね」


いつの間にかアイリスの横に並んでいたランジアが(あき)れたように言った。


仕方(しかた)ない。いつものことだ」


ライオネルが言いながらやってきた。

その後ろにハイドやラナンも居る。

ラナンは跳躍(ちょうやく)すると、動物の姿になった。


「おはよう」


スラウが言うと、ラナンは長い尾を振った。


「おはようさん。ちゃんと寝たのか? 目元にクマが……」


「だ、大丈夫だよ!」


言い返すスラウを横目に、グロリオは懐中時計(かいちゅうどけい)を取り出して(うな)った。


「あとは……フォセとチニだけか」


「これもいつものことだな」


ライオネルが苦笑(くしょう)した。


「え?」


首を(かし)げるスラウにアイリスがくすりと笑った。


「見ていれば分かるわ」


時計を(にら)むグロリオの目が(けわ)しくなった。


「1分前……そろそろ来るぞ!」


突然(とつぜん)、強い風が()()(はじ)めた。

スラウは思わず顔を腕で(かば)った。

ラナンが風に(あお)られて飛ばされかけたが、近くにいたランジアが尻尾(しっぽ)(つか)んで引き寄せた。


「みんなぁ! ()けてぇっ!」


上からあどけない少女の声がしたかと思うと、風の(うず)が地面に直撃(ちょくげき)し、スラウはあっという間に砂嵐(すなあらし)に巻き込まれてしまった。


「うーん……」


ぶつけた頭に手をやる。

起き上がったスラウは言葉を失った。

皆がさっきまで居たところの芝生(しばふ)が大きく(えぐ)られている。


無様(ぶざま)ね」


草を払い落としながら(もど)るスラウにランジアが冷たく言い放った。


他の隊員たちはそこそこ良くしてくれるのに、彼女だけは入隊した日から()っかかってくる。

スラウは片眉(かたまゆ)を吊り上げた。

(くや)しいが今回は言い返せない。

ぼろぼろになっているのは自分だけだ。


仕方(しかた)ないわよ。慣れていないんだもの」


アイリスが代わりに弁明(べんめい)してくれた。


「それに、元はと言えばフォセが悪いのよ」


アキレアが腰に手を当てて金髪をいじっている少女に(きび)しい表情を向けた。


「ん? なぁに?」


大きな茶色い瞳がアキレアを見上げた。


「フ、フォセ……アキレア、怒っているみたいだし……あ、謝った方が……」


チニがフォセの(そで)を引っ張った。


「えぇ?! 何で怒られなきゃいけないのぉ?! 間に合ったんだし、別に良いじゃぁん!」


フォセが桃色(ももいろ)(ほほ)を小さく(ふく)らませた。


「確かに間に合ったけど……いつも5分前には来いって言っているだろ? あと、毎度(まいど)毎度(まいど)俺らを巻き込むな」


グロリオがフォセの頭を軽く()いた。

彼女はくしゃくしゃになった髪に手をやってむくれた。


「よし、全員(そろ)ったことだし、今日の任務の確認といこうか」


グロリオは隊員たちに向き直った。


「契約内容は護衛(ごえい)だ。契約主(けいやくぬし)が王の書いた極秘(ごくひ)の手紙を持って隣国(りんごく)に届けに行くそうだ。内容は国の将来を大きく左右することになるであろうものだ。それが届けられなかった場合、多くの民は()えと病に(おか)される可能性があるとさえ言われている。まあ、(よう)するに、俺らが契約主(けいやくぬし)(はば)もうとする勢力を遠ざけりゃ良いってことだな」


スラウは人一倍緊張(きんちょう)した面持(おもも)ちで(うなず)いた。


緊張(きんちょう)しなくて良いって」


グロリオは白い歯を見せて笑うと、スラウの肩を軽く(たた)いた。


「今回は俺らの隊がどうやって動くかを見てもらいたいんだ。軽い気持ちで(のぞ)んでくれよ。それじゃ、行くぞ!」


そう言って走り出したグロリオに続いてハイド、ランジア、ライオネルが(おか)()(のぼ)った。

跳躍(ちょうやく)した4人に合わせてパートナーのドラゴンが現れ、空中で彼らを背に乗せた。


「スラウはまだ()れていないから待っててね。私は何かあったら助けられるように1番後ろにいるから。ラナンは動物の格好(かっこう)のままで良いわ。私のドラゴンに乗せてあげる。フォセ、アイリス、チニ、行って!」


アキレアの言葉で3人が(あら)たに空へ飛び立った。


(すご)い!」


一糸乱(いっしみだ)れぬ動きに、スラウは感嘆(かんたん)の声を上げずにはいられなかった。


「スラウの番よ」


アキレアの声にスラウは緊張(きんちょう)した面持(おもも)ちで(うなず)いた。

昇格試験(しょうかくしけん)の後も毎日ラダルと練習しているが、成功率はまだ100%ではない。

(いま)だにぶつかったり乗りそびれたりすることもある。

息を大きく吸って地面を大きく踏む。

次の瞬間、ラダルが真下をくぐり抜けていった。


「わっ! ちょっと待ってよ!」


(あわ)てて腕を伸ばして首にしがみつき、振り回されるようにして空を飛んだ。

ようやく体勢(たいせい)が整い、隊員たちと合流するとアキレアのドラゴンが(となり)に並んできた。


「大丈夫か?」


ラナンが琥珀色(こはくいろ)の瞳を向けた。

アキレアの腕にしっかりと(かか)えられている。

スラウは(あら)い息を(おさ)えて途切(とぎ)途切(とぎ)れに口を開いた。


「……うん……平気……ラナンは良いよね……運んでもらえて」


「む!」


ラナンは不機嫌(ふきげん)そうに長い尾を振った。


「これはこれで恥ずかしいんだぞ!」


長い尾がピシピシとアキレアの腹を(たた)く。


「ちょっと、ラナン! あまり暴れると落っことしちゃうわよ!」


「あ、わりぃ……」


アキレアの言葉にラナンは大人(おとな)しく尾を()れた。


「行くぞ!」


先頭のグロリオが大きく手を振った。

先を行くドラゴンたちが雲に(もぐ)るのに合わせて、ラダルも下へと向かった。


雲が途切(とぎ)れると、目下(もっか)に広がる芝生(しばふ)には大きなアーチ状の建物が立ち並んでいた。

白い石で作られたアーチの中央には数字が、横には草木や炎、風の(うず)等のそれぞれの能力のシンボルが()られている。

芝生(しばふ)には他にも(いく)つかの隊が集まっていた。

スラウはドラゴンから身を乗り出して目を()らした。

アーチの上に何やら文字が浮かんでは消えている。

恐らく契約主(けいやくぬし)のいる時空を指しているのだろう。

()(えが)いて並ぶアーチを見下ろすように巨大な(とう)が立っていた。

連絡塔(れんらくとう)と呼ばれる建物だ。


契約番号(けいやくばんごう)3604。3番アーチ出発準備完了。気をつけて』


契約番号(けいやくばんごう)9021。5番アーチ到着準備完了。負傷者2名。救護隊(きゅうごたい)、向かってください』


(とう)から声が響いてくる。

グロリオのドラゴンが1と書かれたアーチの前で止まった。


契約番号(けいやくばんごう)7428。1番アーチ出発準備完了。気をつけて』


「行くぞ!」


グロリオが大きく腕を振って合図(あいず)した時、下で(だれ)かの声がした。


「サギリ!」


スラウの声に他の隊員たちも振り向いた。


「何してんだよ、こんなとこで?」


グロリオが(たず)ねると、彼はにっこりと笑った。


「たまたま寄ったんだ! 気をつけて!」


ラダルが(つばさ)を動かす(たび)、彼の姿がどんどん小さくなっていく。

目の前に(せま)るアーチの向こうは、ぼんやりと(もや)がかかったようになっていて風景が(ゆが)んでいた。

これは互いに異なる時空(じくう)(つな)ぐために生じるものらしい。

グロリオはそう説明してくれた。


(すで)にアーチをくぐり抜けた隊員たちの姿は(もや)の中に消えていた。

しばらくラダルの(つばさ)の音だけが静かに響いていた。

そのうちにアーチがゆっくりと(せま)ってきて、ひんやりとした空気にスラウは思わず身を(ちぢ)めた。


次第(しだい)にラダルの羽ばたく音が聞こえなくなり、別の音が聞こえてきた。

高かったり低かったり、まるで海のさざ波を聞いているようだ。

全ての音が(くも)って聞こえる。


思わず目を(つむ)った途端(とたん)、身体が浮いて前に引っ張られるような感じがした。

胃がひっくり返るような胸のムカつきを(こら)えてラダルにしがみついていると、不意に音が()んで何も聞こえなくなった。


恐る恐る目を開けて驚いた。

いつのまにか地上界(ちじょうかい)に着いたようだ。

空気の(にお)いが何となく違う。

金色(こんじき)の翼が周りの雲を散らしていた。

突然ラダルが翼を(たた)んで雲に()()んだので、スラウは思わず声を上げた。

冷たく湿(しめ)った空気に(ひた)るとラダルは再び雲から抜けた。

目の前に悠々(ゆうゆう)と飛ぶ隊員たちのドラゴンが現れた。

雲の切れ目から注ぐ光を受けて(うろこ)(かがや)いている。


「そろそろ下りるぞ! ここからは歩きだ」


グロリオの言葉で9匹のドラゴンが地面へと向かった。

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