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天上人  作者: 鬼木 有葉
第二章 昇格試験
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九. 奇跡①

スラウはヨロヨロと鉄格子(てつごうし)に背中を(あず)けた。

力を使えば使うほど、体力が消耗(しょうもう)していく。

まだ訓練を始めたばかりの彼女にとって、持久戦(じきゅうせん)はキツいものがあった。

飛んできた黒い(やり)を剣で受け流したスラウは思わず顔をしかめた。


「しまった!」


汗ばんだ手から剣が(すべ)()ちた。

咄嗟(とっさ)に手を伸ばしたところを(ねら)われ、身体が格子(こうし)(たた)きつけられた。

思わず(うずくま)るスラウに矢継(やつ)(ばや)()りが飛んできた。


「ガハッ……!」


首を(つか)まれて宙に()()げられる。


「はな……せっ…‥!」


(のが)れようと、呪術師(じゅじゅつし)の手首を(つか)んだスラウは再び鉄格子(てつごうし)に打ちつけられた。


「……え?」


スラウは今しがた視界に入った物に目を見張った。

あれは?

今までエルドラフとカトリーヌの(かげ)で見えなかったが、後ろの(かべ)にきらりと光るものが見える。

(かべ)に開けられた穴にガラスの箱が()()まれており、中の黒い液体に()かる赤褐色(せきかっしょく)のそれはテンポ良く伸縮(しんしゅく)していた。


呪術師(じゅじゅつし)が自ら左胸を()()した時のことが脳裏(のうり)をよぎった。

あれが彼の心臓なのだとしたら?


「エルドラフ様!」


スラウは腰に差していた短剣を引き抜き、牢屋(ろうや)に投げ込んだ。


「ガラスの中にあるそれを()してください! それがこの者の心臓です!」


「何だって?!」


エルドラフは目を見張った。


「止めろ!」


呪術師(じゅじゅつし)途端(とたん)血相(けっそう)を変えると、スラウを放り投げ、(あわ)ただしく牢屋(ろうや)の中に転がり込んだ。

彼はカトリーヌの腕を(つか)んだ。


「おい、エルドラフ! 動くな! この女の命が()しければ……」


その瞬間、巨大な(つる)(から)みつき、彼の身体を引きずり出していった。


「すまない。水を食い止められなさそうだ」


印を結ぶライオネルの後ろから、フォセもひょこっと顔を出した。


「ごめん。ここに水が来るのは時間の問題かも」


「ありがとう……もう大丈夫」


スラウの目線の先にはガラスの箱を(たた)()ったエルドラフが居た。

冷たい床の上で臓器(ぞうき)規則正(きそくただ)しく脈打(みゃくう)っている。


『浄化!』


スラウの手から(ほとばし)()た光が、エルドラフの(かざ)した短剣を包んだ。

次の瞬間、光る短剣が心臓に深く()()てられた。

この世とは思えないような断末魔(だんまつま)(ひび)いた。

呪術師(じゅじゅつし)は自分を捕えていた(つる)()らしながら黒い(きり)になって消えていった。


皆が安堵(あんど)の息を()いた途端(とたん)、床が大きく()れ、天井が(くず)(はじ)めた。


「早く()げないと!」


轟音(ごうおん)に負けないようにフォセが(さけ)んだ。

カトリーヌがエルドラフの(そで)を引っ張った。


「あなた、城壁(じょうへき)の上に出られなかったかしら?」


「そうだった! よく言ったカトリーヌ! 皆さん、こっちへ!」


(さけ)んだエルドラフは通路のつきあたりの(かく)(とびら)に、呪術師(じゅじゅつし)から()(もど)した(かぎ)を差し込んだ。

ライオネルとエルドラフが2人がかりで(とびら)を押し開けると、奥に階段が現れた。


螺旋階段(らせんかいだん)を登りきると、城をぐるりと囲む城壁(じょうへき)(つな)がっていた。

5人は(とびら)から転がり出た。


「水は?!」


エルドラフが身を乗り出した。

水面は急速に下がっていた。


「見て!」


カトリーヌが指差した。

城の土台部分の1ケ所が大きく(くず)れ、水はそこへ吸い込まれているようだった。


「水が引いてる……?」


スラウが首を(かし)げた。


「いや、違う。すぐに地下から()()してくるはずだ。こっちへ!」


エルドラフは(せま)い通路を進んで(とびら)蹴破(けやぶ)ると、小さな部屋に()()んだ。

部屋の天井付近(てんじょうふきん)で大きな歯車が幾重(いくえ)にも重なり合っていた。

真ん中には小さな足場があり、ハンドルがついていた。


「この下が水門だ」


エルドラフはそう言いながらハンドルを(にぎ)った。


「これを閉じなければ、汚染(おせん)された水が村だけでなく隣国(りんごく)へと流れ出てしまうだろう」


その時、外の階段で甲高(かんだか)いキィキィと鳴く声が聞こえた。


「何だ?」


エルドラフが外を見やると、戸口に無数(むすう)(かげ)が浮かび上がった。


「ゴブリン!」


目を見張るフォセにライオネルが(うなず)いた。


「ああ。しかもかなりの数だ」


「エルドラフ様、カトリーヌ様。ここは私たちにお任せ下さい!」


スラウは(さけ)ぶと剣を抜き、異形(いぎょう)の集団に()()んでいった。

耳を劈くような声と共に小さな影が崩れる。

重なる甲高(かんだか)い声に、カトリーヌは思わず耳を(ふさ)いだ。

ふと、城壁(じょうへき)が大きく()れた。

(ほり)(のぞ)()むと、かさの増した水が城を回り込んで(せま)って()ていた。


「あなた!」


カトリーヌの声にエルドラフは足を踏ん張ってハンドルを回し始めた。


「間に合ってくれ……!」


祈りに応えるように、次第に小さな歯車が(きし)みながらも回り始めた。


「何でこんなところに魔界(まかい)の生物が居るの?!」


ゴブリンを蹴散(けち)らすフォセの後ろでライオネルは矢をつがえた。


「この程度(ていど)の低級の魔物(まもの)を呼び出すことくらいなら、人間にも出来るんだろう。自分が死んでも計画は遂行(すいこう)するつもりだったか。つくづく頭の回る奴だ」


「ちょっとライ?! 敵に感心しないでよ?!」


「ごめんごめん、違うよ」


城壁(じょうへき)を上るゴブリンの頭に銀色の矢が()さっていく。

突風(とっぷう)に巻き上げられたゴブリンの(しかばね)が次々に(ほり)へ落とされていった。

風に巻き込まれないように階段にしがみつきながら、スラウは(せま)()る水を(にら)んだ。


「始まった……!」


水門がゆっくりと閉まり始めた。

水は大きくうねりながら(せま)ってくる。

ガキィンッ――

振り下ろされたゴブリンの(おの)を受け止める。

どうか、ここで食い止めて……

スラウは視界の(はし)で閉まりつつある水門を見ながら祈った。


エルドラフは(ひたい)(つた)う汗を(ぬぐ)うことなく、ハンドルを(にぎ)(つづ)けていた。

ゴブリンの強襲(きょうしゅう)のせいで窓と壁が(くず)れ、今や(せま)りくる水がはっきりと見えている。

頼む、間に合ってくれ!


しかし、水はその願いを嘲笑(あざわら)うかのように、一段と大きく()()がった。


「ダメだ! 間に合わない!」


絶望して声を上げた時、部屋が深い緑色の光に包まれた。

光が上から下へ、右から左へ伝わっていく。


「何……だ?」


その時、(ほり)の水にも変化が現れた。

どす黒く(よど)んでいた水が徐々(じょじょ)()んでいき、鼻をつくような異臭(いしゅう)も消えた。

清らかな水が轟音(ごうおん)と共に城壁(じょうへき)にぶつかった。


「……間に合わなかった」


エルドラフは(くず)れた城壁(じょうへき)の外に()()す水に頭を(かか)えた。


「見て! 何かしら?! 大きな木が生えているわ! とても大きな木……」


カトリーヌの声に彼は思わず身を乗り出した。

水を(みちび)くように木が並んでいる。

(みき)は大きくひねり、枝を力いっぱい広げている。

ただ、その木には葉脈(ようみゃく)(みき)(しわ)はなく、(みが)()げられた石のような(なめ)らかな表面が光を放っていた。

大量の水はかつての大河へと流れ出していた。


カトリーヌは呆然(ぼうぜん)()()くすエルドラフの腕に優しく()れた。


「川の精霊だわ」


「ああ、そうだな……」


白み始めた地平線の彼方(かなた)に続く(かわ)ききった大地に水が()()んでいく。

エルドラフは(よみがえ)り始めた大河に向かって(ひざ)をついた。


「ありがとう……ございます……」

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