七.仲間①
アキレアはグロリオに差し出された手をポカンと見つめていた。
遠くで剣のぶつかり合う音が聞こえる。
「……幻聴が聞こえるほど疲れているのかしら」
思わず呟くと、グロリオが慌てて手を振った。
「違う! 幻聴なんかじゃない! 俺は本気で言っているんだ! 中々タイミングが掴めなくて言い出せなかったけど、ずっと言おうと思っていた……」
そう言うグロリオを見つめるアキレアの脳裏には隊を解散した時のことが蘇っていた。
スカイルたちに脅されたとは言え、彼のことを殺そうとした。
それなのに、彼は自分の全てを愛してくれると言ってくれた。
「本当はダンスパーティーの時に言うつもりだったんだけど、ゴタゴタが続いたしな……」
「で、でも、よりによって今じゃなくても……」
「いや、今じゃなきゃダメなんだ」
言いかけたアキレアを制し、グロリオは真剣な表情で彼女を見つめた。
「俺もよくわかんねぇけど、今じゃなきゃいけない気がする」
「……仕方ないな」
ライオネルの声にアキレアが振り返ると、隊員たちが微笑んで立っていた。
「じゃあ、立会人は俺がやるよ。カーク家の名で承認をしよう。良いよな、ランジア?」
「好きにしたら? このバカップルには勿体無いくらいよ」
ランジアがそう言って肩をすくめた瞬間、彼女の胸元からあどけない少女の叫び声が聞こえた。
『ちょっと! 聞き捨てならないんだけど?!』
「その声はフォセ?!」
思わず声をあげたアイリスは自分の胸元の通信機からも声が聞こえることに気づいた。
「あら、グロリオ。あなたの告白、全員に大音量で伝わっていたみたいよ」
そう言うアイリスの手の中で通信機はまだ叫んでいた。
『何、悠長に結婚式挙げてんのよ?! しかも、あたしたちが居ないのに!』
「あ、やべ……」
グロリオが小さく呟く横で、ライオネルが自分の通信機を口元に添えた。
「ところでフォセ、そっちは大丈夫そうか?」
***
「あったり前よ!」
フォセは通信機に向かって怒鳴ると、対峙しているゴブリンを睨んだ。
「……すぐにケリつけてやる!」
「ハハッ! 随分と威勢が良いな、嬢ちゃん」
ゴブリンは奇妙に捻じ曲がった状態の片腕の骨を軋ませながら元に戻すと、何事も無かったかのようにブンブンと振り回してみせた。
「お友だちはガス欠、嬢ちゃんは立っているのがやっとじゃねぇか。それでも、魔界一頑丈と言われる俺に勝てる気でいるのか?」
「あったりまえでしょ!」
フォセは大きく息を吸うと、鼻を膨らませた。
「あたしも、チニもまだやることがあるんだから! せめて披露宴には出させてよね!」
***
キーンと高い音の鳴る通信機を握るラナンは片膝を地面についたまま、無傷で立つゾルダークを睨んだ。
震える唇を拭って血を吐き捨てる。
「……そういうわけで親父……俺は生きて帰らせてもらうぜ」
ゾルダークはしばらくラナンを見下ろしていたが、片手を掲げた。
「右脚を失うだけでは足りんか……ならば、四肢全てを奪ってやろう」
ゾルダークはそう言うが早いか、印を結んだ。
彼の手には黒い球体が浮かんでいる。
それを見たラナンは思わず顔をしかめた。
あれの中に獄焔がある。
自分の右脚が動かなくなったのは、あれに触れたせいだ。
「ちっ!」
小刻みに震える指で印を結んだ瞬間、ゾルダークが剣でラナンの身体を支えていた左脚を貫いた。
「うあぁぁぁっ!!」
地面に転がって悶絶したラナンは、視界の隅でゾルダークが黒い球体を掲げるのを捉えた。
避けられない……!
その瞬間、背後で手を叩く音が聞こえた。
「交代だ、ラナン!」
「お前……」
言いかけたラナンを制してサギリは口を開いた。
「充分休ませてもらったからな。だから、アイツらに伝えろ。披露宴には俺たち呼ぶのを忘れんなってな!」
***
仲間の声が突然はっきりと聞こえたのは、何かの偶然か奇跡としか思えなかった。
上か下かも分からず闇の中を漂っていたスラウはふと小さく肩を震わせ、そのうちに声を出して笑った。
「独りなわけ、あるもんか……」
そう呟いたスラウはふと身を起こすと宙を蹴り、闇を突き進んだ。
「ねぇ! あなたは間違ってる! あなたは、強くなるのに仲間なんて要らないって言うけど、そうじゃない!」
スラウの手には再び白く輝く剣が握られていた。
「私が人を殺めないですんだのは、「闇堕ち」にならないですんだのは、みんなが居てくれたからだよ!」
スカイルたちと対峙した時、自分たちに勝ち目はなかった。
成す術もなく仲間は倒され、自分も理性を失った。
湧き上がる殺意に快感を覚え、その衝動は自分では止められなかった。
それでも、あと一歩のところで踏み止まれたのは、契約主が、そして聞こえるはずのなかった仲間の声が、引き留めてくれたからだった。
「強くなるのに、要らないものなんてない! みんながいるから……」
自分がどこに向かって走っているのか、分からなかった。
この方向がさっき飛ばされたところに向かっているのか、そんなことはどうでも良かった。
スラウはただ脚を前に踏み出して見えない相手に向かって叫んだ。
『黙れ』
ふと声が聞こえてスラウは思わず足を止めた。
目の前に白い光が現れ、自分の姿の輪郭をなぞるように光が広がり始めた。
『何度言えば分かる? 強くなるのに、人の繋がりは不要だ。大事なものができるから、護れなかったら苦しい。大好きなものができるから、裏切られたと思うんだ』
「知ってる」
スラウは遮ると片手を振った。
その拍子に手首についていたブレスレットが音を立てた。
「苦しいことも辛いこともあるけど、誰かを大事にすることにはそれ以上の価値があるんだよ」
『価値なんてない! そんなものにすがって何になる?! 余計なものを切り捨てられない弱者め!』
喚く自分の影にスラウは、仕方ないな、と息を吐いて剣を引き抜いた。
「影とはどうやっても平行線のままみたいだ」
当たり前でしょ、同じ格好で剣を構える影は返した。
『光と影は決して混ざらない。どちらがどちらに従うのか、今度こそ、決着をつけよう』
「良いよ。但し、今度は私からやる」
『……っ!』
「光の剣は影には届かないけど、そっちの剣は影自身にも効くのかな?」
『ま、待て!』
「影よ! 光に従え!」
スラウはそう叫ぶと、胸を己の剣で貫いた。
***
アイリスは通信機を胸ポケットにしまい、アキレアを見つめた。
「素敵な式場は用意できないけど、せめてあなたたちは私たちが守るわ」
「あぁ、頼んだ」
ライオネルが代わりに答えると、ランジアとハイドもアイリスに倣ってグロリオたちを守る防壁を築き、魔物たちに飛びかかっていった。
彼らの背中を見送っていたライオネルは自分たちを覆う虹色の防壁を見上げると小さく咳払いした。
「コホン。では……これより、新郎火の天上人グロリオ・レーチェスと新婦火の天上人アキレア・ユッカの婚礼を行います……2人とも、もっと近づいて」
ライオネルに指示され、アキレアは小さくグロリオに歩み寄った。
グロリオの訴えかけるような瞳がこちらを見つめていた。
頬を紅潮させて互いに見つめ合う2人を見ていたライオネルは微笑むと手を広げた。
「結婚の誓約を。では、新郎、前に進み出て誓いなさい」
「はい」
グロリオはアキレアの手を取ると、片膝をついた。
「火の天上人アキレア・ユッカ。私、火の天上人グロリオ・レーチェスは貴方を一生涯愛し、貴方の夫として守り抜くことを誓います」
「新婦。誓いの言葉を」
ライオネルに促され、アキレアは瞳を潤ませて頷くと震える唇を動かした。
「火の天上人グロリオ・レーチェス。私、火の天上人アキレア・ユッカは私の罪を全て赦してくれるほどの大きな器の持ち主である貴方に出会えたことに感謝し、貴方の妻として生涯愛し続けることを誓います」
そこまで言うのがやっとだった。
顔を両手で覆って咽び泣くアキレアの肩をさすったライオネルはグロリオの肩を軽く叩くと、2人から距離を置いて立った。
「では、誓いの証として互いのパワーストーンを交換し、それを使いなさい」
その瞬間、新郎新婦を守っていた防壁は消え、グロリオとアキレアが互いの腕を交差させた。
互いの手がぶつかり合う直前に、相手のパワーストーンを掴み、もう片方の手で印を結ぶ。
2人が腕を広げた瞬間、手から炎が飛び出した。
炎はまるで鳥が初めて翼を広げるように大きく横に広がると、その場に居た魔物のみを焦がしていった。
剣を交えていた人々は思わず手を止め、何が起きたのかと突然灰の塊に変わった魔物を見つめていた。
ライオネルは満足そうに辺りを見回すと、腕を交差させたままの2人に向かって口を開いた。
「カーク家の名において、新郎火の天上人グロリオ・レーチェス、そして、新婦火の天上人アキレア・ユッカの結婚を宣言します!」
その言葉を聞いた途端、グロリオは飛びついてきたアキレアを抱き上げた。
熱烈にキスを交わす2人にライオネルは祝福の拍手を送った。
後ろから聞こえてきた拍手の音に振り返ると、アイリスとハイドも揃って手を叩いていた。
彼らに小さく手を振って再び前を向くと、グロリオとアキレアはまだ唇を重ね合わせたままだった。
何か言いたげにこちらを見てくるランジアにライオネルは小さく肩を竦めると笑みを浮かべた。
「今はそっとしておいてやろう。ようやく幸せになれたんだ」




