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天上人  作者: 鬼木 有葉
序章 天上人
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九.壁と軋轢 ①

昨晩のサギリの言葉の意味がようやく分かった。

朝からずっと注目を浴びっぱなしだ。

しかも皆、遠巻きに自分を見て小声で話しているくせに、近づけば雲を散らすように逃げてしまう。

それが称賛(しょうさん)の意味ではないことに気づいたのは剣の稽古(けいこ)の時だった。


「あ、エリン!」


いつものように声を()けたのに、彼女はサッと身を引いた。


「あたし、あっち行かなきゃ」


言葉を(にご)してそそくさと去る彼女に、スラウは伸ばしかけた手を下ろした。

競技場(ここ)でもいつも以上に視線を感じる。

じっとしていると居心地が悪いのでストレッチを始めた時だった。


「てか、調子乗りすぎだろ?」


「王族のドラゴンに手を出すとか、どんな神経だよ?」


声が聞こえたので顔を上げると訓練生(くんれんせい)がこれ見よがしに大きな声で話していた。

そんなつもりはないんです、そう言おうと彼らを見ると、2人はクルリと背を向けて去ってしまった。


素振(すぶ)りでもやれば周りの様子も気にならなくなるだろう。

そう思っていつも使っている訓練用の棒を取りに武器庫へ入った。

足を踏み入れた途端(とたん)談笑(だんしょう)していた人たちがあからさまに(だま)()んだ。

何なの、今日は?!

棒を荒々しく(つか)んだ時、誰かの手とぶつかった。

エリンだった。


「あ、エリン!」


(あわ)てて(きびす)を返す彼女を呼び止める。


「ちょっと待ってよ!」


立ち止まりはしたものの、彼女は振り返ってはくれなかった。


「何で()けるの? 私、調子に乗ってなんかいないでしょ? ドラゴンとパートナーになったのだって……」


「ごめん、スラウ。今はそういうの……良いから」


冷たい声が()()さる。

()()くすスラウを置いて彼女はそのまま走り去ってしまった。

1人取り残されたスラウはしばらく茫然(ぼうぜん)()()っていたが、ふらふらと足を踏み出した。

武器庫を出る時、誰かが(つぶや)いた。


「やっぱり下等身分(かとうみぶん)って傲慢(ごうまん)……」


「は?」


振り返ったが、皆下を向いていたので誰が言ったのか分からなかった。

下等身分(かとうみぶん)

傲慢(ごうまん)

やるせなさがふつふつと()()がってきた。


***


「お前ら、スラウ見なかったか?」


サギリの言葉に訓練生(くんれんせい)たちは黙ったままだった。


「エリン、スラウとの稽古(けいこ)はどうした?」


「……いなくて」


「ふーん」


サギリは(あご)に手をやった。


「じゃ、ロウ。今日だけ相手してやれ」


(そば)に立っていた青年に声をかける。

雰囲気(ふんいき)がいつもと違うことくらい分かる。

やはりそうなるか……

サギリは息を()いた。


王族のドラゴンという多くの人にとって手の届かない存在のパートナーという地位に、新入生が選ばれたとすれば(いぶか)しがる者は当然、(ねた)む者もいるだろう。

ましてやスラウが地上界(ちじょうかい)から来たとあれば尚更(なおさら)のことだ。

そんなことを思いながら競技場の(すみ)に目をやる。

自主練しているいつもの姿は見えなかった。


***


スラウは()()した汗を(ぬぐ)った。

鉄の(さく)を押し開けて進む(たび)に気温が高まり、地面も赤茶けてきた。

最後の門を(くぐ)ると、昨日一悶着(ひともんちゃく)あった大きな岩場へ辿(たど)()いた。

だが、ドラゴンはそこには居なかった。


辺りをキョロキョロと見回していると、頭上で大きな羽音が聞こえた。

見上げるとドラゴンが巨大な翼を広げていた。

翼は熱風を巻き起こし、巨体(きょたい)が岩場に降り立つと砂埃(すなぼこり)が舞い上がった。

もう腰は抜かさないが、まだ気圧(けお)されてしまう。

スラウは数歩後退(あとずさ)ってドラゴンを見上げた。


『こんなに早く会いに来るとはな』


「会いたくて来たんじゃない! あなたのパートナー、取り消してもらいたくて来たの!」


声を張り上げるスラウにドラゴンは首を(かし)げた。


「私、あなたのパートナーになるつもりはなかった。だけど、私がここに居たせいで……だから、昨日のは誤解だって皆に分かってもらえたら……」


『再び仲間に入れてもらえるとでも?』


ドラゴンが言葉を()いだ。


『どうして分かるのか、とでも言いたげだな』


「当たり前でしょ! だって、ここまで来るのに何時間も歩いたんだよ?」


『残念ながらお前の思っていることは(かな)わない』


「私が他のドラゴンのパートナーになれば良いんでしょ?」


ドラゴンは鼻で笑った。


『覚えていないのか。私はお前を選んだ。だが……()()()私を選んだのだ。この決定は覆らない』


「ちょ、ちょっと待ってよ! 「私があなたを選んだ」ってどういうこと?!」


ドラゴンはそれ以上何も言わなかった。

猫のような細い黄金色(こがねいろ)の瞳でスラウを一瞥(いちべつ)すると翼を大きく広げて天高く舞い上がっていった。


***


日の(かたむ)きかけた競技場にはもう誰もいなかった。

それが少し(さび)しくもあったし、安心した。

スラウは武器庫の扉を恐る恐る開けて中を(のぞ)いた。

誰もいない。

安堵(あんど)の息を()く。

何も悪いことをしていないのに、こそこそするのは好きじゃないが……

今は距離を置いた方が双方(そうほう)の為だ。


自主練用の棒を(つか)む。

練習を抜け出した分、自主練で(おぎな)わなくては……

いつもの場所に行き、ローブを()()てた。

棒を握る力が強くなる。


――『調子乗りすぎだろ?』


ふと声が(よみがえ)る。

ダメだ、考えちゃ……


――『ごめん、スラウ。今はそういうの……良いから』


集中しなきゃ。


――『残念ながらお前の思っていることは(かな)わない』


「あーあ、動きが滅茶苦茶(めちゃくちゃ)じゃねぇか」


思わず強張(こわば)った肩にローブが()けられた。


「サギリ……」


「これじゃ、ダメだな。今日はもうやめだ」


「……」


(うつむ)くスラウの肩をサギリが軽く(つつ)いた。


「……フォセたちがな、お前が帰ってこないって大騒(おおさわ)ぎしてたんだ」


「ふぇ?」


「ふぇ、じゃねーよ」


小さく笑ったサギリはふと真顔になった。


「……何があった? 何か言われたんだろ?」


「何でも……ない」


「……」


小さな()(いき)が聞こえた気がした。

その時、遠くから声が聞こえてきた。


「あ、いたー!」


フォセとチニの姿がみるみるうちに大きくなる。


「もうっ! 心配したんだから!」


「訓練が始まってから、僕ら全然顔合わせてないから、たまには一緒にご飯食べようと思って」


サギリはスラウの持っていた棒を取り上げると手を振った。


「たまには先生が片付けておいてやるよ。さ、帰った、帰った!」


半ば追い出されるようにして競技場を後にしたスラウはフォセとチニと宿舎(しゅくしゃ)に向かった。

2人とも何も言わない。

2人はどう思っているのだろう?

皆と同じように思っているのだろうか?

エリンの顔が、心無い言葉が、脳裏(のうり)をよぎった。

もう傷つくのは嫌だった。


「ね、2人ともさ」


「ん?」


「昨日の話、聞いた? 私が王族のドラゴンを……」


「うん! パートナーになったんでしょ? (すご)いじゃん!」


「いや、そうじゃなくて……」


また沈黙。


「あの、私のこと傲慢(ごうまん)だと思う?」


「えぇ? 何それぇ?」


フォセが大きな声で笑った。

笑い飛ばされたことに驚いた。

でも、それが嬉しかった。


「むしろ、ドラゴンは良いパートナーを見つけたと思うよ」


「そう、だよね……」


「……何か言われたの?」


心配そうに顔を(のぞ)()んでくるチニに言うべきか悩んだ。


「ひとつ気になることがあって……『下等身分(かとうみぶん)』って何?」


その言葉を聞いた途端(とたん)、フォセが歩みを止めた。

思わず振り返って驚いた。

彼女の目に怒りが見て取れる。


「誰に言われたの?」


「分からない」


「「下等身分(かとうみぶん)」って言うのはね、僕みたいに生まれが地上界(ちじょうかい)で、後で天上界(こっち)に来た人を指すんだ。生まれも育ちも天上界(てんじょうかい)の人たちと区別する差別用語だよ」


チニの説明にフォセが不快そうに鼻を鳴らした。


地上界(ちじょうかい)で生まれた者は人間の血が()いのに対し、生まれも育ちも天上界(このせかい)の者の方が天使の血を()く受けついでいるから優秀だとする偏見(へんけん)だよ。実際は大して両者の間に差はないのに」


「ちょっと待って!? 地上界(ちじょうかい)出身の人って、ほとんど特殊能力の人たちじゃ……」


「そう。だから……(もっぱ)ら特殊能力の天上人(てんじょうびと)を差別する時に言われるんだよね。僕は小さい頃からいじめっ子によく言われていたんだけど……そっか……スラウもそうだもんね」


勿論(もちろん)、全員がそういう考えだとは言わないよ。でも……そういう考えがなかなか無くならないのも事実なんだよね」


フォセは相変(あいか)わらず前を(にら)んだままだった。

スラウは思わず(くちびる)()んだ。

自分が色々と言われることより、人間に対する偏見を持っている天上人(てんじょうびと)がいるということが許せなかった。

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