2人へのお礼
ただただ、堅一と花ちゃんの絡みが書きたかったのです。
幸せな週末が明けて、とある平日。
いつもの同期3人でのランチで、夏南は2人に切り出した。
「2人にはすごくお世話になったから、お礼がしたいんだけど。何がいい?」
真子と森田は顔を見合わせる。
「別に、大したことしてないんだけど」
「いいよ、お礼なんて」
「そんなことないよ!真子にはいっぱいアドバイスしてもらったし、森田君には料理教室に連れて行ってもらったし。何かお礼させて?」
そういう夏南に、2人は少し考える。
「あ、はーい!それなら、夏南の彼氏さんの手料理が食べたいでーす」
「えぇっ!?」
「あ、それ賛成ー」
「森田君まで!?というか、それって私からのお礼じゃないよ!」
「夏南も一緒に作ればいいじゃん。可愛いエプロンもらったんでしょ?」
そう真子に言われて、「まあ、そうだけど・・・」と言いながらも週末にあったあれやこれやを思い出し、1人赤面する。
「ダメだったらその時考えるから。聞いてみてよ」
「・・・分かった・・・」
「・・・と言われたんですけど」
その日の夜、昼間の会話をさっそく電話で堅一に報告した。
『ああ、別に構わないぞ』
「構わないんですか?」
『俺も森田には世話になったしな。間接的には花岡にも世話になったことになるし。メニューのリクエストがあれば受け付けるが。あと、好き嫌いやアレルギーを聞いておいてもらっていいか?』
「分かりました。場所はどうします?うちにしますか?」
『いや、うちの方が広いだろう。調理器具もそろってるし。日にちが決まったら教えてくれ』
夏南の部屋は1Kだが、堅一の家は2Kである。
「何から何まですみません・・・。当日は、私も早めに行ってお掃除とか手伝います」
『それは助かる。・・・夏南』
「何ですか?」
『早く一緒に暮らしたいな』
「なっ!何言ってんですか、急に!」
『ははっ。じゃあな、おやすみ』
「・・・おやすみなさい」
ぷつっと音がして、通話が切れる。
夏南はこの瞬間が嫌いだ。
寂しくて、またすぐに会いたくなってしまう。
「主任と、一緒に住む・・・」
今まで考えたこともなかったが、そういうこともできるのだと気付かされる。
「そうしたら、毎日一緒にいられる・・・」
またもや夏南の頭の中で先週末のできごとがプレイバックし、顔が真っ赤になる。
「・・・寝よう、うん」
布団に入るが、いつものようにすんなりとは寝付けなかった。
その後、4人の都合が合った土曜日の昼に、堅一宅での食事会が開かれることになった。
「5分ほど前に駅に着いたから、もうそろそろ着くそうです」
「そうか」
堅一の家で掃除や料理の準備などを手伝いながら、真子たちと連絡を取り合う。
夏南はもちろん、もらったエプロンを今日も身に付けている。
堅一は、いつもきっちり分けている八二分けの髪を、今日は無造作に立てている。
それだけで、仕事中とずいぶんと印象が違う。
じっと夏南が見ていると、その視線に気づかれた。
「どうした?」
「あ、いや・・・その、改めて紹介するとなると、なんだか気恥しいなって・・・」
段々小声になっていく夏南を、堅一が抱き締める。
「別にいつも通りでいいんだから。な?」
「う、うん」
堅一の手が、夏南の顎に添えられる。
夏南もゆっくりと目を閉じる。
2人の距離はもう数cmもない。
ぴんぽーん。
「あ!あ!来たみたいです!」
呼び鈴にいち早く反応し、夏南が素早く堅一から離れた。
「ちっ。・・・はい、どうぞ」
インターホンに出て対応する堅一は少し不機嫌そうだ。
「こんにちはー」
「お邪魔します」
程なくして、真子と森田が堅一の部屋に入ってきた。
「どうも、この度は無理言ってすみません。あ、これ、みんなで食べようと思って、果物を買ってきました」
「わざわざすまないな。・・・というか、お礼をするために来てもらってるんだから、手土産なんていらないのに」
「上司の家に押しかけてるわけですから、手土産くらい受け取ってくださいな」
真子が堅一と会話している間、森田はきょろきょろと部屋を見ている。
「森田君、こっち座って」
「ああ、ありがとう。エプロン、似合うな」
「へへ、ありがと」
夏南が照れ笑いしてると、後ろからにょっきり真子が顔を出した。
「本当。これはいいデザインね。君島主任、やるー!」
「とりあえず2人共座ったらどうだ。夏南、料理の仕上げするから手伝って」
「あ、はい」
夏南と堅一は揃って台所に立つ。
その様子を、真子と森田がにやにや見守る。
「主任、お皿はこれでいいですか?」
「ああ、並べておいてくれ。ところで夏南」
「はい?」
「今日は名前で呼んでくれないのか?」
そう言われ、夏南は持っていた皿を危うく落としそうになった。
「だって、2人の前で・・・は、恥ずかしいじゃないですか!」
「俺は夏南って呼んでるけど」
「あれ?・・・本当だ!ちょ、主任も名字呼びにしてください!」
「今さら遅いだろ。・・・仕方ないな。後で2人きりになったら、ちゃんと名前で呼ぶように」
「う、はい・・・」
実は夏南は、まだ堅一を名前で呼ぶことが習慣化できていない。
一生懸命練習中なのだが、まだ恥ずかしさが抜けきれず、すぐに主任呼びに戻ってしまうのだ。
当然、この会話をスルーする真子ではない。
「ちょっと奥さん、聞きました今の会話!」
「誰が奥さんだ」
森田のツッコミは無視して話を進める。
「あちらの彼氏さん、夏南が呼べないの分かっててわざと言ってますわよ!よっぽど照れた顔がご覧になりたいのねぇ」
「しかも、後での約束まで取り付けたぞ。策士だな」
「聞こえているが?花岡、森田」
ガラスの大皿に乗せたサラダを運びながら堅一が2人を見ると、真子は悪びれずに言った。
「すみませーん、休日なんで、無礼講になっちゃいましたー」
「まあ別に構わないが・・・あまり心情を暴露するな。せっかく夏南にバレてないんだから」
「大丈夫ですよ君島主任!夏南なら相手の意図が分かってても、反応を変えるなんてできませんから!むしろ、新鮮な反応を引き出せるかも・・・?」
「そうか、そういうアプローチもあったか」
「本人を前に作戦会議するのやめてくださいっ!!主任!早く料理仕上げちゃってください!」
ぷりぷり怒った夏南に、くっくっと笑いながら、「分かった分かった」と台所に戻る堅一を見て、森田と真子は顔を見合わせる。
「君島主任が笑うの、初めて見た・・・」
「だな・・・」
今日のメニューの主役は、パエリアだ。ホットプレートでできるらしい。
このホットプレートは、夏南と付き合い始めてから、「料理の幅が広がるから」と一緒に買いに行ったものだった。
今までにも、お好み焼きや鉄板焼きなどで活躍している。
「ワインでも飲むか」
そう言いながら、堅一がすでに白ワインとグラスを持ってテーブルに来た。
「夏南はアルコール禁止」
「言われなくても分かってます!」
夏南は口を尖らせる。最初、この部屋に来たのはそもそもそれが原因だったのだ。
今となっては、アルコールに感謝したいぐらいだが。
「ああ、遠藤弱いんだっけ」
「弱いなんてもんじゃないよ夏南は。一口ですぐころっといっちゃうんだから」
「それは言い過ぎだよ花ちゃん」
夏南以外はワイン、夏南はせめて気分だけでもとマスカットジュースで乾杯する。
「夏南と君島主任のお付き合いが末永ーく続くことを願って!」
「今日はお礼をする日だったはずだが・・・?」
「ま、ま、気にせず。乾杯!」
真子に続き、3人もグラスを合わせる。
パエリアを一口食べた森田が言った。
「うわ、うまい!レストランで食べるパエリアみたいだ」
「え、本当?・・・うわーすごい!本格的にできてる!さすが主任!」
「夏南、いいなー。いっつもこんなおいしいもの食べさせてもらってるんでしょ」
「・・・なんかそれ、私が餌付けされてるみたいじゃない?」
「違うの?」「違うのか?」「そのつもりだったが」
「・・・なんで3人とも否定してくれないの・・・?」
そんな話をしながら、堅一お手製(夏南もちょっと手伝った)料理を食べる。
「こんな料理でお礼になったのか?」
「もちろんですよ主任。あ、よかったらレシピ教えてください」
「熱心だね森田君」
「お礼ついでに、私はもう1つお願いしたいことが」
言葉の続きが気になり、3人は真子を見る。
真子はにっこり笑い、言った。
「結婚式には呼んでくださいね、君島主任」
「何言ってんの花ちゃん!?」
「承知した」
「主任まで何言ってんですか!!」
「君島主任、夏南から友達の結婚式の話聞きました?だいぶ幸せオーラに当てられてたみたいだから、話進めるなら今ですよ」
「う・・・!」
確かに夏南は、それをきっかけに結婚式を身近に感じ、あこがれを強く持つようになったが、自分がというのはまだだと思っている。
「こればっかりは、夏南に合わせてると何年も待たされちゃいますよ。あ、外堀から埋めていきます?いっそのこと、先に子どもつくっちゃうとか!」
「花ちゃんってば!ちょっと落ち着いてよ!」
「俺は一向に構わないが、親御さんが気にするんじゃないか?」
「ああ、私たちの親の年代はねー。どうよ?夏南」
「うちはあまり順番気にしないタイプ・・・ってそうじゃなくて!」
「あら、それはチャンスだわ。狙ってみます?」
本人の意図を差し置いてどんどん進む会話を止めることができず、夏南は森田に助けを求める。
「森田君!食べてないで2人を止めてよ!」
すると森田はスプーンを置いて、夏南の方に拳をつきだし、親指をグッと立て・・・。
「ガンバ!」
「いい笑顔で突き放さないで!」
「だって花岡だぜ?止めるなんて無理無理。しかも今日は君島主任も一緒なんだから。諦めろ。諦めて結婚しちまえ」
「嫌だよそんな結婚!!」
その叫びを聞き、真子が直接攻撃に移る。
「じゃあ夏南はどんな結婚が理想?」
「え。それは・・・」
やっぱりプロポーズはちゃんとしてほしい。
ドラマみたいなロマンチックなサプライズとまでは言わないが、ムード作りは大切だと思う。
結婚式にはお世話になった人や友人を呼んで、アットホームな式がいいな。
ガーデンウェディングとかも憧れるけど、雨が降ったら大変かな。
ブーケトスはやりたい。
ああでも、隣に堅一がいてくれるなら、何でも嬉しい・・・
と考えたあたりで、自分以外の3人が夏南をじーっと見ているのにようやく気が付いた。
「い、言わないもんっ!」
「今のは完全にトリップしてたね、夏南」
「幸せそうだったぞ、遠藤」
「もう!早く食べちゃって!」
「「はーい」」
話してばかりで、なかなか食事が進まない。
しばらく4人は、飲食に集中するのだった。
「はーおいしかった。ごちそうさまでした!」
「お粗末様。食器はそのままでいいぞ」
「いえいえ、片付けくらいは手伝いますよ」
そう言って、森田が空になった皿を運ぶ。
「あ、私も」
「2人は休んでろよ。俺は料理上手な人の台所をじっくり拝見したいだけだから!」
手伝いを申し出た夏南にそう言い、男性2人は台所に消えていった。
「じゃあお言葉に甘えて」
「ごめんね。ありがとう」
素直に受け止め、2人は食休みしながらおしゃべりに花を咲かせるのだった。
「すまないな、森田」
「いえいえ。その代わり、台所拝見させてくださいね」
堅一が洗った皿を森田がすすぎ、置いていく。
それを繰り返しながら、堅一は言おうと思ってタイミングをうかがっていたことを切り出した。
「この間は悪かったな」
「この間って何でしたっけ?」
「その、いきなり掴みかかったりして・・・」
夏南との仲を疑い、森田の些細な言動をきっかけに堅一が暴発した。
さすがに殴るまではしていないが、事実無根の相手、しかも年下相手にはやりすぎだ。
夏南には話していない。森田からも、おそらく言ってはいないだろう。
「ああ、別に気にしないでください。あれで主任の本気度も分かったし」
その言葉に、堅一は引っ掛かりを覚える。
あの言い方はわざとしたのだろうか。
だとしたらなぜ?
やはり夏南のこと・・・。
「その目怖いですよ君島主任!」
森田が怯えたように言う。
おかしい、堅一は何もしていないつもりだが。
「遠藤のことは好きですけどね、それは友人としてです。本当ですよ」
「そうか。ならいい」
そういえば、夏南が言っていた。
森田も片想いに苦労していると。
「森田も頑張れよ・・・いろいろ」
含みを持たせた言い方に気づいたのだろう。
「遠藤、言いましたね?ま、あいつのことだから、話の流れで言っちゃったんだろうけど」
「何のことだ?」
一応、夏南のためにしらばっくれてみる。
「いいですよ。別に遠藤を責めたりしませんから。むしろ協力してくださいよ!全然相手にされないんですよ!」
堅一が相手を知っている前提で話をしてくるので、ごまかすのをやめた。
「そうか?結構話してなかったか?飲み会の時とか」
「そりゃあ頑張ってますもん。でも、あくまで先輩と後輩としてなんですよ。男として全っ然認識されてません!一体どうしたらいいんでしょう・・・」
森田は肩をがっくり落としている。
「あれだな。できる男って思わせるしかないんじゃないか、ああいうタイプは」
「そこですよ!どうしたらできる男って思ってもらえますかね?できる男ってなんですかね?」
「そこは一人一人考えが違うだろ。自分で考えなさい」
「あ、ちょっと、君島主任、見捨てないでくださいよ!」
皿洗いが終わり、1人でさっさと夏南のもとに行こうとすると、森田が追いすがってくる。
これは事あるごとに協力させられそうだな、という堅一の予想は、近い将来、現実のものとなる。
堅一と森田がじゃれ合いながら(実際は森田が一方的にすがっていただけなのだが)戻ってきたのを見て、夏南はつい声をかけた。
「なんか2人共、ずいぶん仲良くなりましたね?」
「なぁに夏南、森田に焼きもち?」
からかうように言った真子の言葉に、いちいち反応してしまう。
「なっ・・・!そんなんじゃないよ!なんで男の人に焼きもちなんか・・・!」
「はいはいそうね。じゃあ森田、私たちはそろそろお暇しようか?」
「ああ、そうだな」
「え、もう帰っちゃうの?」
バッグをもって立ち上がる真子を、引き留めようとするが。
「夏南、週末は短いの。2人の時間を大切にね。それから」
夏南の耳元に口を寄せて、こそっと囁く。
「さっき言ったこと。実行すんのよ」
「花ちゃん!」
「2人で内緒話かよー」
「女子にはいろいろあるの。じゃあね、夏南。君島主任、ありがとうございました。夏南のこと、よろしくお願いします」
「ああ」
玄関まで行くと「ここでいいから」と真子に言われる。
「それでは、また週明けに」
「お邪魔しました」
「気を付けてね」
バイバイと手を振って、森田と真子は帰っていった。
4人が2人になると、急に静かになったように感じる。
「さっき言ったことって何だ?」
「聞こえてたんですか!?」
「まああの距離だしな。むしろ・・・」
花岡は聞こえるように言ったと思うぞ、と言いかけて、堅一は口をつぐむ。
恐らくそれは当たっていると思うが、それが夏南から真子に伝わると、最終的に自分に返ってきそうな気がする。
あの手の相手は、敵に回さないに限る。
「とにかく、花岡と何の話をしていたんだ?」
部屋に戻りながら聞くと、夏南が指をもじもじさせる。
「あの、結局ほとんど主任に・・・」
「名前」
「け、堅一さんにやってもらっちゃったから、お礼にならなかったかなって」
「そんなことないだろう」
なぜなら、夏南が頼まなければ堅一は動かないからだ。
「花ちゃんにもそう言われて、じゃあ私からしゅ・・・えと、堅一さんにお礼すればいいって」
「なるほど。それで?」
「それでって・・・」
夏南は俯き、ちらりと堅一を伺う。
一体何を言われたというのだろう?
堅一が問いただそうとしたそのとき、夏南が動いた。
「え・・・?」
ちゅ。
何か柔らかいものが、堅一の唇を掠めた。
『夏南からキスの1つでもしてあげたら、十分お礼になるんじゃない?』
真子はそう言ったが、自分からなんてとても考えられない。
『そこを頑張るの。君島主任のために、夏南もちょっとは変わらなきゃ』
じゃあせめて、ほっぺにすると言った夏南に、真子はやれやれと首を振りながら、『ま、あんたにしては頑張ったことになるか』と言った。
結果。
夏南の唇は、堅一の唇の際、頬とも呼べない微妙な位置に着陸したのだった。
すぐに自分の過ちに気付き、夏南は飛びずさった。
「あ、あ、えと、あの・・・」
口を狙ったのか頬を狙ったのか、自分でもよく分からない。
堅一はというと、驚いたのか動きが止まっていたが、しばらくして口を開いた。
「夏南」
「は・・・はい」
「もう一回」
「やり直しですか!ダメ出しですか!」
どっちつかずの中途半端なやり方ではお礼にならなかったかと、泣きたい気持ちで言う。
そんな夏南の言葉に、堅一は笑いながら言った。
「違う。うれしかったからもう一回して」
そう言うと、夏南の返事も待たずに目を閉じてしまった。
挽回するチャンスをくれたのかもしれない。
緊張に震えそうになる手を、堅一の頬にそっと当てる。
今度はちゃんとできますように。
そう願いながら、ゆっくり顔を近付けた。
結局その後、すっかりスイッチが入ってしまった堅一に夏南が翻弄され、甘い甘い週末になった・・・ということを夏南から聞いた真子は、いい仕事したな私、と1人思うのだった。
終わってしまうと寂しいですね。
みんなお気に入りの登場人物たちです。
幸せになってほしいものです。
最後までお読みいただき、ありがとうございました。