第14話:【復興】神聖なる大貴族の円卓、その正体は「談合(カルテル)」だった!?
歴史学大教室。
教壇の上に立つ初老の歴史教師は、黒板に五つの壮麗な家紋を円形に並べて描き出した。
「皆様! 魔王領という広大な『土地』を手に入れ、神聖教会と天界から莫大な『資金』を回収したカイト様。この二つが揃い、王国はいよいよ歴史的な巨大プロジェクト……『王土復興』へと乗り出します!」
教室中から、期待に満ちた熱い吐息が漏れる。
これまで裏社会や宗教の闇を暴いてきたカイトがついに、国を挙げての光り輝く大事業に着手するのだ。ファンタジーの王道たる「国家再建」の幕開けである。
「この復興事業において、巨大な『浄化の塔』の建設を指揮したのは、建国以来、王国のインフラを支え続けてきた五大貴族……通称『聖なる円卓』の当主たちでした!」
「彼らは非常に誇り高く、そして平和を愛する者たちでした。なぜなら、莫大な予算が動く塔の建設を巡って、彼らの間で血を流すような争いは一度も起きなかったからです!」
先生が両腕を広げ、感動的な奇跡を語るように声を張り上げる。
「なんと彼らは、天から降り注ぐ『聖なる星の導き』によって、どの貴族がどのエリアの塔を建てるべきか、完全に調和のとれた神託を受けていたのです! 争うことなく、順番に、完璧な価格で国から事業を引き受ける五大貴族。まさに貴族の鑑と言えるでしょう!」
クラスメイトたちが「おおっ!」「神の導きで担当が決まるなんて、さすが聖なる円卓だ!」「争いがないって素晴らしいな」と目を輝かせる。
――しかし。
教室の最後列、一番目立たない窓際の席に座る俺の頭の中では、極めて冷ややかで現実的な「数字の計算」が始まっていた。
争うことなく、順番に、完璧な価格で公共事業を引き受ける?
それは「平和」などという美しい言葉で飾るべき現象ではない。
俺は無表情のまま、机の下で真っ黒な手記のページをめくった。
そこには、神聖なる「星の導き」のメッキを容赦なく引き剥がす、極めて事務的で、ドス黒い経済犯罪の記録が淡々と綴られていた。
『〇月〇日。王土復興プロジェクトの第一期工事に関する【一般競争入札】が実施された。』
『しかし、入札結果のデータを見て絶句した。五大貴族(実質的な巨大ゼネコン)が応札した全案件において、落札価格がすべて、事前の予定価格の【99.9パーセント】という異常な高水準で張り付いている。』
『さらに過去の記録を遡ると、A家、B家、C家……と、見事なまでの「持ち回り(順番こ)」で落札業者が入れ替わっていることが判明した。』
『これは神の導きでもなんでもない。事前に業者間で話し合い、落札者と価格を取り決めておく典型的な【官製談合】だ。』
(聖なる星の導きの正体、ただの『ゼネコンの持ち回り談合』じゃねぇか!!!!)
(平和を愛してるんじゃない! 互いに利益を最大化するために、裏で手を組んで競争を放棄してるだけだよ!!)
俺は、税金が何世代にもわたってチューチュー吸い取られてきた歴史の闇に、ただ静かに戦慄した。
『彼らは「聖なる円卓」などと名乗っているが、実態は独占禁止法違反の温床だ。』
『もしこのまま彼らの言い値(99.9%の落札率)で復興事業を発注し続ければ、国の予算はあっという間に枯渇する。』
『予算が足りなくなればどうなるか? 監査局である僕が、追加の財源を確保するために新たな税務調査(残業)を強いられることになる。』
『冗談ではない。僕の定時退社を脅かす予算の浪費は、いかなる大貴族であろうと、この場で完全に消し炭にする。』
カイトのおじさんのモチベーションは、いつだってブレない。
「国家の未来のため」でも「平民の正義のため」でもない。ただひたすらに、「自分の無駄な仕事(残業)を増やさないため」に、腐敗した大貴族のカルテルを潰しにかかるのだ。
「皆様! 聖なる円卓の平和な調和に対し、カイト様はあろうことか『異議』を唱えました!」
現実の教室では、先生が教壇をバンバンと叩きながら、歴史の転換点を熱弁していた。
「『あなた方の受けている神託は偽りだ!』と! カイト様はたった一人で、五大貴族が夜な夜な集う秘密の会合……絶対不可侵の『星詠みの間』へと乗り込んでいったのです!」
俺は、次に手記に書かれているであろう、証拠を突きつける無慈悲な監査の場面を予想し、静かに次のページへと指を滑らせた。
「皆様、ご想像ください! 『星詠みの間』は、五大貴族だけが入室を許される、重厚な石造りの円形広間です!」
先生が両手を広げ、薄暗く厳かな空間を演出する。
「円卓を囲む五人の当主たちは、突然乗り込んできたカイト様を冷ややかな目で見下ろしました。筆頭である獅子王家の当主が、傲慢に言い放ちます。『下賤の役人が、我らが神聖なる円卓に何の用だ? 我らの受ける星の導きに、一点の曇りもないわ』と!」
「しかし、カイト様は一切動じません! 彼は懐から、星々の軌道を記した【真実の天体図】を取り出し、円卓のど真ん中に叩きつけたのです!」
クラスメイトたちが「おぉっ!」「証拠を突きつけたぞ!」「どうやって反論するんだ?」と前のめりになる。
(真実の天体図……?)
俺は、手記の記述に静かに目を落とした。そこに記されていたのは、神聖な天体図などではない。極めて生々しく、言い逃れのできない「実務的な証拠」だった。
『円卓の間に乗り込んだ僕は、鞄から一枚の羊皮紙を取り出し、当主たちの前に広げた。』
『それは、事前に彼らの料亭(裏会合の場所)のゴミ箱から復元した、【星取表(※どの業者が、いつ、どの案件を落札するかを記したスケジュール表)】だ。』
『「見事な星の導きですね。来月の『東区防壁工事』はB家が、再来月の『浄化槽整備』はC家が落札するという『未来の神託』が、エクセル……いや、羊皮紙の表計算で完璧に管理されている」』
『「さらに、落札予定者以外の家は、わざと予定価格ギリギリの『高い金額』を書いて入札に参加し、競争があったように偽装する。見事な連携プレイ(カルテル)だ」』
(真実の天体図の正体、ただの『談合の星取表(スケジュール表)』じゃないか!!!!)
「証拠を突きつけられた五大貴族! しかし、彼らは慌てるどころか、不敵な笑みを浮かべました!」
先生の声が、大教室に響き渡る。
「獅子王家の当主は言いました。『なるほど、面白い絵空事だ。だが、それが我らのものであるという証明にはならん。単なる役人の妄想に過ぎない』と! そう、彼らは事前に口裏を合わせ、いかなる追及にも『絶対に認めない(否認する)』という強固な盟約を結んでいたのです!」
『当主たちは薄笑いを浮かべた。物証(星取表)があっても、自白がなければ「誰かのイタズラ書きだ」と突っぱねる気なのだ。』
『彼らは「円卓の盟約」という名のもとに、絶対に裏切らないという強固な結束(口裏合わせ)で結ばれている。もし一人でも自白すれば、残りの四家から社会的に抹殺されるからだ。』
「五人の巨大な権力者による、完璧な口裏合わせ! この強固な円卓の結束を前に、流石のカイト様も完全に手詰まりかと思われました!」
先生が、絶望的な状況を強調するように言葉を切る。
クラスメイトたちが「うわっ、証拠だけじゃダメなのか!」「あんな大物五人相手に、全員を同時に自白させるなんて不可能だろ……!」とざわめき始める。
これまでなら、ここで証拠隠滅のために巨大なゴーレムでも召喚してきそうなものだ。
だが、今回は違う。五人の当主はただ静かに座り、冷笑を浮かべてカイトを完全な「無力化」に追い込もうとしている。
暴力の気配は微塵もない。あるのは、巨大な既得権益の壁だけだ。
俺は、この分厚い「沈黙の壁」を、あの残業嫌いの監査官がどうやって崩すつもりなのかと、静かに息を呑んだ。
「――しかし、皆様! カイト様は剣を抜くことも、声を荒げることもしませんでした!」
先生の声が、急にスッと低くなる。
「彼はただ、冷たい瞳で五人の当主を静かに見回し……たった一言、信じられない『呪いの言葉』を呟いたのです!」
『彼らの余裕の態度を見て、僕は深くため息をついた。これ以上、押し問答で時間を浪費する(残業する)気はない。』
『僕は鞄を閉じ、帰り支度を始めながら、円卓に向かって背を向けた。』
『そして、振り返りもせずに、極めて事務的なトーンでこう告げた。』
『「――【最初に自首した一社だけ、課徴金を全額免除】します」』
俺の背筋に、ゾクォッ! と、これまでにない質の恐ろしい悪寒が走った。
「最初に、自首した一社だけ……?」
クラスメイトたちが、その言葉の意図を理解できず、ぽかんとしている。
だが、俺はわかっていた。それが、談合という「信頼関係(悪事の共有)」で成り立っている組織に対して放つ、最も致命的で、最も血も涙もない「劇薬」であることを。
「皆様! カイト様が残したその一言は、いかなる攻撃魔法よりも恐ろしい『疑心暗鬼の呪い』でした!」
現実の大教室で、先生が両手で自らの腕を抱きかかえ、ブルブルと震えるような仕草を見せる。
「『最初に自首した一社だけ……?』。その言葉を聞いた瞬間、強固な絆で結ばれていたはずの五大貴族たちの顔から、サッと血の気が引きました! 彼らは声も出さず、ただギョロギョロと目を動かし、隣に座る同胞たちを値踏みするように見つめ合い始めたのです!」
俺は、互いの首に巻きつけられたロープを誰が最初に引くかという『囚人のジレンマ』のスイッチが、たった一言でカチリと押し込まれた音を、幻聴として聞いた気がした。
『【課徴金減免制度】。カルテルを内部崩壊させるための最強のカードだ。』
『最初に監査局(僕)に違反を自主申告した企業だけが、罰金(課徴金)を100%免除される。二番目は50%、三番目は30%。……そして、最後まで否認し続けた企業には、一族が破滅するほどの莫大な【独占禁止法違反のペナルティ】が全額課される。』
『強固な盟約? 馬鹿馬鹿しい。企業間の信頼など、損益分岐点を超えた瞬間に消滅するただの幻想だ。』
「獅子王家の当主が、沈黙に耐えきれず『ま、まさか、お前たちの中に裏切る者などおらんよな!?』と叫びました! しかし、その声が響いた直後!」
先生が教壇を強く蹴り上げる。
「なんと、一番大人しかったはずの白鳥家の当主が、椅子を蹴り倒してカイト様の足元へとすがりつき、隠し持っていた『真実の天体図(裏帳簿)』を差し出して土下座したのです!」
「『わ、私がすべてをお話しします! 悪いのは獅子王家です!』。その叫びを皮切りに、残りの当主たちも『違う! 私が一番に自首する!』『アイツが主犯だ!』と醜く罵り合いながら、我先にとカイト様へ寝返ったのです!」
クラスメイトたちが「うわぁ……」「あんなに偉そうだった大貴族が、自分だけ助かろうとして仲間を売ったのかよ」「円卓、一瞬で崩壊したじゃん……」と、そのあまりにも生々しい内ゲバにドン引きしている。
『数秒の沈黙の後、最も経営基盤の弱いE家が真っ先に手を挙げた。それを見た残りの四家も、パニック状態に陥り、「うちの方が詳しい証拠を持っている!」「アイツの指示だったんだ!」と、競うように僕の足元へ証拠書類の束を放り投げてきた。』
『僕は一歩も動いていない。「自首枠は先着一名だ」と伝えただけで、彼らは勝手に円卓を自壊させ、僕が徹夜で集めるはずだった証拠を、すべて自主的に揃えてくれた。』
『時刻は16時45分。書類の回収と調書の作成を部下に丸投げし、僕は定時退社の馬車を手配した。』
俺は、音もなく静かに息を吐き出した。
暴力など一切必要ない。ただ、法のシステム(リニエンシー)という劇薬を一滴、円卓の真ん中に垂らしただけ。それだけで、何百年も続いた大貴族の絶対的な権力構造は、ドミノ倒しのようにあっけなく崩れ去ったのだ。
「定時で帰りたい」という社畜の執念が導き出した、最もエネルギー効率の良い「省エネな勝ち方」。もはや絶対的な冷酷さに恐怖すら覚えるほどだった。
「かくして! 剣を抜くことも血を流すこともなく、カイト様はただそこに立っているだけで、腐敗した円卓を完全に解体してみせたのです!」
先生が誇らしげに宣言し、黒板に描かれた五つの家紋にバツ印を書き込んでいく。
「五大貴族は解体され、復興事業は適正な価格で平民の職人たちに発注されることになりました! 塔の建設は、いよいよ本格的にスタートしたのです!」
教室中が「すげえ、頭脳戦だけで勝った!」「座ったまま敵を自滅させるなんて最高だ!」と拍手喝采を送っている。
「――しかし、皆様! 予算が適正化されても、塔を建てるためには『素材』が必要です!」
授業の終わりを告げる鐘が鳴り響く中、先生の声が教室内を引き締める。
「次回の授業では、復興の要となる『聖護の煉瓦』を独占供給していた、王立錬金術師ギルド……大賢者パラケルススの恐るべき『魔の瘴気(品質偽装)事件』へと迫ります!」
「次は錬金術師か!」「また新しい闇が出てくるのかよ!」と、生徒たちが次回の授業への期待に胸を膨らませて席を立つ。
ゼネコンの談合を潰したと思ったら、次は下請けの資材メーカー(錬金術師ギルド)による品質偽装の監査か。
だが、俺は周囲のようには無邪気に笑えなかった。カバンに手記をしまう時、指先がふと、あの手記の後半に横たわる「黒塗りのページ」のざらついた感触をなぞったからだ。
(大貴族という中抜き業者を完全に排除し、あらゆる権力と実務を『特任監査官一人』に集中させていく。……この完璧すぎる連勝と権力集中こそが、あの黒塗りの結末(破綻)へのカウントダウンなんじゃないのか?)
ふと顔を上げると、教壇の上の資料を片付けていた先生と、一瞬だけスッと視線が交差したような気がした。
気のせいだと思いたい。だが、その瞳の奥には、熱血教師の仮面に隠しきれない、ひどく理知的な「値踏みするような光」が宿っていたように見えた。
俺は、カイトのおじさんがどこまでも実務的な「サプライチェーンの適正化」を強いられている現実に密かな同情を寄せつつも、背中を這い上がる拭いきれない警戒心と共に、歴史学の大教室を後にした。




