第12話:【炎上】民衆を導く光の聖騎士、その正体は「サクラを使った悪徳インフルエンサー」だった!?
歴史学大教室。
大司教マモンを討ち果たした前回の熱狂冷めやらぬ中、初老の歴史教師は黒板に、光り輝く白銀の甲冑と一本の聖剣を描き出した。
「皆様! 大司教という巨大な闇を暴いたカイト様ですが、神聖教会にはもう一人、決して超えられぬと言われた『光の壁』が存在しました! それが、民衆から絶大な支持を集めた教会の絶対的カリスマ……聖騎士団長ガウェインです!」
クラスメイトたちが「おぉっ!」と息を呑む。
マモンが裏で暗躍する金庫番だったとすれば、ガウェインは表舞台で民衆の心を惹きつける完全無欠のスーパーヒーローだったと、どの歴史書にも記されている。
「ガウェインは、その端正な顔立ちと、人々の苦しみを癒やす『奇跡の御手』によって、熱狂的な信者を集めていました! 不治の病に苦しむ者を広場で次々と救済し、教会こそが真の救世主であると証明し続けていたのです!」
「カイト様は、このあまりにも眩しい光のカリスマに対し、いかにして立ち向かったのか! 聖戦の第二幕が、今ここに上がります!」
――しかし。
教室の最後列、一番目立たない窓際の席に座る俺の背筋には、いつものような「胃の痛み」は走っていなかった。
代わりに、画面の向こう側の狂信的な集団から一斉に石を投げつけられるような、SNSの炎上騒動をリアルタイムで目撃している時特有の「薄ら寒い悪寒」が這い上がってきていた。
俺は頬杖をつき、無意識に指先でペンの尻をトントンと叩きながら、机の下の黒い手記を開いた。
そこには、神聖なる「奇跡の御手」のメッキを容赦なく引き剥がす、極めて現代的で、そして承認欲求のバケモノが引き起こした「マーケティングの闇」が綴られていた。
『〇月〇日。大司教マモン逮捕後も、教会への寄付金収入が落ちていない。原因は、教会の「広告塔」として機能している聖騎士団長ガウェインの存在だ。』
『彼は王都の広場で定期的に公開治癒のパフォーマンスを行い、莫大なエンゲージメント(信者の熱狂)を獲得している。だが、背後関係を洗った結果、治癒された難病患者たちは全員、彼が裏のギルドから日当で雇った【劇団員】であることが判明した。』
『これは神の奇跡などではない。自らの権威を過大に見せかけ、不当に信者からお布施を搾取する典型的な【ヤラセPR(景品表示法違反・優良誤認)】だ。』
(奇跡の御手の正体、ただの『サクラを使った優良誤認PR』じゃねぇか!!!!)
(聖騎士団長ってなんだよ、ただの悪質な美容系インフルエンサーみたいな手口で集客してんのかよ!!)
俺は薄っぺらい「いいね」と「賞賛」で塗り固められた嘘のタイムライン(歴史書)を冷ややかな目でスクロールするように、手記の先を急いだ。
「ガウェインは、剣を振るうことすら不要なほどの聖人でした! カイト様が彼に疑惑の目を向け、査察に入ろうとしたその時! ガウェインはただ静かに微笑み、こう言ったのです!」
先生が胸に手を当て、カリスマ聖騎士の甘く響く声を真似る。
「『私を疑うのは自由だ。だが、私を信じる幾万の民の祈りを、あなたは無下にできるのかな?』……するとどうでしょう! カイト様を非難する無数の信者たちが、自らの体を盾にしてガウェインを守るべく、嵐のように押し寄せたのです!」
クラスメイトたちが「うわっ、民衆が敵に回った!」「一番戦いづらい相手じゃないか!」とざわめく。
(幾万の民の祈りが嵐のように押し寄せる……って、それ……)
『ガウェインに対し、景表法違反に基づく業務改善命令を通知した。しかし彼は、自身の【魔法伝声管(※広域ブロードキャスト魔道具)】を使い、信者たちに向けて「悪徳役人に不当な弾圧を受けている」と被害者アピールを大々的に配信した。』
『結果、監査局の窓口には信者からの抗議の念話が殺到し、電話回線が完全にパンク。見事なまでの【ファンネル攻撃(信者を使った集団嫌がらせ)】だ。』
『さらにガウェインの顧問弁護士から、「教会の名誉を著しく毀損したとして、国に対して莫大な損害賠償を請求する」という内容証明が届いた。正当な監査を暴力的な訴訟リスクで黙らせようとする、極めて悪質な【スラップ訴訟の恫喝】である。』
(うわぁ……一番タチの悪い炎上マーケティングと法的恫喝のコンボだ……)
信者を熱狂させ、都合の悪い批判者はファンネルに攻撃させて潰す。そして公的機関にはスラップ訴訟で圧力をかけ、言論を封殺する。
これまでの「力」や「金」で直接解決してきた連中とは根本的に違う。ガウェインの最大の武器は、聖剣でも魔法でもなく、何万という「盲目的なエンゲージメント(同調圧力)」そのものだったのだ。
「民の祈りという不可侵の盾! さしものカイト様も、罪なき民衆を武力で制圧するわけにはいきません! 完全に手詰まりかと思われた、その時です!」
先生の熱弁が、教室の空気をピンと張り詰めさせる。
「カイト様は、何万もの信者が詰めかけた王都の広場……ガウェインの奇跡のステージのど真ん中へと、たった一人で乗り込んでいったのです!」
(信者のファンネルに取り囲まれたインフルエンサーのど真ん中に、丸腰で突撃しただと……!?)
俺は、手記から伝わってくる「ヒリヒリとした炎上直前の熱気」に当てられながら、次のページへと指を滑らせた。
「皆様、想像してみてください! 広場を埋め尽くす何万という信者たちの中心で、カイト様は孤独でした!」
先生が両手を広げ、圧倒的なアウェーの空間を演出する。
「ガウェインは、信者たちの前で自らの正当性をアピールするため、見せしめのように一人の『難病に苦しむ哀れな若者』を呼び寄せました。そして『見よ、神を信じぬ者よ。これこそが偽りなき奇跡だ!』と、まばゆい癒やしの光を放とうとしたのです!」
「群衆は熱狂し、カイト様への非難の声を一斉に上げます! しかしカイト様は、一切の恐怖を見せず、懐から『神判の巨大水晶』を取り出しました! そして、水晶から放たれた光が、広場の空いっぱいに真実の映像を投影したのです!」
(空いっぱいに投影された映像……って、それ完全に……)
俺は、画面越しの炎上騒動をリアルタイムで目撃しているかのような、ひりつくような悪寒を感じながら手記の描写を追った。
『広場での公開治癒(PRライブ配信)の真っ最中に、僕は【広域幻影の魔導器(※プロジェクター)】を持ち込んで強行突破した。』
『ガウェインが「治癒」しようとしていた難病患者は、昨晩のうちに僕が裏で接触し、司法取引と引き換えに寝返らせたサクラの劇団員だ。』
『僕は魔導器を通じ、広場の上空数十メートルの巨大スクリーンに、圧倒的な物理証拠を投下した。』
『映し出したのは、ガウェインがサクラの劇団と交わした「業務委託契約書」、患者役への「日当の領収書」、そして彼がマネージャー宛てに送った【念話の録音記録(音声データ)】だ。』
『「今日の難病役、もっとオーバーに泣かせろ。最近、信者どもの財布の紐が固い。お布施の目標額にいってないんだよ」』
(神判の巨大水晶の正体、ただの『プロジェクターを使った内部告発とスクショ暴露』じゃねぇか!!!!)
(熱狂するフォロワーの面前で、「ヤラセの契約書」と「信者をバカにする生音声」を大画面で晒し上げるって……一番逃げ場のない、最悪の公開処刑だよ!!)
俺は、いつものように物理的なリアクションを取ることすら忘れ、ただただその「完璧にコントロールされた炎上の着火」に戦慄していた。
「空に映し出された恐るべき真実! それを見た瞬間、広場を包んでいた祈りの声は、ピタリと止みました!」
先生の声が急激にトーンダウンし、嵐の前の不気味な静寂を演出する。
「信者たちは悟ったのです。自分たちが流した感動の涙も、捧げた祈りも、すべてはこの男の虚栄心を満たすための道具に過ぎなかったのだと! 次の瞬間、神聖なる広場は、かつてない『怒りの業火』に包まれました!」
『一瞬の静寂の後、広場の空気が完全に裏返った。』
『「ふざけるな! 俺の全財産を返せ!」「私の病気の子供にも奇跡を起こしてくれるって言ったじゃないか!」』
『熱狂的なエンゲージメントは、ひとたび裏切られれば、等量の「殺意」へと反転する。信者たちは暴徒と化し、ガウェインに向かって石や汚物を投げつけ始めた。完璧な炎上(大バズり)の完成だ。』
俺は乾いた笑いを漏らすしかなかった。
カイトのおじさんは、魔法の剣など一度も振るっていない。信者という名のファンネルは、真実という名の燃料を少し投下してやるだけで、そのまま最強の「アンチ」へと反転し、元の主人を食い殺すのだ。
ガウェインが築き上げた絶対的なカリスマ性は、たった数枚の領収書と音声データによって、完全に、そして物理的に崩壊した。
「自らを崇拝していたはずの民衆から、一斉に石を投げつけられるガウェイン! 彼の美しい甲冑は泥と血に塗れ、その顔は恐怖に歪んでいました!」
先生が、悪が裁かれるカタルシスを込めて叫ぶ。
「カイト様は、その哀れな姿をただ静かに見下ろしていました! これぞ、民衆の怒りという名の真の裁きです!」
(いや、裁きっていうか、インフルエンサーの急所を的確に刺した『意図的な大炎上』だけどな……)
国家権力を動かすまでもない。信用の失墜という社会的な死。
俺は、この承認欲求のバケモノが最後に迎えるであろう惨めな末路を見届けるため、震える指で最終ページへとアクセスした。
「皆様! 怒り狂う群衆の波に呑まれ、ついに美しき聖騎士は裁きを受けるかに見えました!」
現実の大教室で、先生が両手を強く握り締め、クライマックスの興奮を爆発させる。
「しかし! ガウェインは最後の力を振り絞り、天に向けて『決別の閃光』を放ちました! 視界を奪う強烈な光が晴れた後には、マントの切れ端だけが残され、彼の姿はどこにもありませんでした!」
「己の罪の重さに耐えきれず、彼は王国から逃げ出したのです! 騎士たちが追撃の許可を求めましたが、カイト様は静かに首を横に振り、こう仰りました。『追う必要はない。光を失った星など、いずれ夜の闇に沈むだけだ』と!」
クラスメイトたちが「おおおっ……!」と感嘆の声を漏らす。
「あえてトドメを刺さないなんて、カイト様はなんて慈悲深いんだ」「逃げた先で、一生怯えながら後悔して生きる方が罰になるってことだな」と、教室は勇者の寛大な処置に感動の渦に包まれていた。
俺は、鉛筆を握る手が小刻みに震えるのを抑え込みながら、手記の最後の数行に視線を落とした。
そこに記されていたのは、慈悲でもなんでもない。極限まで研ぎ澄まされた、氷のように冷たい「損益計算」の結論だった。
『暴徒と化したフォロワーの物理攻撃から逃れるため、ガウェインは【目眩ましの閃光玉】を放ち、あらかじめ裏口に用意させていた馬車で王都から逃亡した。』
『部下たちが「すぐに手配書を回し、国境を封鎖しますか」と指示を仰いできたが、僕は即座に却下した。』
『理由は単純だ。完全に炎上し、信用が地に落ちた広告塔など、放っておいても市場価値はゼロだからだ。』
『あれだけの大規模なヤラセが露見した以上、彼は二度と表舞台には立てない。そんな無価値な男を捕まえて裁判にかけるための「残業代」と「捜査費用(税金)」のほうが、はるかに高くつく。損切りだ。』
俺は、背筋を這い上がる強烈な悪寒に、ただ息を呑むことしかできなかった。
カイトのおじさんは、逃げた悪党を許したわけじゃない。
「炎上してアカウントを消して高飛びしたインフルエンサーなんて、捕まえるコスト(経費)すらもったいない」と、完全にゴミとして切り捨てただけなのだ。
国家権力による華々しい突入も、正義の鉄槌としての逮捕劇も存在しない。
ただ、徹底的に信用を破壊して「社会的な死」を与え、あとは勝手に野垂れ死ぬのを放置する。物理的に命を奪われるよりも、ある意味で遥かに残酷で、そして合理的な「炎上処理」の結末だった。
「かくして! 偽りのカリスマは消え去り、神聖教会は完全に浄化されました!」
先生が誇らしげに教壇を叩き、この章の完結を宣言する。
「人々の祈りを金に変えていた大司教も、偽りの奇跡で民を騙していた聖騎士も、もはやこの国には存在しません! カイト様の圧倒的な正義の前に、教会の腐敗は根絶やしにされたのです!」
教室中が割れんばかりの拍手に包まれる。
俺は手記をそっと閉じ、窓の外に広がる平和な王都の空を見上げた。
確かに、ガウェインという巨大なアカウント(影響力)はこの国から完全に消去された。
だが、あの底なしの承認欲求と、大衆を扇動するマーケティングの才覚を持った怪物が、このまま大人しく消え去るとは到底思えない。
――逃げ延びたあの男は、いつか必ず『転生(別アカウント)』して、この国に復讐の炎を燃やしにやってくるのではないか。
手記の余白から漂う不気味な気配に、俺は得体の知れない胸騒ぎを覚えた。
「さあ皆様! 教会からの莫大な資金回収を終え、いよいよ次回の授業では、王国の歴史を塗り替える巨大プロジェクト……『王土復興』の物語へと進みます!」
先生の弾むような声が、俺の思考を現在へと引き戻す。
「立ち塞がるのは、歴史と権威を盾にする大貴族たちの『聖なる円卓』! カイト様は、いかにしてこの強大な権力者たちに挑んだのか! 楽しみにしていてください!」
「次はついに大貴族との対決か!」「どんどんスケールがデカくなっていくな!」と、周囲の生徒たちは無邪気に目を輝かせている。
俺はカバンを手に取り、静かに席を立った。
あの「完璧な実務の鬼」であるカイトのおじさんが、巨額の予算と広大な土地が動く『公共事業』という名の底なし沼で、どんな血も涙もないコンプライアンスの刃を振るったのか。
そして、あの破り取られた手記の序文と、やがて直面するであろう「黒塗りのページ」には、一体何が隠されているのか。
単なる「過去の笑い話」だったはずの授業が、徐々に俺自身の現在(未来)を脅かす「リアルな恐怖」へと変わり始めているのを感じながら、俺は歴史学の大教室を後にした。




