2-2 イェシュア、ファラデーの法則を知る
私の小説『ひきこもりのおうじさま』の後日譚のようなお話です。
・『ひきこもりのおうじさま』を未読でも読めるようにはなっています。
落ち込んでばかりいられない。何かないか、何か……。
「ねえイェシュア、竜って強いんだよね?」
「強い。硬い鱗で覆われているからな。『ドラゴンスレイヤー』と呼ばれる特殊な剣でもなければ、普通の刀では傷をつけることもできぬ」
「火で焼いても?」
「無駄ですよクリス」とケファ、「雷の魔法をぶつければ鱗を少し焦がすことができて竜は痛がりますが、翌朝にはケロッと竜は癒えております」
「あ、雷の魔法なんてあるんだ! この国にも、雷の魔法を使える人はいるの?」てか、鱗に痛覚あるんだ……。
「いる。騎士師団の約200名のうち数十人は使える。攻撃に便利だからな。一般兵士の中にも少しは、いる。……そなたの世界では、魔法自体がなさそうだね」
「ところでイェシュア、この世界って磁石あるの? あ、あるか、普通にロスマン語で話せていたや」
「だがクリス」とケファ、「磁石など、鉄を引き寄せる以外に使い道がないのでは?」
「あるでしょう!」
「ふむ」と言いながらイェシュアは小枝を組み合わせて何かを作る。さすがは元大工・木工技師だ、器用だね。そしてイェシュアは、「パントクラトルの右手の祝福」をして、小枝の先に磁石を生成した。簡易方位磁針の完成だ。
「師よ」とケファが方位磁針を見る、「これは便利ですね。これがあれば、普通の民は迷うことなく旅ができます」
「……ん? あんたたちは、どうやってロスマンに来たの? 星を見て?」
「父がお導きくだされた」
「クリス……、星を見れば方角が分かるのですか?」
「分かるでしょう! 北半球なら、北極星のあるところが北、です。……て北極星って言葉、あ、あるか、普通にロスマン語だ」
「だが、クリス」とイェシュアは方位磁針を示す、「磁石を出してみたが、これが、どうかした、のかね?」
「魔法を使えなくても」と、あたしは二人に言う、「磁石と水車があれば、雷を作ることができます」モーターを使った、発電、だね。たぶん、今までの話からすると、この世界でも可能だろう、きっと。
おう……、とイェシュアとケファは同時に言った。
「ちなみに雷を利用すると、夜闇を照らす灯りを作ることも、できます。雷と言いましたが、正確には、電気、です……。あれ? なんで『電気』とロスマン語で言えている、のだろ?」
「父が言われるには」と、ここからイェシュアは念話に切り替えた、「フィンランド語の『電気』は『輝く』『火花』から造語されたのでロスマン語になりやすい。もしも『琥珀』のエレクトロンを語源とする言葉だった場合、ロスマン語にはなり得なかったろう、と」
あ、はい。ケファもうなずいたということは、ケファにも納得できるよう、【同時に別の表現で】ケファに念話で伝えたのだろう。
「ちなみに電気があれば、一気に倒すことはできないけれど、邪竜をねぐらから遠く離れないよう閉じ込めることができます」
「どのように?」と異口同音にイェシュアとケファは言った。
「そうだ」と、再度、イェシュアは「パントクラトルの右手の祝福」で、小さなドラゴンの置物(木製)を生成した、「これを使って説明してくれないか」
あたしは紙を1枚、イェシュアからもらう。そして、紙に簡単な図を作る。川に水力発電所を作る。送電線を引く。そして、元の世界の「猪よけ」みたいな電線のフェンスで、ぐるっとドラゴンを取り囲む。周囲に電灯を配置する。ドラゴンが電線フェンスに触れると電灯の明かりは乱れる。周囲に1日3直体制で雷魔法使いを複数人配置する。ドラゴンの出たところの魔法使いは応援が来るまでドラゴンに魔法で雷を浴びせ続ける。応援が駆けつけたら全員でドラゴンに魔法で雷を浴びせ続ける。痛がって住処に帰ってくれれば御の字だ。
「どや!」
「ふむ」とイェシュアとケファは異口同音に言う。
「これなら有効かもしれません」とケファ。
「だが、父は決定的ではない、と言っておられる。電力が不充分でフェンスが破られた場合、悲惨なことになる、とも」
「うっ……」
「それにフェンスが破られると1日でフェンスを修復せねば、もっと悲惨なことになる、とも」
「ううっ……」
「さらには、これは可能性が低いが、ねぐらから直接ドラゴンが空へ飛びあがればフェンス自体が無意味だ、フェンスの上を飛べば良い話だからな」
「うううっ……」
「だが」、とイェシュアは微笑した、「やってみる価値は充分にある、とも言っておられる。ドラゴンが飛行しはじめようとするとき、どうしても地面に振動が発生する。ダーラヤヴァウシュは、最近、ねぐらの中で歩くのも、振動が立ちにくいように歩いている。財宝を崩すのを恐れているのだ。ダーラヤヴァウシュは財宝を貯めすぎた。自身が飛び上がる際に振動で財宝を崩すことは避けるはずだ。ねぐらから相当離れてから飛行を始めるはずだ、とも言っておられる」
そこでイェシュアは天を見上げた。見上げ続けた。……父と会話をしているのだろう。
「クリス」とイェシュアは、地べたに座っている私を見ながら言う、「そなたの世界の知識を、そなたからもう少し知りたい」
「え……? もう知っている、でしょ?」
そこでイェシュアは念話に切り替えた。
「父の言われるには、デタラメなキーワードでGoogle検索した知識でしかない、ということだ。父は、『小学理科』『中学理科』『高校物理』『高校化学』『送配電』『建築学』という順番のキーワードで、クリスの魂を検索すべきだ、ということだ」
「でも、あたし、送配電もケンチクガクも知らないよ?」……あれ、ロスマン語で言ったはずなのに建築学だけ日本語になっている。あ、そっか、送配電はロスマン語になりやすい言葉で建築学は「なりにくい」言葉だったんだね、きっと。
「そなたの知識、ではない。そなたの魂、だ。そなたの魂の中には、『覚えていない知識』『忘れた知識』も『一度見た・読んだだけの情報』も、眠っている。その中に、今言った知識が……」
「そういう知識が、あたしにはあるってことなんだね?」とロスマン語。
「そのとおりだ」とイェシュアもロスマン語、「私にはそなたが必要だ」
どこのプロポーズかよ、とは思ったが、あたしは無視する。
「はい、どうぞ」と私は目をつぶる、少し気恥ずかしかったからだ。
イェシュアは右手をあたしの頭に置いた、「……ふむ、ふむ、ふむ……、ふむ……ふむ……ふむ」
イェシュアは微笑しながら天を見上げる。また父との会話かな、と思ったが違ったようだ。
「ニュートンの法則、ケプラーの法則、そしてファラデーの法則に微積分、グレシャムの法則、か。……実に、興味深い」
「あんた、それ、もう、知っていたのではないの?」
「知っていたのは父だが、私は教わらなかった、『時期尚早』ということで。それゆえ、私は知らなかった」
「ちょっと待って。あんたのいったキーワードに『高校数学』はなかったはずなんだけれども?」
「線、いや電気を伝える線」とイェシュアは言う。まどろっこしい言いかたになる理由も今の私なら分かる。フィンランド語では一般に電線を、単に「線」と言っているからだ、「……を正しく引くには、電気の減衰を計算せねばならない。線が長くなればなるほど減衰していくからな」
「へー」って、あたしの、チラ見しただけの本に、そんなことが書いてあったんだ。
「その際の数式にあったので、微分・積分をついでに検索した」
うん、それは分かる。ネット検索して、分からない言葉でてきたら、ついつい、ついでに調べてしまう、よね。
「……ところで、最後の『グレシャムの法則』って何?」
「『悪貨は良貨を駆逐する』……この世界ではあと100~200年ぐらい先に生まれてくる予定の言葉、だね」
ああ。化学つながりで貨幣を検索していたら出てきた、のか。あたし、その言葉を聞いたことはあるけれど「グレシャムの法則」という名前は忘れていたや。




