第9章 月下の決断
【第9章 月下の決断】ーーーーーーーーーーーーー
降下艇のハッチが開いた瞬間、月面の静寂を破る閃光と爆音が広がった。
プレアデスの歩兵部隊が展開するより早く、マルドゥークの機動兵が突撃してきたのだ。
海斗とミラの乗るフェルシア改は即座に跳躍し、粒子砲を連射する。
無重力に近い低重力下での戦闘は、動き一つで軌道が逸れる。
だが二人は互いに迷いなく連携し、次々と敵機を撃破していった。
「こっちは任せろ! 玲奈、先に行け!」
海斗の声に、玲奈は頷き、技術班と共に地下遺跡への入り口へと走った。
遺跡内部は、かつての文明の残骸で埋め尽くされていた。
壁面にはプレアデスにもマルドゥークにも似た象形文字が刻まれており、足を踏み入れるたびに青白い光が反応する。
そして中央の大広間に──それはあった。
脈動する第二の星核。
周囲に展開された重力障壁が、近づく者を拒むように揺らめいていた。
その前に立ちはだかったのは、黒い装甲服を纏った男。
ヘルメットを外した顔は、間違いなく玲奈の兄・怜司だった。
「……やはり来たか、玲奈」
「兄さん……どうして……どうして敵に……!」
怜司は苦く笑い、手を伸ばす。
「敵? 違う。マルドゥークこそが真実に近い。
プレアデスは起源の記憶を独占し、人類を駒として利用しているだけだ」
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玲奈は首を振った。
「そんなこと、信じない……!」
「玲奈……お前は優しい。だからこそ、彼らに利用されていることに気づけないんだ」
怜司の背後、マルドゥーク兵たちが銃を構える。
玲奈はとっさに携行銃を抜いたが、心が揺れて引き金を引けなかった。
その時、轟音と共に壁が崩れ、フェルシア改が飛び込んできた。
「玲奈! 下がれ!」
海斗とミラが操縦する機体が、マルドゥーク兵を一掃する。
怜司は苦々しい表情を浮かべつつ、玲奈を見つめた。
「やはり……お前は彼を選ぶのか」
玲奈の胸が痛む。
「私は……私は兄さんを救いたい。でも……地球を捨てることはできない!」
戦闘が激化する中、星核の障壁が突然強く輝き、周囲の兵士たちを弾き飛ばした。
その光の中で、玲奈の脳裏に声が響く。
『選べ、継承者よ。過去に縛られるか、未来を紡ぐか』
怜司も同じ声を聞いたのか、驚愕した表情を見せる。
「まさか……星核が直接、干渉を……!」
玲奈と怜司、二人の兄妹が同時に光へと手を伸ばす。
だが、その瞬間、衝撃波が広がり、遺跡全体が崩壊を始めた。
「玲奈!」
海斗が叫び、彼女を抱き寄せて瓦礫の直撃を防ぐ。
ミラが冷静に機体を操作し、崩落する天井を押さえつける。
怜司の姿は瓦礫の向こうに消えた。
最後に見えたのは、妹に向けられたかすかな微笑だった。
崩壊する遺跡から脱出した玲奈の腕には、青白く光る結晶の欠片が握られていた。
完全な星核ではない。だが、確かにその一部。
「兄さんは……まだ生きてる。きっと……」
玲奈は震える声で呟く。
海斗は彼女の肩に手を置き、真っ直ぐに言った。
「玲奈、今はその欠片を守るんだ。次の戦いが、もう始まってる」
遠く宇宙に、マルドゥーク艦隊の新たな影が迫っていた。
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