報われぬ日々
「マリアンヌ……」
エリザベートは、遺体を見て呆然と呟いた。
そして、涙を流して遺体に縋り付いた。
心臓を剣で一刺しされた遺体は、血に汚れている。
それでもエリザベートは、気にせず遺体を抱きかかえている。
それを遠くから見ていたユリウスは、意外に思った。
わがままで高慢と言われているエリザベートが、身分違いの侍女の死をここまで悲しむとは思わなかったのだ。
何か特別な思い入れでもあったのかもしれないが、自分が思い違いをしているのかもしれないとも思った。
何にしても、マリアンヌが死んだのは自分のせいだとユリウスは思った。
自分が尾行に気づかれなければ、あそこで黒ずくめの男を倒していれば、と思わずにいられない。
敵が単独とは限らないから、あの男を倒していてもマリアンヌを救えなかったかもしれない。
だが、やはり自分の尾行が原因である可能性は高いだろう。
話の内容によって「生かしておけない」と思われたのかもしれないが、それは責任逃れの考えのように思えた。
ユリウスは、このことを王太子レオンに報告するべきだと思った。
エリザベートの侍女が怪しい男と会っていたこと、それを自分が察知した途端に殺されたこと。
しかし、それを聞いたレオンの反応は意外なものだった。
「まだエリザベートを貶めようとするのか!」
自分と会ってくれた時点で多少怒りは収まったかと思ったが、内容が悪かったらしい。
確かにリディアの追放に異を唱えた自分が、エリザベートの侍女が怪しい男と会っていると言えば、エリザベートにも疑いを持っているように思われるだろう。
「いえ、エリザベート様には何の問題も……」
「当たり前だ!もういい、下がれ!」
こうして、ユリウスの言葉はレオンに届かないまま謁見は終わった。
ユリウスは、自分のしていることが空しく思えてきた。
だが、王国への忠誠心はまだ消えていない。
そして、自分の身体能力が諜報員として特に優れているわけではないことも思い知った。
あの時の男と真正面から戦っていても、勝てた気がしない。
「もっと慎重にならないといけない」
ユリウスはそう思った。
***
ユリウスの報告を、エリザベートもレオンの横で聞いていた。
マリアンヌは古くからの侍女で、気安く話せる相手だった。
身分は違えど友達のような関係で、その死はエリザベートにとって衝撃だった。
だから、ユリウスの報告はエリザベートの気を引いた。
確かに、リディア追放の前あたりからマリアンヌはおかしかった。
リディアを貶め、エリザベート様こそ王妃に相応しいなどと言うようになっていた。
先日も、リディアの追放のことについて話したばかりだ。
その時も、マリアンヌはリディアを悪く言っていた。
だが、それだけだ。
誰かの差し金でそんなことを言っていたとしたら、目的がわからない。
そこまで考えたが、エリザベートはそれをユリウスに言うことはできなかった。
自分の侍女がリディアの悪口を言っていたことも、自分がリディア追放に疑念を抱いていることも、他人に知られたい話ではなかった。
それに、ユリウスに対する微妙な感情もあった。
マリアンヌはお金をもらって他国のために何かをしていた、らしい。
それが事実なら、悪いのはマリアンヌだ。
だが、それはそれとしてマリアンヌの死はユリウスの軽挙が招いたものだという思いが消せない。
国のための行動だということはわかっているが、それでもユリウスに手を差し伸べる気持ちにはなれなかった。
こうして、ユリウスはまた報われない日々を続けるのだった。
だが、何かの陰謀がこの国を狙っているとユリウスは感じていた。
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