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空席の玉座

王宮の謁見の間には、今や微かな違和感が漂っていた。

装飾の一つ一つは以前と変わらず、天井のフレスコ画も、床に敷かれた赤い絨毯も、何ひとつ欠けることはない。

しかしその中心に立つはずの存在──王太子レオンの姿には、威厳というものが確かに欠けていた。


彼が一歩壇上に立つと、周囲の貴族たちは形式的な礼を取る。

だがすぐに彼らの視線は、その隣に控えるエリザベートへと滑っていく。

微笑をたたえる彼女に向けて、貴族たちは恭しく頭を垂れた。

まるで、王太子が単なる添え物であるかのように。


レオンは気づいていないのか、それとも気づこうとしないのか。

彼は今日もまた政務の会議で自身の意見を持たず、エリザベートに問いかける。

「この件、君の考えを聞きたい」と。かつて忠臣と呼ばれた老貴族や将軍たちは、次々に職を追われ、今やその姿はほとんど見られない。

入れ替わるようにして現れたのは、エリザベートが後ろ盾となった新たな顔ぶれ──貴族の子弟や、見慣れぬ廷臣たち。


その中には、明らかに軍務に不釣り合いな者すら含まれていた。

だが彼らは、ある種の忠誠心を以ってエリザベートに仕えていた。

実のところ、彼女はすでに軍の人事にも密かに介入し、一部の貴族家には「私兵」と呼ぶべき者たちを送り込んでいた。


王太子の威厳は、表面的なものになってしまった。

だが、レオンはそのことに気づいていない。

エリザベートと自分が一心同体だと信じている王太子レオンは、エリザベートに向けられる敬意も自分へのものと同じだと信じて疑わないのだった。


レオンの父の老王は病床にあった。

身体の自由もきかず、政務はほとんど王太子に委ねられている。

そんな彼のもとを、ある日、エリザベートが訪れる。

彼女は穏やかな微笑みを浮かべ、手ずから調合した薬草茶を差し出した。


「これは、東方の地で採れた特別な薬草ですわ。殿下のために取り寄せました」


老王は微かに目を細め、その手を取る。口にはしなかったが、その瞳の奥には一瞬の疑念が閃いた。

──これは、単なる気遣いではない。だが、もはや判断を下す力は老王には残されていなかった。エリザベートはそのまま、彼の枕元で静かに微笑を保つ。


一方、レオンはというと、自身の決断が正しいと信じ込んでいた。

彼にとって、忠義とは今やエリザベートに向けられるべきものであり、かつての忠臣たちは「古き時代の遺物」に過ぎない。

むしろ、彼の理想を理解し、行動で示してくれるのはエリザベートただ一人だった。


「父上は衰え、臣下は裏切りばかり……。だが、エリザベートだけは私の傍にいてくれる」


それは盲信にも似た感情だった。

その感情の中に、王太子としての自負や責任感はもはや見られなくなっていた。

……そして、本人だけがそのことに気づいていない。


そんな中、諜報部に属するユリウスはある不審な記録に行き当たっていた。

王宮の記録室において、本来なら永年保管されるはずの一部の文書が、異様な時期に処分されていることに気づいたのだ。

その文書群の目録には、リディアの名も記されていた。


彼女が追放された当時の裁定記録や、王太子との正式な婚約関係に関する証書類──それらが、なぜか近年になって処分されたという記録が残っていた。


ユリウスはその記録をもとに、処分の指示を出した人物を追い、ある宮廷官僚の名に辿り着いた。

彼は、かつてリディアを貶める流言の出処としても噂されていた人物だった。


「……偶然にしては、出来すぎているな」


ユリウスは内心で呟きながら、文書の複写を懐に収めた。


王都は今、静かに変貌していた。王太子の名は空しく響き、実権は別の誰かの手に収まりつつある。だが、その陰で何かがひそかに、解き放たれようとして


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