翻弄(フェクト視点)
最初、なにが起こったのかわからなかった。あんな華奢な彼女がなんの躊躇もなく女性の顔のど真ん中を拳で殴るなんてな。 非道かもしれないが女性と王族を魔力暴走で傷付けようとしたという証拠にもなると、放置するつもりだった。
彼女が怪我を治せるかと聞いてきたのは、私の意図を組んで自分の身の不安の為だと勘違いした。まさか自分に危害を加えようとする相手のことだとは……。
こんな思いやりの溢れた女性に出会ったことがない。どうやって手に入れようか。諦めることなんか出来るか。
割れる音と共にアイリス嬢に何か降りかかる。アグリー嬢のドレスから魔力暴走しかけたせいで打ち上がった物だろう。碌な物ではないな、念のためにハンカチに証拠を残しておこう。
アイリス嬢は無事そうだ、よかった。ここは婚約者に任せて私は怪我を治そうか。
これは……女性のこんな姿を見るのは心が痛むが、あんな細腕でこの威力……身体強化?まだ魔法は習っていないはず、無意識か?さすがエリク殿の娘ってことか。念のために魔力の残滓がないか調べてもらうか。
「これはあえて治さずにそのままにしておこう。調査員が後ほど来るはずだ。」
アイリス嬢が分かりやすく動揺する。彼女のことだ、この痛ましい姿の女性をそのままにすることに対して心を痛めているのだろう。
私が居るのにも関わらず二人の世界に入っている。今日は挑発という名目で堂々とアイリス嬢に触れることは出来たが欲が出てしまった。まさかあんな状態で名前を呼び捨てにされるとはな。
用意したのは私だが、なんの抵抗もなく私の色が入ったドレスを身に着け、頼るように身を預けられると自分も愛される婚約者になったと錯覚してしまう。
クレバーは私よりも凄いことをされていたがな。婚約者だからこそだろうが、彼のあんな顔を見ると笑いがでる。宰相に似ていつも感情の起伏がわかりにくい彼が顔を真っ赤にしているとは。
ん?いくら婚約者だろうが、私の見ている前でそれは許すことは出来ないな。アイリス嬢のことになると私も狭量になるようだ。
「はい、そこまで。」
恥ずかしそうに真っ赤にしているアイリス嬢を見ると、闇魔法を解除している時のことを思い出し悶えてしまいそうになる。
アイリス嬢が何か言いたそうに駆け寄ってきたと思ったら、いきなりふらついた。一番近かった私が支えたのだが、しがみついて離れない。可愛すぎる。
クレバーと間違って抱き締められているのはいただけないが、婚約者になるとこういうことをしてくれるのかと思うと羨ましい。
アイリス嬢から独特な香りがする。これは以前、隣国で見つかった違法薬物と同じ香り。やっぱり隣国と繋がっていたか、これでテリブル伯爵の罪は確定したな。あとは……。
――カプッ
なっ!!咄嗟にアイリス嬢を抱き締める。衝撃的すぎてなにが起こったのかわからなかった。 私は噛まれたのか、耳を。
ちらりと見ると、彼女は潤んだ瞳で顔を赤くし、艶かしい息遣いでこっちを見つめていた。あの薬を頭から浴びたのなら効果が出てもおかしくない。だが、これは不味い。
「あえ?……ふぇるよでんあ……ろうしたの?」
――カプッ
「――ッ!!」
くっ、また噛んだ!!私の名前を呼んだからクレバーとは思っていないはずだ、なぜだ。どうすればいい。許可なく触れることは出来ん。耐えろ、ひたすら耐えろ。女性訓練を思い出すんだ。
噛むのに飽きたのかやっと落ち着いた。耐えきった……。惚れた相手からのこの仕打ちは、女性訓練より辛い。
終わったと思ったが、なにか言いたそうにこっちをじっと見つめてくる。
「ねぇ、ギュっれしえ?」
ぐっ!!可愛すぎてツライ。でもこれは、女性からのお願いだから触れてもいいはず、いいはずだ。自分に言い訳しながら彼女を抱き締める。
「ふふ、ねえ…なれれ。」
私の右手を掴み、彼女の頬まで誘導し、手の平に頬を擦り付けてくる。必死に理性を保ちながら、触れた頬から魔法の治療を試みる。発症したばかりならこの程度で完治出来るはずだ。
「フェクト殿下?あ……ッ!……。」
よし、完治したようだ。息遣いは落ち着いている、顔色は…真っ赤だ……。しばらく一緒に過ごしたからわかる。他の女性なら演技だろうが、彼女の恥じらいは本物だったな。それがまた可愛らしく意地悪をしたくなってしまう。
「あぁ、思い出したか?」
左腕は彼女を抱き締めたまま、右手で彼女の頬を撫でる。
「…あ…あの……。」
私の腕の中で顔を真っ赤にしている姿が理性を殺そうとしてくる。私以外だったらとっくに理性なんか崖に放り投げているだろう。
「さぁ、アイリス嬢。もちろん責任とってくれるのだろう?」
逃がさない。




