54話 子供の戯言には子供騙しを
「ミヤトおにーちゃんとけっこんする!」
そう言い放ったのはミネという俺とフィリアが森で出会い、助けた少女。そしてチェーニを巻き込み彼女の母親を助けたというそんな間柄。
年端もいかぬ少女から告白された。結婚を前提にした告白を。こちらの世界のルールとして結婚だの恋愛だのの規定がどうなっているかは知らないけれど、いずれにせよ俺はオーケーをするつもりは毛頭ない。あり得ない。あったとしても一旦ミネの夢を崩さないために一時的にはい、と回答するくらいだろうけど、それもまぁ多分あり得ないな。
今目の前には俺とミネ以外にもフィリアやチェーニさらにはミネの母親もいるそんな場であるから、まぁ承諾出来るわけないよね、冗談でも。
兎にも角にも今は言い断り方を考えなくてはならない。出来る限りミネを傷つけない方法を。……どうやって?
そんな心得は当然ながらに存在しない。
「こら! お兄ちゃん困ってるでしょ!!」
そして彼女の母親にしたってこの調子である。そりゃあそうだよな。寧ろこちらから下手にアレやコレやと模索し画策するよりも、実の親に任せておいた方が良いかこれは。
「やあだ!!」
しかしてミネは反抗して、そんなことを言いながら腕に抱き着く力をさらに上げている。まぁ上げていると言っても所詮子供であるから大したパワーではないため、今すぐバッと振り払おうと思えばどうとでもなる。が、子供相手にそれをやるのは幾ら何でも大人げないのでそのまま甘んじて受け入れている。コレをしてくるのが子供でまだよかった。平静および理性を保てているから。多分ミネじゃなくてフィリアでもヤバかったろうな。アレ男だけどそういう枠組みでカウントしちゃいけないタイプの人だし。
そんなフィリアとチェーニの方をちらっと確認する。やはりというべきか依然としてこの現状が呑み込めていないのかチェーニは呆然としている様子で、食事の手も止まったままだ。
フィリアはというとどうしたものかとこちらも静止気味。ただただこちらの動向というかやり取りの顛末を横から凝視してる感じではあるが。
それこそフィリアの方からチェーニの時やカコの時見たく割り込んで来たりしないものか……と少しばかり思ったりもしたが子供相手だしな……。
それにこの感じの理屈の類を言っても聞く耳を持たない相手となると、口八丁ではどうにもならないので付け入る隙というか入り込む余地が無いし。
……。
「そもそも……なんで俺なの」
ふと口をついて出た言葉。思わず出た言葉であるけれど、そういえば理由を、理屈を彼女の口からきいていない。いやまぁ子供の考えることにそう言った裏付けがあるのかと言われたら、必ずしも存在しているとは思っていないけれど。ただあまりにも急な言葉だし、なんかあって欲しいという願望交じりでミネに尋ねてみたまでである。
勿論フィリアが男であると理解されていない以上、この場の男という存在は俺だけど消去法でまさか選んだわけではあるまい。
「だって、ミヤトおにーちゃん、おかーさん救ってくれたから……」
「な……る程……」
理由は下手な歌人の歌よりも端的であった。成程今の少女にとって俺という存在は自らの母親を救った者というフィルターがかかった状態で映っているのか。要素だけで見ればあながち間違いとも言いきれないけれど、治したのはチェーニであるしその間この家の家事を行ったのはフィリアである。あくまで俺は橋渡し程度の存在でしかないんだけれど……まぁミネにとっては関係ないのだろうな。それを説いた所で通じるとも思えないし。
さてやはり俺自身でどうにかする算段は浮かばない。どうしようもない。
のでやはり母親にお願いするしかないか。
そしてこういった状況下だからだろうか、ミネの母親も彼女の言葉を否定はしなかった。
「確かにミヤトさんには返しきれないくらい恩はあるけれど……」
そう言うのであれば恩返しの手始めに否定して欲しかったものだけれどまぁ流石にそれは無茶というもの。一旦口を噤む。
「でしょ! だから!!」
だからというのであればむしろこの行動ははた迷惑と言った方が正しいんだけど、子供にそんな論を言ったとて。何とか上手いこと諦めて貰えないだろうか。
「で、でも、そもそもっ! ミヤトさんはフィリアさんと既に付き合ってて……」
ここからどうやって母親は説得していくのだろうか、と思っていたところ、唐突にそんなことを言い出してくる。えっ?
再びフィリアもその言葉に咽たかのような反応を見せる。
「そうなの!?」
えっ、そうくるの?
少女はどう返すかと思えば母親の言葉を鵜呑みにするかのように興味深そうな反応と共にこちら……より具体的に言えば俺とフィリアの方とを曇りのない瞳で見てくる。
かと思えば今度は左腕に何やら衝撃が。
「そ、そうですよっ!! 私とミヤトさんはそれはそれは深い仲で……」
えっ。
フィリアに至ってはこのタイミングを逃すまいと空いていた左側の腕を寄せてくる。ミネとあわせて両腕が防がれた状態だ。
母親の言葉に対してミネが反応し、そのミネの言葉に続くようにフィリアはまたとない機会とでもいうかのように反応する。三者三様の言葉である。今度は逆にこちらがノリについていけなくなって思わず唖然とした反応をせざるを得ない。
「ほんとに?」
「そうですよ! ミヤトさんとはいつも同じベッドで寝ていますしそれはもう毎夜……」
「待て待て待て待て!」
まずもってデマを流布するんじゃない。しかも相手が子供とその母親。ソレ相手にそんなろくでもないことを言うのはやめてくれ。せめてフィリアはミネと違って分別のきく人間なのだから猶の事。
凄い逃げ出したい。なんかこう、今すぐ己の身一つだけワープとかしたい気分だ。そんなうまい話はないけどさ。
■
しかしてどうだろうか。
フィリアが恋人であると自ら主張し始めた途端、ミネの様子が少しばかり大人しくなっている。依然として絡める腕を放そうとはしないけれど。
「ほんとう?」
再び聞き返してくる。曇りなき眼である。それが一層こちらに不思議と刺さってしまった。別段悪意をもっての行動ではないけれど、騙していることには違いがないので良心が痛む。
「そ、そうだよーー」
「当たり前じゃないですかっ!」
思わず棒読みになる。対してフィリアは感情がのっているのか語気がどこか強いように思える。より一層左腕を抱きしめてきた。これをしてくるのがフィリアでよかったと心から思うばかりである。それこそチェーニだったらやばかった。カコでも十二分。
そんな訳で己の理性に感謝をしつつ、ミネの反応を伺う。どこかしょんぼりとした表情に変わっているのが分かった。これはもしや……?
「そうなんだ……。分かった……おにーちゃんとおねーちゃんがつきあってる?ならわたしもがまんする……」
何とまぁ運のよいことか、ミネはそれを信じ込んだ。その上諦めてくれたのだ。そうしてようやく俺の腕から離れると、すすすっと机の周りを歩いて母親の方へと。それからちょこんと膝の上に座ってみせた。
この光景を見てフィリアもするりと俺の左腕を解放した。これにて漸く両腕が自由となる。僅か数分くらいの間だと思うけれど、それでも心なしか腕が重い気がする。
兎にも角にもコレで一応話は丸く収まった、で良いんだろうか?
少なくとも母親はどこか気まずそうな表情をしているし、このやり取りを見ていたチェーニも延々とうろたえているように見える。もしかしてさっきの問答での言葉をまるっとこいつも鵜呑みにしたとでも……?
コレはあくまでミネを諦めさせるため突発的に、アドリブ的に仕組んだものでしかないのだが……。
しかしまぁチェーニはミネと違って分別のある人間だろうから、話せば分かってくれるはず。それを信じて今はこの場をやり過ごそう。今は何より少女をどうにかすること第一であるから。
■
取り敢えず上手くはいった……のだけれど、しかしミネが俺とフィリアを恋仲である、と信じ切ってからの方が疲れた感じがする。事あるごとに恋人であるからという事でアレはしないのか、コレはしないのかという質問攻めと言う名の要求を延々と繰り返された。その度にフィリアと共に恋人かのように実践して恋人かのように振る舞い続けたわけである。つまりは子供の要求に無限に答え続けた形だ。
「おにーちゃんたちは恋人なんでしょ? もっと抱き合ったりしないの? おかーさんはよくやってたよ」
しかもこんな情報を添えて。どうやら彼女の母親は夫婦仲睦まじかったようである。であればその夫はどこにいったのか少しばかり気にならなくもないが一々聞くのもな……。特別興味以上に意味のある行為でも無し。
そんな訳で度々疲れるような時間が流れていた。おかしい、こんな筈じゃ、もっとこう夕食だけご馳走になる気の楽な時間のつもりだったのに。
逆にフィリアはさっきから嬉し気である。
「色々とごめんなさいね……うちの子の所為で面倒な事に巻き込んじゃって……」
帰り際の玄関にてそんな謝罪を受けた。まぁ子供のする事はよく分からないが故に発生した事態な訳だけど……。
「別に気にしないでくださいよ。まぁちょっと疲れはしましたけど……」
「あははは、確かにそうですね。でも私は楽しかったですよ」
まぁさっきまでの様子を見ている限りじゃその通りだろうな。
「そう言ってもらえるならよかったわ。まぁ……気休めじゃないけど、二人ならお似合いに見えるけど……」
最後の最後で爆弾を一つ投下された。
お似合いも何もこいつは男なんだ、と今言う訳にはいかないのでそんな言葉をぐっとこらえて、
「そんな……ありがとうございます」
と無難な返事をしておいた。
「おにーちゃんたち、またね~~!!」
ミネの家を後にした。
推定今年最後の更新です。せめてこの章くらいは終わらせていたら綺麗だったんだろうな。
 




