26 後輩からの捜査依頼
教会で銃撃戦が始まる前の事、ロイドは新居となった拠点2階にあるリラックスルームでリクライニングチェアでくつろぎながらタバコを吸っていた。
シャターンとオーソーが起こした事件は被害者救出を終えて一旦の落ち着きを見せた。
あれから人身売買が起きた噂も聞かず、死亡した被疑者の跡を継ぐ者は出なかったようだ。
城では貴族2名が大犯罪を起こしていたという事で大騒ぎになって、第一皇子が派手にやらかしたようだがロイドには関係無い事である。
アリッサは被疑者の背後に協力者がいるのでは、と推測していたようだが今のところロイドに捜査要請は出ておらず。
彼女が動き出すまでロイドはゆっくりと過ごせるわけである。
「フゥー……」
こういった暇な時はゆっくりするに限る。そう言わんばかりのリラックスムード。
外で購入した週刊誌を読み終えたら一服して。さっそく地下にある酒保で酒を買い、軽く一杯やりながら眠気を誘う。
惰眠を貪っては飯を食い、また酒とタバコを楽しんで眠る。ロイドにとって、これが極上の休日といったところなのだろう。
静かでゆっくりとした時間が流れる中、ロイドの耳には「カラン、カラン」とベルの音が微かに聞こえた。
これは敷地内に門番を配置させぬ富裕層クラスの屋敷には定番となっている、玄関に取り付けられた来客者用のベル音だろう。
中途半端な大きさの屋敷ではドアノッカーを叩いてもよく聞こえない。その代わりとして、玄関にベルを取り付けて来客者に鳴らしてもらって家の者に来訪を伝えるといった手段の1つである。
ただ、ベル音が聞こえたであろうロイドは立ち上がりもしない。
ここは自分の家ではあるものの、持ち主はアリッサである。ならば持ち主であるアリッサのメイドが対応すべきだろう。
下手に自分が対応して面倒事になっても申し訳ない。
しかしながら、アリッサとメイドのローラは現在帝城に呼び出されていて不在である。
他に対応できる人物はアリッサが経営する商会で雇っている会員だろうか。まぁ、なんにせよロイドは対応する気は無いようだ。
よって、ロイドはノックに対して『無視』という対応を取った。御託を並べているが、簡単に言えば面倒臭いの一言に尽きるのだろう。
タバコを灰皿に押し付けたロイドは瞼を閉じた。完全に寝る態勢である。
ぼんやりと夢の中に落ちそうな感覚を楽しんでいると、魔導車のエンジン音と停止する音が聞こえる。その後、うつらうつらしていると屋敷の廊下からパタパタと誰かが歩く音がした。
その足音はロイドのいるリラックスルームへ近づいて来るようだ。ぼんやりと夢の中へ片足突っ込むロイドはアリッサが雇った商会会員かと思っていたようだが……。
「ロイドさん!」
リラックスルームのドアを開け、怒声に似た声を上げたのはアリッサだった。
ロイドが半目で声の方向を見ると不機嫌そうな顔をしたお姫様がズンズンと向かって来ていた。
「あ~? どうした~?」
「どうした、じゃないですよ! 来客の対応して下さいよ!」
腰に手を当てて、リクライニングチェアで横になるロイドを見下ろしながらぷりぷりと怒るアリッサ。
「アンタの客だったら面倒だろう? だから無視したんだ」
ロイドは眠気を覚ますように伸びをしながら、用意していた言い訳を言って難を逃れようとするが彼女の機嫌は直らない。
「軍人だったなら、それ相応の対応が出来るでしょう! もう!」
例えば敬礼して、第四皇女殿下はご不在ですと言えば良いだけだ。用件を伺えそうであれば後でアリッサに伝えれば良いだけである。
どうせ面倒だったんでしょ! と本心を見破られてしまったロイドだったが反省の色は見えず。
「もう。来客対応の手段を考えなきゃ。ああ、それより、ロイドさん。貴方にお客さんですよ」
「俺に?」
どうやらドアノッカーを叩いていたのはアリッサ目当ての客ではなく、ロイドに用件があったようだ。
一体誰が、と問う前にアリッサが口を開いた。
「憲兵隊の隊員でした。貴方に相談があるそうです」
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屋敷の1階にある応接室に向かうと、出された紅茶を口にしていたのは確かに憲兵隊員だった。
帝国人らしい茶色の短髪、憲兵隊員にしては背が低く、顔も少々童顔寄りの人物。
「ロイド先輩!」
「よう、マルク。どうした?」
ロイドを訪ねて来たのは憲兵隊時代の後輩であり、当時のロイドが信用していた数少ないまともな人間だ。
「いや、どうしたって……。先輩こそ憲兵隊辞めてから……。あのぅ、そのぉ……」
マルクは言いかけた言葉を最後まで言わず、ロイドの横にいたアリッサを見るとゴニョゴニョと言葉を濁す。
見た目からしてマルクは気が弱そうだが、最高権力者である一族を前にしていつも以上に委縮しているのだろう。
「まぁ、色々あってな。ところで、どうして俺がここにいると分かったんだ?」
「先輩が新設された組織に所属したのは聞いていました。最初は軍の登録所を訪ねたんですが、軍の組織図に無かったので城の登録室で所在を聞きました」
アリッサが組織した特務隊は軍の指揮下から外れている。故に軍にある組織・部隊の記録室に特務隊の記録は無い。
あるとすれば城にある全国民の身分登録を保管、皇族に仕える者達の身分を個別で保管している特別記録室だろう。
この城にある特別記録室は皇族派の貴族が仕切っている部署であり、仕切っている貴族は軍部をまとめる反皇族派のグレゴリーを目の仇にしている。
軍人に対して冷たい態度を取るせいか、軍人からもすこぶる評判の悪い部署だ。
気の弱いマルクであれば本来ならば近づきたくないような場所であるが、どうしてかこういった時だけ彼は思い切りが良い。
こうした思い切りの良さをロイドは気に入っているようであるが。
「なるほどね。んで、俺に相談とは? どうしたんだ?」
ロイドはまた憲兵隊内部で何かあって、それを相談しに来たのかと予想していたようだが……。
「実は、ブラックマーケットで新しい麻薬が販売されているって情報が入ったんですよ」
「シャターンのとは違うブツか?」
「ええ。出所もまだ不明で、どういった効果なのかも不明です。ですが、不審な者達がブラックマーケットで販売しているそうで。貧困層の人達を中心に販売しているそうです」
一旦間を置いたマルクはそのまま言葉を続けた。
「格安販売しているせいか、ジャンキー共の間で取り合いになっているようです。南エリアの貧困街では銃撃戦まで勃発したようで酷い有様なんですよ」
「ふぅん……。それで? 俺にどうしろと?」
「先輩はブラックマーケットに詳しいじゃないですか。それと、考えたんですが……。狙われたジャンキーが最終的に逃げ込む場所は――」
「教会、か」
話を聞いていたロイドはマルクの言葉を最後まで聞かずに場所を当てる。
言い当てられたマルクも頷いた。
「ブラックマーケットと教会。どちらも先輩は詳しいですし、知り合いもいるでしょう? 捜査に協力してほしくて」
マルクがロイドを訪ねて来た理由は捜査協力だったようだ。
合点のいったロイドも頷く。
「ちょっと、よろしいですか?」
ただ、2人のやり取りに横から割り込んだのはアリッサだった。
「ひ、ひゃい!」
お姫様の割り込みにビビるマルク。肩はビクリと跳ねて、ガチガチに緊張する彼の姿を見たアリッサは思わず吹いてしまいそうになった。
皇族でありながらも城では貴族達に高級娼婦扱いされるのが彼女にとって普通だった事もあって、ここまで皇族として畏敬の念を向けられる体験は久々すぎて新鮮さすら感じるのだろう。
「緊張すんな。このお姫様はヘビじゃねえよ。お前を丸飲みしたりしない」
しかし、ロイドの目には小動物が捕食者の前で怯えているように映ったのだろう。
背の低いマルクが萎縮して縮こまっている姿は確かに小動物らしさがある。ニコニコと笑いながら相手の考えを探り、自分の有利な方向に事を進めようとするアリッサを捕食者と表現するのも納得か。
彼はアリッサを揶揄うように鼻で笑うと、口角を吊り上げて挑発するようにアリッサの顔を見やる。
「誰がヘビですか。喉を食い千切りますよ」
「ヘビじゃなくクマかトラがお望みか? そっちの方が恐ろしいぜ」
ムッとしながらロイドを見るアリッサ。相変わらず軽口を続けるロイド。
2人のやり取りとしてはこれが通常営業であるが、2人のやり取りを初めて見るマルクは心臓がドキドキしっぱなしに違いない。
「おほん。それでですね。その件、特務隊に預けてくれませんか?」
ロイドとのやり取りで漂う場の雰囲気をリセットしようと、アリッサは咳払いをしてからマルクにそう提案した。
「特務隊にですか?」
「ええ。実は城から同じような任務が下されました。恐らくは関連性があると思いますので、私達で捜査を行おうと思います。どうでしょう?」
「は、はい。お任せします」
第四皇女に「どうでしょう?」と問われて首を縦に振らない一般人はいないだろう。気が弱いマルクであれば猶更か。
「ありがとうございます。事件を解決しようと思ってくれた事へも皇族の一員として感謝申し上げます。貴方のような方がたくさんいれば、帝国はもっと平和になるでしょうね」
「い、いえ! そ、そんな!」
ニコリと愛想たっぷりに笑ったアリッサのキラキラな皇女スマイルを全身に浴びたマルクの頬が赤く染まる。
「……タラシの人食いトラ」
ロイドが小声でボソリと零した一言に、アリッサは笑顔を維持したままテーブルの下にあった彼の足をグリグリと踏みつけた。




