25 神聖徒教会
ロイドの引っ越し、ヴィヴィとの出会いといったイベントが起きた翌日。
帝国帝都は寒さを感じながらも天気はよく、透き通るような青空が広がっていた。
今日の舞台は外周区東エリアの中心に建設された教会である。
この教会の通称は神聖徒教会。正式名称はクロイツア王国所属、神聖徒教帝都支部教会という。
900年ほど前から主流となっている宗教――神聖徒教と呼ばれる宗教の本部があるクロイツア王国が主導の元、各地への布教を目的として建てられた教会だ。
神聖徒教とは神によって創造された最初の人類、聖なる使徒と呼ばれた人物が神と共に文明を築いたという伝説を元に作られた。
簡単に言えば人類を作った神様と神様と一緒に文明を作った人類の祖先である聖なる使徒に感謝しましょう、といった内容の宗教である。
もっと簡単に言えば『ラブアンドピース』だ。愛に満ちた平和な世の中を作りましょう。その為にはどうすれば良いか、といった説教を人々に説くのが教会の役目であり目的である。
また別の役割としては教会本部があるクロイツア王国の持つ薬学技術による医薬品支援を教会にて行うこと。
クロイツア王国の持つ薬学技術は世界トップクラスと言われている。
理由としては、英雄譚や御伽噺にも登場する魔法使いの末裔がクロイツア王国王家として君臨しており、王家のルーツである魔法使いと錬金術師が残した薬学知識を活用しているからだ。
事実、クロイツア王国が開発した医薬品は世界に蔓延した多くの疫病を収束させてきた。
世界で発生する病気に対して真向から立ち向かって勝利を収めてきたクロイツア王国の薬学知識は、世界の一部国家からは絶大な信頼を寄せられている。
近年ではクロイツア王国は万能風邪薬『ポーション』と呼ばれる医薬品を開発。これを各地の教会内で生成して外国人へ販売している。
といっても、これらのクロイツア王国産医薬品は帝国においてあくまでも低所得者向けといった位置付けである。
クロイツア王国の薬学知識を絶賛しているのは一部の国家、とあるように帝国ではクロイツア王国をよく思っていない。
帝国のルーツがクロイツア王国を好ましく思っていないマギフィリア王国だからというのもあるが、帝国貴族達は昔からマギフィリア流の薬学知識を使用した医薬品や魔導技術を用いた魔導外科手術を選択していた。
それなのになぜ、神聖徒教会が帝国内にあるのか。
その理由は帝国が建国された頃、民衆による宗教選択の自由、国家による宗教の強制を強いる事は国際的にタブーとされていたからだ。
当時そういった国際的な宗教への特別な空気感が充満していた理由としては、この頃から神聖徒教が一大宗教となっていて神聖徒教を信奉する外国がかなり多かった、と付け加えれば簡単に察せるだろう。
建国したばかりの帝国は各国による国際的な圧力に負けて教会建設を拒む事が出来なかった。
それは帝国のルーツである、現在では魔石大国となっているマギフィリア王国でさえ拒めなかったくらいだ。当時ではまだ小国も小国な帝国が拒めるはずもない。
そのような国際的な背景があって、教会の建設を拒めなかった帝国は渋々教会の建設を許可した。許可はしたが聖域である内周区には入れない。
建国当初は現代の内周区となっている立地の端も端に建設され、帝都の人口増加に伴って外周区が増築された際に教会も現在の外周区東エリアに移動される。
帝国のトップである皇族と帝国貴族から厄介者扱いされていた神聖徒教会帝都支部であったが、現在まで活動を続けて帝都に住む低所得者達の救いの手となり続けてきた。
高額な魔導外科手術、マギフィリア王国産の薬を買えぬ低所得者達に向けて、教会はクロイツア王国産の医薬品を安価で販売したのだ。
その結果、現在の帝都外周区に住まう者達の60%が神聖徒教信者となった。
帝都支部教会は外周区に住まう者達を味方につけて帝都に存在を維持し続けていると言ってもいいだろう。
外周区東エリアに建設された教会は常にボランティア達の手によって整備され、白い外壁は常にピカピカである。
窓にはまったステンドグラスもよく磨かれて、ステンドグラスに描かれた『神の手を取る聖なる使徒』の絵は太陽の光を吸収して光り輝く。
今日も教会の近くにある公園では恵まれない帝都の子供達向けに食料支援や文字の読み書き、簡単な計算を教える場がセッティングされて賑わっている。
教会の前では教会に所属するシスターが掃き掃除をしながら奥様とにこやかに会話を弾ませ、まさに平和そのもの。
まぁ、『外は』といった注意書きが付くが。
ここからが本日の本題である。
「んふふ~。んふふふふ~」
教会の出入口となる扉の先には赤い絨毯が奥にある教壇まで敷かれて、絨毯の左右には教会を訪れた信者達が座るための長椅子が何脚も設置されていた。
壁際にはロウソクや魔導ランプが置かれ、夜になると火が灯されて教会内部は幻想的な光を放つだろう。
昼間である現在ではステンドグラスを通過した太陽の光だけが教会内を明るく照らし、中央に敷かれた絨毯の上に薄くステンドグラスに描かれた絵の影が出来上がっていた。
「んふふ~ふふ、んふふ~」
先ほどから鼻歌を歌いながら教壇に立つのは薄緑色の長い髪をツインテールにして、真っ白な修道衣を着る者。
顔は可愛らしく、誰が見てもこの者を『美少女』と言うだろう。特に初見の者はそう言いがちだ。
その美少女は教壇の上にガラス製のパイプとフラスコのような入れ物を置いた。
フラスコに青い液体を1/4の量を注ぐと、フラスコの口とガラスパイプを専用の器具で連結させる。
片手でガラスパイプの口を持ちながら、今度は細い3本足を持った台座と太い蝋燭を教壇の上に置いた。
蝋燭に火を点けて、台座を被せるようにセット。台座の上にガラスパイプと連結したフラスコのお尻を台座に置く。
すると、フラスコに蝋燭の火にあたる。徐々に加熱されていく中身の液体はフラスコの中に白い煙を発生させていった。
フラスコの中に白い煙が充満したのを確認した『美少女』はガラスパイプにあった革の持ち手を持って、パイプの口に自分の口を添える。
「スゥー……。はぁぁぁぁ」
そして、一気に口から煙を吸引して肺に送り込むと鼻の穴から大量の煙を吐き出す。
「んあぁぁぁぁ……」
煙を吐き出した『美少女』は「これがたまらない」と言わんばかりに、目を虚ろにさせながら恍惚な表情を浮かべて天を仰ぐ。
これは美少女の日課である。毎日これをしなければ美少女の一日は始まらない。
しかしながら、今日の始まりはいつもと違って変化があった。
美少女が何度目かの吸引を行っていると、教会のドアが勢いよく開かれる。
中に入って来たのは汗だくになったみすぼらしい男。恐らくは貧困層階級に属する浮浪者か少しマシ程度の男だろう。
男は顔中汗まみれで、肩で息をしながら美少女のいる教会の奥へ向かってフラフラと歩く。
「たすけ、助けて……!」
恐らく教会まで全力疾走してきたのだろう。息が切れているせいで、声は掠れており、助けを求める声は小さかった。
「んあぁぁぁ……」
謎の煙をキメている美少女に助けを求めているとしたら男の声は小さすぎた。目を虚ろにしたままの美少女は助けを求める男の存在に気付かず、相変わらず煙を吸引し続ける。
助けを求める男がまだ距離のある美少女に手を伸ばし続けながら歩き出すが、そのタイミングで教会の入り口が再び騒がしくなった。
「テメェ! ブツを寄越せッ!」
10人ほどの男達が、助けを求めてきた男を追って教会内に駆け込んで来たからだ。
しかも追って来た男達の手には魔導拳銃が握られていて、どうにも喧嘩といった軽いトラブルが起きた末の追いかけっこではない様子。
「ち、ちくしょぉぉ!」
助けを求めて教会に飛び込んできた男も腰から魔導拳銃を抜いた。男は容赦無く魔導拳銃を追手に撃って、教会内では銃撃戦が勃発。
男達は教会内にあった白石の太い柱や長椅子を遮蔽物にして魔導拳銃を撃ち合う。
ダン、ダン、と銃声が響く教会内だが……。
「んはぁぁぁ……」
相変わらず美少女は恍惚な表情で煙を吸引して天を仰ぎっぱなし。虚ろになった目は何を見ているのだろうか。
目の前で銃撃戦が始まっているのに耳には届いていないようだ。
銃撃戦が始まってすぐ、騒がしい教会の奥からはカツ、カツ、と誰かが歩く音が聞こえてきた。
「やけに騒々しいと思ったら馬鹿がぶっ放しているのかい」
教会の奥、聖職者達が暮らす空間に繋がる扉から姿を現したのは杖を使って歩く腰の曲がった老婆だった。
「ここは神の家だよ。ケツに弾を出し入れするなら余所でやりな」
金と白髪の混じった髪を後ろで結び、右目に赤、左目に青の瞳を持つ老婆はため息を零しながらいつもの声のボリュームでそう忠告した。
彼女も美少女と同じく真っ白な修道衣を着ている事から、この教会に所属する『シスター』なのだろう。
「ブツを寄越せってんだよッ!」
シスターの忠告など耳に入っていないのだろう。男達は相変わらず銃撃戦を続ける。
追手側の男達の放った銃弾が白石の柱に当たると、砕けた柱の破片が老婆の元へと飛んでいくといったアクシデントが発生しても男達は気付きやしない。
老婆は破片に当たって怪我をしてしまうのだろうか。
否だ。
彼女は歩行に使っていた杖をサッと持ち上げ、飛んで来る破片を見る事無く防ぐ。
「やれやれだ。最近は特に物騒だね。おい、アンヘル。キメてないで仕事しな」
破片を杖で弾いて防いだ老婆は教壇で煙を吸引している美少女へ向かって叫ぶ。
男の声には全く反応しなかった美少女であるが、老婆が声を上げるとピクリと肩が跳ねて反応を見せる。
「……なぁ~にぃ~? シスター・マリア~?」
シスター・マリア、老婆をそう呼んだ美少女は虚ろな目で彼女を見た。
「仕事だって言ったんだ。目の前の馬鹿共に神様が言ってるよ。汝、神の家で勝手にミソぶちまけるなかれってね」
「あ~……。ほんとだぁ~……」
シスター・マリアは杖で男達を指し示すと、ようやく美少女は男達を認識する。
教会内で銃撃戦をする男達を認識した美少女――アンヘルは白い歯を剥き出しにして笑った。
そして、教壇の下にあった獲物を取り出す。両手で取り出したるは刀身が回転刃となった2本の魔導剣。所謂、チェンソーソードである。
ガードの部分にはギアボックスのような装置が備わって、剣のグリップ部分には握り込むタイプの起動用トリガースイッチ。
美少女が両手に持った魔導剣のグリップを握り込むと、ギィィィィィと音を立てて勢いよく回転刃が起動した。
教会内にけたたましく響いた魔導剣の回転音は男達の耳に届く。男達が音のした方向に顔を向けると――
「いけないんだぁ~。いけないんだァァァッ!!」
魔導剣の刀身を床に押し当てて火花を散らしながら向かって来る白き断罪者。
白い歯を剥き出しにして狂気的な笑顔を浮かべた美少女が走って来る姿があった。




