24 音楽家ヴィヴィ・ヴィターナ 2
「それで? マグナムの件だったね?」
ウクレレを工房の奥にあるプライベートエリアに置いてから戻って来たヴィヴィは、アリッサとロイドに用件を再確認した。
「ええ。マグナムの威力は素晴らしく、実用的だと判断しました」
「カートリッジが欲しい」
アリッサとロイドは本題を告げる。
マグナムに装填する魔石カートリッジは専用の物で、他の魔導拳銃に使われる汎用型魔石カートリッジは使用できない。
故にマグナムを使用するならばヴィヴィに専用カートリッジを量産してもらわねばならない。
「そういえば予備を渡していなかったね。本体と元々装填していたカートリッジはあるかい?」
「ああ」
ロイドは机の上に空になったカートリッジを抜いていないままのマグナムを置く。
それを手に取ったヴィヴィはバレルの中を覗き込んだり、本体のリリースボタンを押して空になったカートリッジを確認し始める。
すると、クスクスと笑ってロイドを見た。
「疑っていたわけじゃないが、本当に撃てたんだね。どう? 真っ直ぐ飛ばせたかね?」
「ああ。2発目からは」
「はは。凄いじゃないか。私なんて試射した時は肩が外れたよ」
マグナムの射撃時に発生する反動は凄まじい。ロイドは2発目から正しく撃つ事が出来たが、それは彼が適切な訓練と戦場で磨いた技術を持っている事に加えて体もしっかり鍛えているからだ。
魔導銃を撃つ訓練を行っておらず、体を鍛えていなさそうなヴィヴィが撃てばそうなるのも頷ける。
「ついでに本体のチェックもしておこう」
そう言ってヴィヴィは2人を工房内にあった作業台へ誘う。
工具や作りかけの魔導具が置かれた机の上にマグナムを置き、本体をバラバラに解体していく。
その様子をアリッサだけは興味深そうに眺めていたが、ロイドにとっては魔導銃のメンテナンスとして見慣れた光景だろう。
射撃の衝撃で破損していないか、内部の汚れのクリーニング等を行うのは基本である。
本体をバラしたヴィヴィは白い手袋をはめて、右目にはルーペを挟む。
準備を終えた彼女が最初にチェックし始めたのは魔導銃のコアとなる、魔導弾を生成する機関部だ。
機関部の内部には大小極小の歯車で組まれた台座と台座の上に設置された小さな金属製のボールがある。
この金属製のボールには『術式』と呼ばれる古代文字を刻まれていて、魔力が供給されると術式に沿った魔法を発現させる。
プロセスとしては、カートリッジの差し込み口であるソケットから伸びた細いエネルギーパイプを通って、液状化した魔力をボールの内部に供給させる。
銃のトリガーを引くと台座部分のギアボックスが連動起動してボールを台座の上で回転するよう弾く。
回転したボール内部でシェイクされた液状魔力活性化し、活性化反応を検知した術式が起動。
同時にバレルの魔導ライフリング部分とバレル上部に取り付けられた加速機構にも他のパイプを通って活性化された魔力が送られて起動。
その後、術式に沿って銃弾が生成されて、完全起動した本体の内部を通って発射される、といった仕組みだ。
つまり、コアとなる機関部が一部でも破損すれば弾が生成されない。一番入念にチェックしなければならぬパーツなのは間違いないだろう。
ギアボックスとボールに刻まれた術式をルーペで確認したヴィヴィは、何を手を加えずに机へ置いた。こちらは問題無かったのだろう。
次に手に取ったのはバレル部分である。
机に置いてあった魔導ランプを起動して、バレルの中に光を当てながら内部に刻まれた術式である魔導ライフリングの確認を行っているようだ。
こちらも問題無しだったのか、次はバレルの上下にあってバレルと一体化した加速機構のチェックを始める。
「ふむ。さすがは私だ。全部問題無いね」
その口ぶりは当然といった感じ。自分には魔導技師としての才能があると自覚している証拠だろう。
再組立てもスムーズに行い、新しい魔石カートリッジを装填すると銃身部分を持ってロイドにマグナムを手渡す。
「ちょっと撃ってみてくれないかい?」
「構わないが……」
試射する場所はあるのか? と言いたげなロイドだったが、彼が疑問を口にする前にヴィヴィが「こっちだ」と誘う。
向かった先は工房の地下、石ブロックで作られた殺風景な地下室であった。
地下室は広く、壁際には魔導具を作る為の素材であろう金属板がいくつも立て掛けてあったり、素材が入っているであろう木箱が何個も積み重ねられていた。
何より注目すべきは奥の壁手前に置かれたマネキンである。JJの店の庭にあったような試射場が地下に作られていた。
ヴィヴィはマネキンを通り越して奥の壁へ近づき、壁の一部を手で押した。
すると、壁の一部が奥に引っ込んで壁がへこんだような形に変形した。
「ロイド氏。ちょっと手伝ってくれたまえ」
ヴィヴィはロイドを手招きすると、傍に置いてあった虹色に光る大きな金属板を指差して、へこんだ壁にはめ込むよう指示を出す。
ロイドが指示通りに行うと、壁には金属板が埋め込まれたような形になった。
次に、木箱が積まれた場所から分厚い金属で加工された鎧を持ってくるように言われる。
体を鍛えたロイドでも重く感じるほどの重厚な鎧をマネキンに着せるよう指示されて、こちらも指示通りに行った。
「ありがとう。準備完了だ」
では、撃ちたまえ。
ヴィヴィはそう言いながらズボンのポケットからタバコをケースを取り出すと、口に紙タバコを加えて火を点けた。
「良いのか? かなりの威力だろう?」
地下室の壁を壊さないか、とロイドは心配しているようだ。だが、タバコを吸うヴィヴィは笑うように煙を吐き出した。
「大丈夫さ」
一言そう告げるだけ。ロイドは少し納得いかないような、疑問を感じているような表情を浮かべるも言われた通りにマグナムを構えた。
やや足を広げて、しっかりと両手で構える。短く息を吐き出すと反動に備えながらトリガーを引いた。
マグナム内部で圧縮された魔力は血のような赤い弾を発射すると、弾から滲み出た魔力の残滓が弾道を示すように赤き軌跡となって。
マネキンに着せた鎧に吸い込まれるよう真っ直ぐ進んだ弾は、以前シャターン逮捕時に撃った鎧男と同じ結果になった。
鎧のど真ん中に大穴を開けて、余波で穴の開いた周辺が千切れ飛ぶ。鎧とマネキンの破片が周囲に吹き飛んだ。
直撃した弾は以前と同じように消え失せない。マネキンを貫通して奥の壁へ向かう。丁度、ロイドが設置した虹色の金属板目掛けて。
壁に大穴が開く。
そう確信していたロイドだったが、彼の予想は外れた。
なんと虹色の金属板に弾が触れると魔力の弾は霧散するように消え失せた。同時に虹色の金属板には黒い焼け焦げた跡が出来ると、虹色だった全体の色が灰色に変わる。
「は……?」
自分の予想が外れた事にロイドは声を漏らした。
「はは! 本当に撃てるんだね! じゃじゃ馬みたいな銃をさぁ!」
ロイドの驚きを余所にヴィヴィの方はマグナムを正常に撃てた事に驚いているようだ。彼女はぶち抜かれたマネキンを指差して、まるで喜劇を見たかのように笑い声を上げる。
「いや、そっちじゃねえ! あの金属板は何だ!?」
「ん?」
「いや、あの金属板だ! 魔導弾を受け止めるどころか、消しちまうような感じだったぞ!?」
「あー……」
ロイドの質問にヴィヴィはタバコを指に挟みながらアリッサの顔を見た。その挙動でロイドはアリッサも関係あるのだと見抜くが、アリッサはヴィヴィの顔を見て頷いた。
「あれはね。魔力吸収コーティングって特殊な加工がされた金属板さ。吸収するのは一度きりだけどね。マグナムの弾も一度だけなら防げる」
ヴィヴィ曰く、マグナムの弾どころかこの時代では最高の火力を発揮する魔導大砲の直撃すらも防げるそうだ。
それを聞いたロイドは開いた口が塞がらない。魔導弾を防ぐには金属を何重にもして、機動力を犠牲にしながら防ぐものだと思っていたからだろう。
だが、目の前にある魔力吸収コーティングとやらは薄い金属板1枚の重さだけ。
普通の鎧にコーティングをして魔導銃と対峙すれば生存率はグッと上がるだろう。鎧だけじゃなく、使い捨ての盾として運用すれば更に上がる。
この時代においての対魔導銃の概念が覆り、魔導銃の脅威性は低くなる。軍事業界に防御的な革命を起こすような物だ。
しかし、これもマグナムに搭載された新技術同様に実用化されておらず、話すらも聞かない。
「あれはヴィヴィが作り出した新技術です。ヴィヴィのお父様が開発した圧縮技術とは違って、彼女がイチから作り出した物ですよ」
アリッサはニコニコと笑いながらヴィヴィの優秀さを口にした。
「これを公表したら私は間違いなく、父と同じ運命を辿るだろうね。いや、直接殺されるだろう」
対して、ヴィヴィの方は「フー」とため息をつくように煙を吐き出して苦笑いを浮かべる。
「今の世の中は魔導銃ありきだ。反帝国主義が息巻く帝国では、敵よりも優れた魔導銃を開発・装備する事で魔導銃に対抗している。逆も然り。これを実用化したとして、反帝国主義が手に入れたらどうなるかな? 帝国軍による反帝国主義鎮圧はより難しくなるだろうね」
技術を流出させなかったとしても、ひとたび表舞台に登場させれば誰かが発想に気付く。
遅かれ早かれ、独占状態は崩れるに違いない。そうなれば苦労するのは目に見えている。
ならば、現状を維持しながら数に物を言わせて駆逐すれば良い。戦力があるうちに、相手の規模がまだ小さいうちに全滅させれば良い。
反帝国主義だけに限った話ではない。いつか帝国と同盟国に戦争を吹っ掛けられたら。その時にヴィヴィの生み出した技術が外にあったらどうなるだろう。
「新技術、革命的だと言って世に出しても、必ず良い結果になるとは限らないって事さ」
「ロイドさん。何もかもを明らかにする必要は無いんですよ。この腐り果てて、クソに塗れた世の中ではね」
金、利権、権力。そういったものが重視される世の中では有用性が高く将来性のある物でも明らかにしない方が良い物もある。
彼女の父は魔石カートリッジの生産元であるマギ・マテリアル商会に殺された。
魔力吸収コーティングを公表すれば、娘であるヴィヴィは魔導銃の開発・設計・生産を主導する魔導技術学会に殺されるだろう。
魔導学会だけじゃなく、世界中の魔導銃を開発する機関から狙われるに違いない。それどころか、多くの反抗勢力を抱える帝国上層部からも狙われるだろう。
もしかしたら、ヴィヴィと同じ発想に行き着く者がいつかは現れるかもしれない。実用化させるかもしれない。
だが、ヴィヴィじゃない。いつか世に出るとしても、開発したのはヴィヴィじゃないという事実が彼女達には重要だ。
「私は彼女を、彼女のお父様と同じにはしたくありません。彼女はロイドさん同様に、私にとって必要な存在ですからね」
アリッサはそう言った。恐らくは本心だろう。だが、魔導技術の発展著しい帝国そのものに彼女を渡したくないという考えも垣間見える。
「……確かにな。分かった」
アリッサの考えはどうであれ、ヴィヴィの命が掛かっているのは確かだ。
ロイドは外部に漏らさない事を誓う。
「ご理解頂き感謝しますよ」
ロイドの言葉を聞き、アリッサはニコニコといつもの笑顔を浮かべた。
「さて。予備のカートリッジだったね」
話題を変えるようにヴィヴィが壁際に積まれていた木箱の1つを床に降ろした。
箱の蓋を開けて、中を漁るも目的の物がなかなか見つからないようだ。「これじゃない」「これでもない」と独り言を繰り返しながら、木箱の中にあった『未公表の魔導具』を床に散乱させていく。
「ロイドさん」
「分かってる。分かっているが、無茶苦茶だろ……」
彼女が放り投げているのも外に漏れれば命が狙われるような開発品なのか、アリッサが再びロイドへ笑顔を向けた。
ロイドも再び了承するが、自分を殺しかねない物をああも雑に広げるかとため息を零す。
「屋敷に匿った方がいいんじゃないか?」
この小さな工房ではなく、ロイドとアリッサ、スーパーメイドのいる屋敷に連れて行った方が安全なんじゃないか。ロイドはそう提案するが、アリッサは首を振る。
「彼女には偽名で技師免許を偽造しました。ここも私が提携している音楽用品の修理工房として国に登録しています。あの屋敷は既に外から監視されているでしょう。そんな場所に彼女を住まわせる方が危険です」
ここはあくまでもアリッサの友人宅であり、彼女が使うバイオリンと音楽関連魔道具の修理工房として登録しているようだ。
下手に刺激しない方が良い、とアリッサは言った。
「国に彼女の身元を調べられたりは?」
「調べられても私が用意した偽造身分しか出ません。彼女をスカウトした際、国に登録されていた本籍記録をイジって10年前に死んだ事にしてあります。外見から探られる事も無いでしょう。なんたって、彼女は天涯孤独ですから。ヒントはもうこの世にありませんよ」
彼女を暴くには彼女自身にしかヒントが無い。手掛かりになるであろう資料は既にアリッサが改ざんした。
彼女の身内から辿る線も消えている。なんたって、彼女を脅威とするであろう組織が彼女の身内を既にこの世から消したのだから。
「ここを出る際は適当に音楽用品を持って出れば怪しまれませんよ」
「なるほどね」
「あった、あった」
ようやく見つけたのか、ヴィヴィは専用カートリッジの入った小さな木箱を持って2人に歩み寄った。
ロイドが受け取った木箱を開けると中には10本のカートリッジが詰められている。
「空になったカートリッジは持って帰って来てくれないか。外装が無事なら使いまわして、もう一度使えるようにするのでね。本体のメンテナンスも2週間毎に実施したい」
「了解だ」
ヴィヴィの提案に頷くロイド。
専用カートリッジの増産、本体の定期メンテナンスはマグナムは切り札として使える、と認識しているロイドからしてみれば有難い提案だろう。
「試射は1発で良いのか? 本体の再検査は?」
「ああ。大丈夫だよ。私の考えた馬鹿みたいな銃を本当に撃てるのか見たかっただけだから」
クスクスと笑うヴィヴィにため息を零すロイド。彼女にはやられっぱなしだ。何もかも。
彼女を優秀な魔導技師、と一言では言い表せない。
人格的には一癖も二癖もあって、技師としてのレベルは最上級。それも自分の首を絞めるほどの優秀さだ。
彼女が世に出る、イコールそれは彼女の死を意味するのだから。これは最大限に気を付けねばなるまい。
「そうだ、アリッサ。この前届けてくれた生ハムは美味しかった。また届けてくれないか」
「ええ。構いませんよ」
にこやかに会話するアリッサとヴィヴィを横目で見るロイドだったが、アリッサが抱える技師と考えるとヴィヴィは妙にしっくりくる。
この建物の中に入ってから一言も喋らず黙って後を付いて来ているメイドのローラ然り。
所謂、似た物同士。もしくは同類といったものなのだろう。それはアリッサも癖のあるような皇女様だからに違いない。
「俺は……一番まともだな」
カートリッジ入りの木箱を抱えながらロイドが小さく呟いた。
すると、メイドのローラが振り返ってジッとロイドの顔を見る。
「なんだ?」
「いえ」
ローラの表情は相変わらず無表情だったが、何か言いたげな雰囲気を纏っていた。




