第6章 第5話「ガルドの選択」
夕暮れ。
野営地。
部下たちが——
準備を進めている。
その端。
ガルドは一人——
立っていた。
地図を持っている。
だが——
見ていない。
「……」
珍しいことだった。
ガルドが——
何も考えていない瞬間。
正確には——
考えようとして。
止まっている。
「隊長」
部下が近づく。
「何だ」
すぐに戻る。
いつもの声。
「前方の偵察から——報告が」
「言え」
「リオたちの動きが——」
「変わりました」
「変わった?」
「速度が——落ちています」
ガルドが目を細める。
「気づいたか」
「おそらく」
「気配を——隠そうとしている形跡も」
「隠せているか?」
「……一部は」
部下が少しだけ——
言葉を選ぶ。
「小人族の個体が——何かしているようで」
「完全には——追えていません」
ガルドは黙る。
(小人族か)
また——
その個体。
観測できない。
詳細が分からない。
厄介だ。
「他には」
「エルフの個体が——」
「流れを読んでいる可能性があります」
「こちらの動きを——感知しているかもしれない」
「……そうか」
ガルドは——
地図を見る。
今度は——
ちゃんと見る。
「距離は」
「このままなら——明日の昼前には」
「交わります」
「分かった」
「介入しますか」
ガルドは——
少しだけ間を置く。
「しない」
「理由を——お聞きしても」
「まだ——早い」
「早い、ですか」
「奴らは——黒幕に近づいている」
「その結果を——見る」
「ですが——」
部下が少しだけ——
躊躇する。
「何だ」
「もし——奴らが黒幕を倒したら」
「魔王問題が——残ります」
「知っている」
「その場合は——」
「その時に動く」
即答だった。
部下は——
頷く。
「ガビには——」
「言うな」
「はい」
「下がれ」
また——
一人になる。
ガルドは——
地図を折りたたむ。
空を見る。
夕暮れの空。
赤い。
その色を——
見ながら。
(リオ)
その名前が——
浮かぶ。
何度目か——
分からない。
(なぜ——命令しない)
その疑問が——
また来る。
押し込もうとする。
でも——
今日は——
少しだけ。
残った。
(支配しない魔王)
(命令しない魔王)
(選ばせる魔王)
記録にも——
報告にも——
ない存在。
(何がしたい)
その問いが——
浮かんで。
「——隊長」
声が——
遮る。
ガビだった。
「何だ」
「夕食の準備が——できました」
「そうか」
「一緒に——食べませんか」
ガルドは——
少しだけ。
ガビを見る。
真っ直ぐな目。
疑いのない目。
「……いい」
珍しい答えだった。
ガビが——
少しだけ驚く。
「え、本当ですか」
「一度言ったことを——繰り返すな」
「は、はい」
二人は——
焚き火の前に座る。
部下たちが——
少し離れた場所で食べている。
静かな時間。
「……ガルドさん」
ガビが言う。
「何だ」
「今日——何か考えてましたよね」
ガルドが——
わずかに目を動かす。
「なぜそう思う」
「顔が——いつもと違った」
「どう違った」
「遠くを——見てる感じ」
「いつも遠くを見ている」
「違います」
ガビが言い切る。
「いつもは——目的を見てる」
「今日は——疑問を見てた」
沈黙。
ガルドは——
答えない。
否定もしない。
「……聞きすぎたか」
ガビが少しだけ——
引く。
「いや」
ガルドが言う。
「聞きすぎじゃない」
「じゃあ——」
「ただ——」
少しだけ間。
「答えられない」
「今は」
ガビは——
その言葉を聞いて。
「……そっか」
頷く。
追及しない。
「でも」
続ける。
「いつか——聞かせてください」
「なぜ」
「ガルドさんが——疑問を持つなら」
「重要なことだと思うから」
ガルドは——
その言葉を聞いた。
(重要なこと、か)
そうかもしれない。
そうじゃないかもしれない。
でも——
(この子は)
まっすぐだ。
純粋だ。
だから——
「……そのうちな」
低く言った。
約束ではない。
でも——
拒絶でもない。
ガビが——
小さく笑う。
「はい」
焚き火が——
揺れる。
その光の中で。
二人は——
黙って食べる。
会話はない。
でも——
さっきまでとは——
少しだけ違う空気。
ガルドは——
それを感じながら。
(邪魔になる)
守りたいものは——
判断を鈍らせる。
そう思っていた。
今も——
そう思っている。
でも——
(今夜は)
少しだけ——
その考えを。
脇に置いた。
ほんの少しだけ。
焚き火が——
また揺れる。
遠くで——
フクロウの声。
静かな夜だった。
その静けさの中で——
「——観測」
ナイの声が——
かすかに響く。
「ガルド個体——変化の兆候」
「微小」
「だが——記録する」
少しだけ——
間があった。
「想定外——ではない」
「人間は——揺れる」
「だから——使いやすい」
その言葉は——
冷静だった。
でも——
その奥に。
本当にわずかに。
「揺れる」という言葉への——
何かが——
混じっていた。
焚き火が——
静かに燃え続ける。
夜は——
まだ長い。




