第5章 第9話「ナイの独白」
どこでもない場所。
そこに——
ナイはいた。
いる、という表現が——
正しいのかも分からない。
体がない。
触れない。
見えない。
ただ——
存在している。
それだけが——
確かなことだった。
(……また、時間が経った)
時間の感覚は——
もうない。
長いのか。
短いのか。
分からない。
ただ——
経っている。
それだけは——
分かる。
(最初は)
ナイは——
思い出す。
思い出すというより——
ただ、そこにある記憶。
消えない記憶。
消えるものが——
何もないから。
最初は——
人間だった。
名前があった。
顔があった。
声があった。
でも——
死んだ。
普通に。
何でもなく。
ただ——
死んだ。
(行けなかった)
天国にも。
地獄にも。
なぜかは——
分からない。
分からないまま——
ここにいる。
ずっと。
ずっと。
(最初は——怖かった)
怖かった。
そうだ。
最初は——
確かに怖かった。
誰もいない。
何もない。
自分だけが——
ある。
(でも)
いつからか——
怖くなくなった。
怖くなるためには——
失うものが必要だ。
失うものが——
ない。
だから——
怖くない。
(そういうことだ)
ナイは——
この世界を見る。
人間が動いている。
争っている。
泣いている。
笑っている。
(意味が分からない)
なぜ泣く。
なぜ笑う。
どうせ——
失う。
どうせ——
消える。
なのに——
なぜ。
(……リオ)
その名前が——
浮かぶ。
何度も転生する存在。
失っても——
戻ってくる。
記憶を持って。
仲間を作って。
また——
動き始める。
(なぜだ)
失うと——
分かっているのに。
裏切られると——
知っているのに。
また——
繰り返す。
(馬鹿だ)
そう思う。
思う——はずだ。
でも。
(……)
何かが——
引っかかる。
うまく言葉にできない。
言葉にする必要も——
ない。
感情など——
持っていないはずだから。
(仲間)
その言葉が——
また、浮かぶ。
セリアという少女。
ガオルという獣人。
ピコという小人。
彼らは——
リオのために動いている。
命令されたわけじゃない。
自分で選んで——
そこにいる。
(なぜ)
理解できない。
得になるわけじゃない。
危険なだけだ。
なのに——
なぜ。
(……羨ましい)
その言葉が——
浮かんだ瞬間。
ナイは——
それを消した。
素早く。
完全に。
(違う)
羨ましくない。
そんな感情は——
持っていない。
持てない。
持つものが——
ない。
(ないものは——失わない)
それが——
自分だ。
ナイだ。
何もない。
だから——
永遠だ。
(……そうだ)
リオが憎いのは——
恐ろしいからだ。
記憶が積み重なる存在は——
危険だ。
それだけだ。
それ以外の理由は——
ない。
(ない)
ない。
ない。
(……ない)
風が——
ない場所で。
ナイは——
動かない。
動けない。
触れない。
ただ——
存在している。
その存在の奥底に。
本当に深い場所に。
言葉にならない何かが——
かすかに。
本当にかすかに——
あった。
でも——
ナイは知らない。
知りたくない。
知ってしまったら——
(失う)
その感覚だけが——
分かるから。
だから——
消す。
また——
消す。
「——観測継続」
いつもの言葉を——
繰り返す。
「修正、継続」
「駒は——順調」
「問題——なし」
その言葉は——
空虚に響く。
どこにも届かない場所で。
ナイは——
また、世界を見る。
リオが——
どこかで笑っている気がした。
(……うるさい)
それだけを——
思いながら。
永遠の時間の中に——
沈んでいった。




