第4章 第10話「波紋の先へ」
夜明け前。
空が、少しだけ白み始めていた。
「——来る」
セリアが呟いた。
今回は——
リオより早かった。
「うん」
リオが頷く。
「感じるの?」
「見える」
「流れが——」
「歪んでいる」
ガオルが立ち上がる。
「どのくらい遠い」
「近い」
セリアが答える。
「すごく——近い」
ピコがセリアの肩に移動する。
「準備はいい?」
小さな声。
「……うん」
「怖い?」
「怖い」
「でも——」
「見える」
「だから——大丈夫」
ピコが——
小さく頷く。
「——来るぞ」
ガオルが低く言う。
地面が震える。
空気が歪む。
今までとは——
規模が違った。
「——修正、最終段階」
声が降りる。
重い。
近い。
圧倒的な——重量。
「対象——全確認」
「魔王個体——最優先排除」
「獣人個体——排除」
「エルフ個体——」
止まる。
「——観測、不能」
「小人個体——」
「——観測、不能」
「二体——同時に不能——」
「想定外——」
わずかな——
揺らぎ。
「今だ」
リオが呟く。
「セリア——見える?」
「見える」
「核心——どこ?」
セリアは目を閉じる。
流れを——読む。
歪みを——追う。
「——あそこ」
目を開ける。
「前方——少し右」
「深さは?」
「……深い」
「今までより——ずっと」
リオの目が細くなる。
「届くか?」
「届けてみる」
「セリア——」
「見てるから」
即答だった。
「目を逸らさない」
「分かった」
リオが一歩、前に出る。
「ガオル」
「分かってる」
ガオルがセリアの前に立つ。
大きな背中。
揺るがない足元。
「行くな」
低く言う。
「行かない」
セリアが答える。
「見てるだけ」
「それでいい」
黒い波紋が——
一気に広がる。
「——展開」
リオが呟く。
ゴーレムが——
大量に形成される。
今までで——一番多い。
「——迎撃」
声が告げる。
波紋がゴーレムに——ぶつかる。
崩れる。
砕ける。
でも——
次が来る。
また次が来る。
「……消費が激しい」
リオが低く言う。
「大丈夫?」
セリアが叫ぶ。
「まだいける」
「嘘っぽい」
「本当のことだから」
前に進む。
一歩。
また一歩。
波紋の中へ。
「右——もう少し」
セリアが叫ぶ。
「うん」
「前——まっすぐ」
「分かった」
「そこ——核心が——」
「見える——」
リオが手をかざす。
黒い糸が——伸びる。
核心へ——
触れる——
瞬間。
「——っ!!」
空間が——
爆発的に歪む。
「リオ!」
セリアが叫ぶ。
「大丈夫」
「大丈夫じゃない!」
「——予測外反応」
声が——歪む。
「エルフ個体——なぜ見える」
「小人個体——なぜ観測不能」
「想定外——想定外——」
初めて——
明確な混乱。
「ピコ」
リオが叫ぶ。
「分かってる」
ピコが——
小さな手を動かす。
光が滲む。
観測を——ずらす。
「——観測——困難——」
「修正——続行——」
「でも——」
「核心——守れ——」
波紋が——集中する。
リオへ。
圧が——増す。
「——っ」
リオの足が——
わずかに——沈む。
「リオ!」
セリアが——
一歩、前に出る。
「セリア——下がれ!」
ガオルが叫ぶ。
「でも——!」
「俺が——守る!」
「でもリオが——!」
「信じろ!」
その一言に——
セリアが止まる。
ガオルを見る。
その目は——
真っ直ぐだった。
「……分かった」
セリアは——
目を閉じる。
流れを——読む。
「リオ——」
「核心——もう少し深い」
「さらに——下」
「届く?」
「届ける」
「絶対に?」
「絶対に」
即答だった。
セリアは——
目を開ける。
「信じる」
その言葉に——
リオが——
わずかに笑った。
黒い糸が——
さらに伸びる。
深く。
深く。
核心へ——
「——っ!!」
触れた。
瞬間。
空間が——
白く——染まる。
音が——消える。
風が——消える。
すべてが——
止まる。
「——修正——中断——」
声が——
引いていく。
「次回——」
「必ず——」
「完全——排除——」
そして——
消えた。
完全に。
静寂。
長い——
静寂。
やがて。
風が——戻る。
音が——戻る。
光が——戻る。
「……終わった」
セリアが呟く。
「今回は——ね」
リオが振り返る。
その顔に——
疲労がある。
いつもは出さない——
疲れが。
「リオ——大丈夫?」
「まあ」
「まあって——」
「本当のことだから」
「倒れそうだけど」
「倒れない」
「倒れそうに見える」
「見えるだけ」
ガオルが近づく。
「肩——貸すか」
「いらない」
「遠慮するな」
「遠慮してない」
「強がるな」
「強がってない」
セリアが横から言う。
「素直に受け取って」
「……」
リオは——
少しだけ沈黙して。
「……じゃあ——少しだけ」
ガオルの肩に——
わずかに寄りかかる。
「少しだけ、な」
「分かってる」
その光景を見て——
セリアが——
小さく笑う。
「……なんか——いいね」
「何が」
ガオルが聞く。
「こういうの」
「こういうの?」
「みんなで——」
「同じとこにいる感じ」
沈黙。
風が吹く。
森が——揺れる。
「……俺には——まだ慣れない」
ガオルが低く言う。
「何に?」
「こういう——空気」
「悪い?」
「……悪くない」
素直な答え。
ピコが——
セリアの肩から——
小さな声で言う。
「記録する」
「何を?」
「今日のことを」
「全部」
「どんなこと?」
少しだけ間。
「四人が——同じ場所に——立ったこと」
「それだけ?」
「それだけで——十分」
その言葉が——
静かに落ちる。
セリアは——
ピコを見る。
「ピコ——」
「なに」
「記録って——」
「重くない?」
「重い」
「でも——」
「今日は——少し軽くなった」
「なんで?」
「一人じゃないから」
その言葉に——
セリアの目が——
じわりと滲む。
「泣くな」
ガオルが言う。
「泣いてない」
「また目が光ってる」
「光ってない」
「光ってる」
リオがガオルの肩に寄りかかりながら言う。
「リオまで——」
「本当のことだから」
「もう——」
でも——
笑っていた。
泣きながら——
笑っていた。
リオは——
空を見上げる。
夜明けの空。
少しずつ——
明るくなっていく。
(——次が来る)
もっと強く。
もっと直接的に。
黒幕は——
本気になる。
でも——
(今回は——違う)
一人じゃない。
命令していない。
全員が——
自分で選んで——
ここにいる。
「ねぇ——リオ」
セリアが言う。
「なに」
「次——どうなると思う?」
リオは少しだけ考えてから——
「分からない」
と答えた。
「また分からないの」
「本当のことだから」
「でも——」
続ける。
「悪くない方向には——向いてる」
「根拠は?」
「みんながいるから」
その言葉に——
全員が黙る。
シンプルで。
でも——
それが一番——
重かった。
やがて。
「——行くか」
ガオルが言う。
「どこへ?」
「次へ」
「次って——どこ?」
「分からん」
「でも——」
リオを見る。
「こいつが——決めるんだろ」
「命令しないって——言ってたけど」
リオが返す。
「命令じゃない」
ガオルが言う。
「俺が——聞きたいだけだ」
「どこへ行く」
リオは——
少しだけ考えてから——
「黒幕の——本体へ」
静かに言う。
「観測してるだけじゃなく——」
「実体が——ある」
「それを——探す」
「見つけてどうする?」
セリアが聞く。
「会う」
「会う?」
「話す」
「戦わないの?」
「必要なら——する」
「でも——まず——話す」
セリアは少しだけ呆れる。
「ほんと——リオだね」
「そう?」
「うん」
「それって——褒めてる?」
「一応」
リオが——
わずかに笑う。
四人は——
歩き出す。
森を抜けて。
新しい道へ。
その背中を——
朝の光が——
静かに照らしていた。
遠く。
見えない場所で。
「——観測更新」
声が——あった。
「逸脱——臨界超過」
「修正——困難」
「新規——戦略——必要」
少しの——間。
「——接触」
その一言が——
静かに——記録された。
黒幕が——
動き方を——変えた。
観測から——
接触へ。
それが何を意味するのか——
まだ、誰も知らない。
でも——
確実に。
世界は——
新しい局面へ——
動き出していた。




