第4章 第4話「折れない理由」
夜が来た。
焚き火の光が、森の中で揺れている。
リオとセリアは、木の根元に並んで座っていた。
「……疲れた」
セリアが呟く。
「そう?」
「そう」
即答だった。
少しの沈黙。
火が弾ける音だけが響く。
「ねぇ、リオ」
「なに」
「今日のガオル、変わったと思う?」
「変わり始めた」
「始めた、か」
セリアは膝を抱える。
「まだ途中なんだね」
「うん」
「何が決め手になるんだろう」
リオは少し考えてから——
「お前だよ」
「え?」
「セリアが決め手」
セリアが固まる。
「……私?」
「うん」
「なんで」
「あいつ、お前を見てる」
リオが淡々と言う。
「俺じゃなくて」
セリアは少しだけ黙る。
「……それって」
「プレッシャーじゃなくて」
リオが続ける。
「お前がお前のままでいれば、それでいい」
「お前のままって……」
「逃げないで、見続けること」
その言葉に。
セリアは息を吐く。
「……簡単に言うね」
「簡単じゃないのは知ってるよ」
「じゃあなんで」
「でもお前、できてるから」
静かな言葉だった。
セリアは、少しだけ目を細める。
(できてる……?)
自分では、そう思えない。
怖いし。
無力だし。
何度も、立ち止まりそうになる。
「……リオって」
「なに」
「たまに、すごく正直だよね」
「そう?」
「うん」
少しだけ笑う。
「褒めてるの?」
「一応」
その言葉に、リオはわずかに目を細めた。
そのとき。
ガサリ、と音がした。
二人が振り向く。
暗闇の中から——
ガオルが現れた。
一人で。
武器は持っていない。
「……来たか」
リオが言う。
「追い返さないのか」
ガオルが低く言う。
「理由がない」
「警戒しないのか」
「してるよ」
「そう見えない」
「表に出さないだけ」
ガオルは少しだけ間を置いて——
焚き火の前に、どさりと座った。
セリアが目を丸くする。
「え、座るの?」
「ダメか」
「ダメじゃないけど……」
「なら問題ない」
あっさりと言う。
しばらく、三人とも黙っていた。
火が揺れる。
風が吹く。
「……一つ聞いていいか」
ガオルが口を開く。
「なに」
セリアが答える。
「お前は——」
少しだけ間。
「怖くないのか」
「怖い」
即答だった。
ガオルの目が動く。
「それでも前に出る」
「出るよ」
「なぜだ」
セリアは少し考える。
うまく言葉にできない。
でも——
「逃げた先に、何もないから」
静かに言う。
「逃げたら安全かもしれない」
「でも——」
一度、言葉を止める。
「何も変わらない」
「変わらなくていいんじゃないか」
ガオルが言う。
「安全なら」
「それって——」
セリアが顔を上げる。
「生きてるだけ、ってことじゃない?」
沈黙。
ガオルは答えない。
「私はそれが嫌なんだ」
続ける。
「安全でも、何も見えない場所にいるのが」
「……」
「だから前にいる」
「強いからじゃなくて」
「弱くても、見ていたいから」
火が、ぱちりと弾ける。
ガオルはしばらく黙ったまま——
焚き火を見ていた。
「……俺には」
やがて、低く言う。
「そういう考えはなかった」
「そう?」
「強さがすべてだと思っていた」
「今も?」
少しの間。
「……分からなくなってきた」
その言葉は——
ガオルにとって、初めての言葉だった。
「分からなくていいんじゃない」
セリアが言う。
「え?」
「分からないまま、一緒にいればいい」
「それだけでいい」
ガオルは、その言葉を受け止める。
長い沈黙。
リオは何も言わない。
ただ、焚き火を見ている。
(……やっぱりな)
セリアが、動かしている。
自分ではなく。
「……一つだけ言う」
ガオルが口を開く。
「なに」
「俺は、お前に従わない」
リオへ向けた言葉。
「知ってる」
「命令も聞かない」
「するつもりもない」
「だが——」
一度、止まる。
「そのエルフのそばにいる」
セリアが目を見開く。
「え……」
「理由は——」
ガオルはセリアを見る。
「まだ、うまく言えない」
「でも」
真っ直ぐな目で。
「折れない理由が、そこにある気がする」
静寂。
風が止まる。
セリアの目に、じわりと何かが滲む。
「……泣くな」
ガオルが言う。
「泣いてない」
「目が光ってる」
「光ってない」
リオが横から言う。
「光ってるよ」
「リオまで!」
どっと空気が緩む。
ガオルが、わずかに口元を動かす。
笑いではない。
でも——
完全に無表情でもない。
「明日から——」
低く言う。
「同じ方向を向く」
「従うわけじゃない」
「でも、離れない」
その言葉が——
確かに、そこに置かれた。
リオは空を見上げた。
(……変わってきた)
今回は。
確実に。
「ねぇ、ガオル」
セリアが言う。
「なに」
「よろしくね」
一言。
シンプルで。
まっすぐで。
「……ああ」
ガオルが短く答えた。
その夜。
三人は同じ火を囲んでいた。
敵でも、味方でも、まだない。
でも——
同じ方向を、向き始めていた。




