第9話「修正」
森を抜けた先。
そこには——
崩れた均衡があった。
煙。
倒れた木々。
そして、散らばる影。
「……ひどい」
セリアが言葉を失う。
人間と獣人。
両方が倒れている。
どちらが勝ったかじゃない。
ただ、ぶつかって、壊れた。
「想定より早いな」
リオが呟く。
(ここまで一気に来るか)
段階がない。
調整もない。
ただ——崩れている。
「これ……どうするの?」
セリアが震える声で言う。
「止める?」
その問いに。
リオは答えない。
代わりに——
空を見た。
(……来る)
その瞬間。
——止まる。
世界が。
風が止まる。
煙が止まる。
倒れかけた身体も、そのまま固定される。
「……っ」
セリアの動きが止まる。
目を見開いたまま。
完全に静止。
「——観測更新」
声が“降りる”。
空間そのものから。
「逸脱、臨界点到達」
「誤差、許容範囲外」
リオは、ゆっくりと振り返る。
「……早いな」
「進行速度、予測を上回る」
「原因は分かってるだろ」
一拍。
「変動要因:個体 セリア・エルフィン」
「影響度:臨界」
「排除を推奨」
その言葉に、空気が変わる。
今までと違う。
明確な“意志”。
「……へぇ」
リオが少しだけ笑う。
「ついにそこまで来たか」
「修正プロセスを開始」
淡々と告げられる。
「対象:逸脱領域 全体」
「優先対象:魔王個体」
「次点:エルフ個体」
セリアの名が、そこに含まれる。
「……そう来るか」
リオの目が細くなる。
「排除か」
「正常化のための必要処理」
「毎回それだな」
「最適解」
即答。
だが——
リオは一歩、踏み出す。
「今回は違う」
「確認済み」
「逸脱傾向、増大」
「修正必要性、高」
「だから?」
問い返す。
ほんの一瞬。
“間”が生まれる。
「……」
完全な即答ではない。
「……処理を継続」
わずかな遅れ。
リオはそれを見逃さない。
「……揺れてるな」
「問題なし」
「そう?」
リオは、少しだけ笑った。
「前回より、迷ってる」
沈黙。
ほんの一瞬。
だが確実に——
“ズレ”があった。
「……記録」
黒幕が言う。
「予測外反応」
「要因:不明」
「ふーん」
リオは肩をすくめる。
「そっちも完璧じゃないんだ」
その言葉に、わずかに空気が歪む。
怒りではない。
だが——
“反応”。
「……修正を優先」
声が戻る。
だが完全ではない。
「次回介入、強化」
「排除確率、上昇」
「準備段階へ移行」
それだけ告げて——
「——終了」
風が戻る。
音が戻る。
世界が、動き出す。
「——リオ!?」
セリアの声。
時間が再開する。
「今の……!」
「うん」
リオは軽く答える。
「来たね」
「来たねって……!」
セリアの顔が青い。
「これ、やばいよね!?」
「まあね」
「まあねじゃない!」
必死に言う。
「なんか、すごくまずい感じした!」
「正解」
リオは空を見上げる。
(……本格的に来るな)
今までは観測。
でもこれからは——
「修正」
その言葉の意味は、分かっている。
「ねぇ」
セリアが言う。
「どうするの?」
その問いに。
リオは少しだけ考えて——
「……さあ」
と答えた。
「でも」
少しだけ、笑う。
「面白くなってきた」
セリアは呆れる。
「そういう問題じゃないでしょ……」
でも。
その言葉の裏にあるものを、感じていた。
恐れていない。
むしろ——
向き合っている。
風が吹く。
崩れた均衡の中で。
世界は、確実に動き出していた。
そしてそれはもう——
誰にも、止められない。




