第6話「見えないズレ」
「……来る」
リオのその一言のあと。
風が、止まった。
「え?」
セリアが顔を上げる。
さっきまで揺れていた木々が、ぴたりと動きを止めている。
音がない。
虫の声も。
葉の擦れる音も。
「……なに、これ」
嫌な静けさ。
空気が、重い。
「リオ?」
隣を見る。
リオは——
動いている。
だが、少しだけ違った。
「……」
視線が、どこか遠くを見ている。
ここではない場所。
「リオ?」
もう一度呼ぶ。
返事がない。
(……聞こえてない?)
ありえない。
こんな距離で。
「ねぇ!」
肩に触れる。
その瞬間。
——ゾワッ。
何かが、背中を撫でた。
冷たい。
見えない何か。
「……っ」
思わず手を引く。
振り向く。
誰もいない。
でも。
(いる)
そんな感覚。
「……なにこれ」
心臓が速くなる。
リオはまだ動かない。
ただ、立っている。
でも——
(違う)
“そこにいる”感じが、薄い。
「……やめてよ」
小さく呟く。
理由も分からない恐怖。
「リオ……」
もう一度、手を伸ばす。
触れる。
今度は、何も起きない。
でも。
「……」
リオの目が、少しだけ動く。
焦点が合う。
「……ああ」
小さく声を出す。
「終わった?」
その言葉に、セリアは固まる。
「え?」
「何が?」
「今の」
「今?」
本当に分かってない顔。
いや——
「……リオ」
ゆっくりと言う。
「今、何してたの?」
少しの沈黙。
リオは、わずかに視線を逸らした。
「……ちょっと、考え事」
「嘘」
即答だった。
リオが少しだけ驚く。
「顔、全然違った」
「そう?」
「うん」
はっきり言う。
「怖かった」
その言葉に、少しだけ空気が変わる。
リオはしばらく黙って——
「……何か感じた?」
と聞いた。
「え?」
「変な感じとか」
セリアは考える。
さっきの感覚。
止まった世界。
見えない“何か”。
「……いた」
小さく言う。
「何かが、いた」
リオの目が、わずかに細まる。
「見えた?」
「見えない」
「でも、いた」
確信している。
理由はない。
でも分かる。
「……そっか」
リオが小さく呟く。
「それ、たぶん正解」
「え……?」
「説明は難しいけど」
少しだけ間。
「この世界、誰かが触ってる」
第5話で言った言葉。
でも今は、重みが違う。
「触ってる……?」
「うん」
「さっきのは、その一部」
セリアの喉が乾く。
「それって……」
言葉にするのが怖い。
でも——
「敵?」
リオは少し考えてから、
「分からない」
と答えた。
「ただ——」
視線を上げる。
空を見る。
「俺たちより上にいる」
その言葉に。
セリアの背筋が冷たくなる。
「……それ、どうするの?」
震える声。
リオは少しだけ笑った。
「どうもしない」
「え?」
「できないし」
あっさりと言う。
「今はね」
セリアは黙る。
理解できない。
でも——
(本気だ)
この人は、本気でそう思ってる。
「……怖くないの?」
「慣れてる」
即答だった。
セリアの表情が止まる。
「……え?」
今、なんて言った?
「慣れてる?」
リオは、ほんの一瞬だけ言葉を止めて——
「……似たようなのは、何度か」
と誤魔化す。
だが。
(今の……)
セリアは感じ取っていた。
“初めてじゃない”
その違和感。
「……ねぇ」
小さく言う。
「リオってさ」
「なに」
「本当に、何者なの?」
沈黙。
風が、ゆっくり戻る。
世界が、また動き出す。
リオは答えない。
ただ、前を向く。
「……そのうち分かるよ」
それだけ言って、歩き出す。
セリアはその背中を見る。
(分からないこと、増えてるのに)
でも。
それでも。
目を逸らさなかった。
見てしまったから。
“見えない何か”を。
そして——
その中にいる、リオを。




