第10話「魔王の影」
戦いの余熱は、まだ残っていた。
焦げた匂い。
血の気配。
そして——沈黙。
広場には、立っている者と、倒れた者。
その境界が、はっきりと刻まれている。
「……行ったか」
グラムが周囲を見渡す。
討伐隊の姿は、すでにない。
撤退は早かった。
「判断が速ぇな、人間」
「無駄に強いからね」
リオが答える。
「厄介だよ」
軽く言うが、その評価は正確だった。
セリアは、まだ動けずにいた。
視線は地面に落ちたまま。
「……」
何も言わない。
言えない。
その横で。
ざ、と音がする。
振り向くと——
一人の魔族が、ゆっくりと近づいてきた。
傷だらけの身体。
それでも、まっすぐにリオを見ている。
そして。
「……」
何も言わず。
膝をついた。
完全な、跪き。
セリアが息を呑む。
「ちょ……」
止めようとするが、声が出ない。
さらに。
「……っ」
別の魔族が。
また一人。
そして、もう一人。
次々に。
完全ではない。
迷いもある。
だがそれでも——
膝をつく。
「おいおい……」
グラムが笑う。
「分かりやすいな」
止める者はいない。
否定する者も、今はいない。
ゼルヴァはいない。
だからこそ。
“選ばれた結果”だけが残る。
一人の魔族が口を開く。
「……あなたは」
震える声。
恐れと、確信とが混ざる。
「我らの——」
言葉が詰まる。
その名を口にすることへの、躊躇。
だが。
「……王」
小さく、しかしはっきりと。
その言葉が、落ちた。
空気が変わる。
重く。
確定的に。
セリアの心臓が大きく鳴る。
(言った……)
ついに。
呼ばれてしまった。
リオは、少しだけ目を細めた。
(……やっぱりか)
何度もあった。
この瞬間。
拒絶したこともある。
受け入れたこともある。
壊したこともある。
その結果は——
どれも同じだった。
「……やめとけ」
リオが言う。
静かに。
「勝手に決めるな」
魔族たちが顔を上げる。
戸惑い。
「俺は命令しない」
続ける。
「従いたいなら勝手にすればいい」
「でも」
少しだけ間。
「“王”とか、そういうのはいい」
ざわめきが起きる。
予想外の言葉。
「な……」
誰かが戸惑う。
「ですが——」
「必要ない」
リオは言い切る。
「そういうの、もうやったから」
その言葉に、わずかな重み。
過去を知る者はいない。
だが、何かを感じる。
グラムがニヤリと笑う。
「いいじゃねぇか」
「王様らしくなくてよ」
「うるさい」
軽く返す。
だが——
その空気は、拒絶ではない。
距離の取り方だった。
一人の魔族が、ゆっくりと言う。
「……なら」
顔を上げる。
「我らは、どうすればいい」
問い。
初めての問い。
命令ではなく——選択を求める声。
リオは少し考えてから、
「好きにすれば」
と答えた。
「生きたいように生きればいい」
単純な言葉。
だが。
それは、この場の誰もが持っていなかったものだった。
「……自由、か」
誰かが呟く。
その言葉は、まだ馴染まない。
だが——
確かに、そこに置かれた。
セリアは、リオを見ていた。
(この人……)
王にならない。
でも、中心にいる。
矛盾しているのに、成立している。
「……変なの」
小さく呟く。
リオがちらりと見る。
「今さら?」
「うん、今さら」
少しだけ笑う。
その笑みは、まだ完全ではない。
それでも——
さっきより、前を向いている。
風が吹く。
焼け跡を越えて。
遠くへ。
その先で——
見えない場所で。
「——観測更新」
声が、あった。
誰にも聞こえない。
「前回との差異を確認」
わずかな“揺らぎ”。
「変動要因:個体セリア・エルフィン」
「影響度——上昇」
静かに、記録される。
「……逸脱、拡大中」
そして。
ほんのわずかに。
本当にわずかにだけ。
“想定外”が、混じった。




