グリード人なんてちょろい、と思ってた
開始の合図は音じゃなかった。
空気が変わった。それだけだ。
気づいたら俺は白い無限に広がるような空間の中に立っていた。足元には透明な何かがある。床か?感触はある。でも見えない。その下にはまた宇宙が広がっている。星々が遥か下に煌いている。
最高にかっこいい舞台じゃないか。
記憶の中にある。この感覚。七回分のトーナメント、全部ここから始まった。毎回微妙に違う。今回は空間が少し広い気がする。それとも俺の感覚が変わっているだけか。
視野が広い。
身体の調子がいい。ここに来るたびに何かが変わる感覚があって、正直に言えばそれが嫌じゃない。むしろ心地よい。地球にいる自分より、ここにいる自分の方がどこか本物に近い気がする。
「ほう」
目の前にいた。グリード人。
記憶の中にいるこいつとまったく同じ姿だ。身長は俺より少し低い。でも二メートルはある。体の表面がぬめっている。水生生物特有の光沢だ。エラがある。首の両側、それぞれ三本ずつ。眼球が四つ、縦に並んでいる。こいつが怒っているのかどうか、表情では判断しにくい。でも身体の緊張具合でわかる。戦闘準備が完了している。
「周防直樹」
こいつ俺の名前知ってんじゃん。
「なんだ。俺のファンか?」
「七回殺してやろうとして、七回失敗した」
「俺の方からすると七回返り討ちにした感じだけどな」
こいつも記憶持ちか。なら話が早い。前の記憶ではあまり会話しなかった。でも今回はせっかくだから少し話を聞きたい気持ちもある。
「お前、何のために戦ってる」
「お前を倒すために」
「そうじゃなくて、もっと根本的な話だ。星を守るためか?」
グリード人の眼が細くなった。ちゃんと考えてる顔だ。
「そうだ。俺の星には家族がいる」
「そっか」
それ以上は聞かなかった。聞いてどうするって話でもある。俺も同じ理由で戦ってる。でも利害が一致しない。地球を守れるのは俺の勝利だけで、グリード星を守れるのはこいつの勝利だけだ。
ただ一つ言えるのは、こいつはちゃんとした理由があって戦ってるってことだ。それはわかった。
「始めるか」
グリード人は頷いた。
先に動いたのは俺だ。
記憶の中で俺はいつも相手の出方を見ていた。一回目は様子見、二回目から本格的に動く、みたいなスタイルだった。でも今回は違う。八回目ってことはこっちに七回分の経験値がある。慢心する気はないが、相手の戦術は全部頭に入っている。グリード人の動きのクセ、得意な間合い、必殺技のモーション、全部知っている。
だから初手から全力で行く。
右のエラから毒液を噴出してくる。距離を取ろうとする。そこに水分を生成して水中環境を局所的に作り出す。それが奴の戦い方だ。
第一ステップは毒液のレンジ外に距離を取らせること。
だから俺は距離を詰める。
「速っ」
グリード人が初めて動揺した声を出した。人語を使えるんだな、こいつ。
俺の身体能力は地球人の基準で考えると完全におかしい。記憶の移し替えと一緒に何かが戻ってくる感覚がある。毎回そうだ。身体が思い出す。眠っていた何かが目覚める。一回目は最初から少し強かった程度だったが、七回を経た今は段違いだ。
グリード人の懐に入る。
奴の四つの眼が俺を追いきれていない。速度に対応しようとしているが、処理が間に合っていない。
右拳を顎に叩き込む。
硬い。骨格が俺たちと全然違う。軟骨質と硬骨質が混在した構造になっているらしく、一点に力を集中させてもなかなか効かない。でも効いてる。振動が通っている。脳に、あるいはこいつが脳として使っている器官に、ちゃんと衝撃が届いている。
後方に吹き飛ぶグリード人。十メートルはふっとんだ。
でも倒れない。踏ん張った。足が三本あるから安定感が違う。
「毒液使ってみたら?」
挑発する。俺を挑発するより先に挑発してやる。
奴の眼が細くなった。怒ってる。でも理性はある。頭のいい奴は挑発に乗らない。負け越してる相手の挑発に乗るほどバカじゃない。
案の定、奴は真上に跳んだ。
透明床の天井まで一気に。そこから何かを生成し始める。
水だ。大量の水。この空間全体を水没させるつもりか。この作戦も記憶の中にある。五回目のトーナメントで一回やった。あのときはかなり苦戦した。水中での機動力はこっちより向こうの方が圧倒的に上だ。
「スケールでかいな。でも」
俺は笑いながら跳んだ。
奴と同じ高さまで一気に上がる。記憶の中で俺は水が満ちてから対処しようとして後手に回った。今回は水が満ちる前にケリをつける。
グリード人の眼が驚きで全開になった。あ、この顔を見るの七回目か。毎回同じ顔をする。
お前が水を作れるなら俺にも得意技がある。
拳を握る。
身体の中から何かがあふれ出てくる感覚。これも記憶と一緒に戻ってきた。名前もよくわからない力だ。でも使えることは知っている。一回目から使えた。毎回少しずつ強くなっている気がする。
空気が凝縮される。拳の周りが歪む。光が屈折する。周囲の空気が圧縮されて、見た目には何も変わっていないのに、目の前の空間だけが重くなっている。
ただの打撃じゃない。空間ごと圧縮する一撃だ。
グリード人が生成した水が、一瞬にして霧散した。
あいつが作りかけていた水が全部蒸発したのではなく、水として存在するための空間そのものが圧縮されて、水として在れなくなった。
「なっ」
「お前が毒使う前に終わらせる」
距離ゼロ。
渾身の一撃。
グリード人の体が光になって消えた。
敗者は別の場所へ転送されるらしい。記憶の中にその情報もある。殺されるわけじゃない。ただトーナメントから脱落する。それで担当している星の命運が左右される。
死なないのか。
それだけが少し、俺の中で引っかかった。
七回戦ってきた。七回勝ってきた。相手がいなくなるたびに何かを感じていた。でもそれを正面から見ることを避けてきた気がする。
こいつも家族がいると言っていた。
俺が勝ったことで、こいつの星はどうなるんだろう。
そこまで考えたところで。
「――お見事」
ユーライザの声が空間に響いた。
「あっさりだろ。七回分の経験があるからな」
「それだけじゃない。お前は前回より確実に速くなっている」
「そうか」
「お前、考えごとをしていたな」
ユーライザは俺をじっと見た。ボルゾイ犬顔でじっと見られるのは慣れていない。
「何を考えていた」
「敗者がどうなるか」
「脱落するだけだ」
「それは聞いた。でも担当してた星は?」
「……担当が変わる。最上位宇宙の管轄になる」
「消えるわけじゃないんだな」
「今すぐには」
今すぐには、か。含みのある言い方だ。でも今はそこまで追求しない。
「次戦まで地球へ戻す」
「おう。テストあるんだよ」
「こんな状況でよくテストのことを気にできるな」
「勉強してなかったから焦ってる」
ユーライザがため息をついた。地球人の文化が理解できないって顔だった。
光が俺を包んだ。




