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ホワイトデー

 月曜、朝の執務室。

 まだ誰も居ないそこへ、鍵を開けて副官が現れた。

 手には包装紙にリボンまで付いた大きな包み。

 どうみてもプレゼントのようであるその包だが、その中身は先のひな祭りで飾られていた五人囃子の横笛奏者である。


「お返しするだけなのに、少々過剰な包装になってしまいましたね」


 そう呟くと、副官用の引き出しにしまった。

 司令の出勤時間に合わせて紅茶を蒸らしていると、


「貴様! 親しき仲にも礼儀ありという言葉を知っているか!?」


 激しくドアを開くなり、若き司令は副官に詰め寄った。


「おはようございます、司令」


「あいさつなんて、どうでもいいのよ。私は礼儀を知っているかと聞いているの」


「おはようございます、司令」


 副官は笑みを絶やすこと無く挨拶を繰り返した。


「いやだから、礼儀を」


「おはようございます、司令」


「――おはよう」



 司令が手袋とコートを脱ぐ、執務机に座る頃には紅茶が運ばれてきた。


「それで、礼儀がどうなさいました?」


「贈り物を受け取ったなら、お返しをするのが礼儀だと思わない?」


「そう思います」


「最近、誰かからプレゼントを受け取った覚えがあるでしょう?」


「司令から頂きました」


「でしょ?」


「五人囃子から横笛奏者をいただきました」


 あれは個別に保管するのはもちろん、人にあげて良いものではないだろう。


「その話はまた別よ。それと雛人形を分け与えては駄目だとお母様に叱られたので返してちょうだい」


 司令から先に、返却を申し入れらえるのは意外だった。

 司令のお母様は、常識のある方のようだ。

 しかし、ここで副官はちょっとした日頃の意趣返しを思いついてしまう。


「ピエールをですか?」


 執務室に生まれる静寂。


「――名前を付けていたとは知りたくなかったわ。心苦しいもの」


 もちろん、今適当につけた名前だ。


「いえ、ピエールも仲間のもとに帰ることが出来れば喜ぶでしょう。ただ、もう二重奏が出来ないのは少し寂しいですね」


「え? いや、その」


「そうそう。ピエールを頂いたお礼に用意したものがあります。こちらをどうぞ」


 副官は、綺麗にラップされた包を取り出す。

 今朝持ち込んだ、クッション材でグルグル巻きにした五人囃子の横笛奏者である。


「この柔らかさは、ぬいぐるみかしら?」


「ピエールの代わりに置いていただけたらと思っていたのですが……明日にでもピエールをお返しします。君、ピエールと仲良くするんだよ。司令、壊れないように大事にしてやってください」


 副官がラッピングされた横笛あらためピエールに語り掛ける。


「うぅ、ごめんね。安心して、ピエールは私が必ず幸せにすると誓うわ。あと、ぬいぐるみは簡単に壊れないと思うわ」


 司令は受け取った包をそっと抱える。

 そして、深呼吸を一つ。


「それはさておき、週末は何をしていたの? 14日よ」


「ピエールと音楽を楽しんでおりました」


「……ピエールの話はよして!」


「かしこまりました」


「世間は13日、14日とイベントがあったのはご存知?」


「もちろんです。実は司令をお誘いしたかったのです」


「そうなの!?」


「はい、ですがご友人に『今週末は大事な予定があるので会えない』と話しているのを偶然耳にしまして」


 司令の包を抱える手に力がこもる。


「司令、あまり力を入れると壊れます」


「ぬいぐるみを壊すほどではないわ。その会話を聞いたあなたは、遠慮して私を誘わなかったと言うのね?」


「はい。土曜にホテルのディナーを予約していたのですが、無駄になってしまいました」


 そんな予約はしていなかった。

 口からでまかせである。


「ホテル? 例の下見したところ?」


「そうです。司令、壊れるのであまり力を入れないで下さい」


「大丈夫よ、ぬいぐるみは壊れないわよ」


「いえ、意外と脆そうなパーツが多いので注意してください」


「ぬいぐるみは壊れないわよ。そう、予約していたのね」


 司令がもじもじと包みを潰したり捻ったりする。


「司令、その、あまり包を……」


「ごめんなさい。ちょっと動揺してしまったわ。さあ、気合を入れ直して執務をしましょう」


「いえ、包がこうぐにゃぐにゃに」


「そうえば、五人囃子を持ってくるときは気をつけてね。あれって意外と脆いのよ」


「あの、それが」


「あれはね、お母様も大変気に入っているのよ」


「司令のお母様といえば、閣下が溺愛しておられると有名な?」


「そうね、今でもラブラブね。あなた、見たこと無いくらいに面白い表情をしているわよ?」


「司令。今週末はお暇ですか?」


「え? 友人と昼食の約束くらいから?」


「それ、キャンセルして頂けませんか?」


「……ど、どうしたの? いつになく強引ね、悪くないわ、ドキドキするわ。でも、どうせ勘違いなのよ」


「いえ、是非とも司令をお誘い致したく。それからよろしければ、お母様にもお目通りを願いたく」


「ストレートに誘われたわ! そ、そんな急に挨拶だなんて!」


「いえ、どちらかと言えば謝罪と申しますか」


「私ってば週末までに手篭めにされるのね! 楽しみだわ!」


「いや……これ以上……罪を重ねるわけには……」


「お母様とお菓子を作って待ってるわ」


「いえ……その様な気遣いは……遠慮したく」


「お父様にも居ていただきましょう」


「その……閣下もですか?」


「楽しみね!」


「はい……」


つづけ

意地悪すると墓穴にはまります

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▼強い女性像を書いています、ぜひお読みください。▼

☆『【完結】昼は黒騎士を従える魔王城、夜は黒騎士の後宮【短編】』
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[一言] ピエールぅぅぅぅ!(´;ω;`)
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