子供たちが最高の供物になっているのが
「で、オレの記憶が確かなら、子供たちは魔獣神の欲望を満たすための供物するって聞いたんだが」
「我が神の楽しげに駆け回る姿をご覧になればわかるでしょう。子供たちが最高の供物になっているのが」
セラと共に手頃な石に腰をかけるウィルの言葉に、同じく石ころに腰を下ろすフォケナスは、目を見張るほどの速さで編み物をしながら答える。
結局、窮屈なドッグウェアの着用を断固拒否した魔獣神の反応に、肩を落としながらもフォケナスは朝食に戻り、秘密を知ったウィルとセラも害されることなく、生きて朝食を平らげることができた。
朝食後、二人の例外を除き、全員、魔獣神を含めて、教会の外に出ている。
ちなみに、二人の例外とはユリィとリタである。この二人はケンカをしたバツとして、朝食の片づけを二人だけでやらされている。
普段は全員で朝食の片づけを行ってから、雨の日以外は外に遊びに出るので、いつもより長く時間を割くことができる。
もっとも、昨日の来たばかりの子供たちがなじむまでの時間を加味して、フォケナスも今日はいつもより長く遊ぶ時間を取るつもりであったが。
暗い顔をしている子供たちも、先にいたカヴィらに引きずられる形で、ぎこちなくだが遊びの輪に加わり、少しずつ表情が和らいできている。
これが普通の環境の教会、いや、孤児院の光景で、その中に邪神が駆け回っていなければ、ウィルもセラも安心できるのだが、
「結局、あんたは子供たちをどうするつもり何だ? いや、オレが着ている服を着ていた子供たちはどうなったんだ?」
ユリィ、セラ、リタならば、カヴィくらいの年頃の男の服で充分に身の丈に合うが、ウィルの方はそうはいかない。
無論、ウィルとフォケナスの体格は同じくらいなので、ウィルが着ているのがフォケナスの普段着という可能性はあるが、ウィルたちが着ているのは、かつてこの教会にいた子供たちの物である可能性の方が高いのだ。
「解放した供物は、ツテを頼って就職なり結婚なりをしてます。それなりに元気にやっていますよ、皆」
普通の教会、いや、孤児院では考えられない答えが返ってくる。
ウィル、ユリィ、リタは就職に失敗しているが、孤児院出身者の世間の扱いを思えば、その方が普通なのだ。まして、親も持参金もない者の結婚となると、さらに難しいのが現状である。
孤児院出身者がマトモに働き続けるには、よほどの幸運に恵まれるか、ひたすら耐えるかのどちらかしかない。
フォケナスの言葉に偽りがないなら、就職先や嫁ぎ先をコネを使って整えたということになり、
「我らながら過保護と思わなくはないのですが、何しろ、こんな場所で育つ以上、社会性をどうしても欠いてしまいます。何かとフォローせねば、独り立ちなどできるものではありませんよ」
この教会の場所を思えば、社会性というよりも、処世術が身に着くわけがない。
ウィルにしろ、子供ながらにご近所トラブルを避けるのに心を砕いて生きてきた。
近所の大人に悪く思われぬよう、近所の悪ガキと対立せぬよう、自分たちが社会的に弱い立場であることを理解し、周りへの配慮や気遣いを怠らないように努めねばならなかったのだ。
ただでさえ、孤児は偏見の目で見られるものだ。なのに、普段から思慮に欠いた振る舞いや誤解を招く行動を取っていれば、近所で犯罪が起きた場合、真っ先に疑われることになる。だから、子供ながらに身を慎しむ必要があるのだが、この場所では気にするべき世間の目がない。
カヴィたちはまっすぐで良い子なのだが、それだけでは世間を渡っていけない。ある程度の強かさを学び、備えねば、真っ当に生きていけないのが、人の世だ。
「我が神にとって、明るく元気な子供らと遊ぶのが、何よりの愉悦。今の環境をどれだけ整えようが、将来に不安があれば、心から笑えるものではありません。社会に出てからも、ある程度の助力は仕方ないことでしょう。ここからいなくなった供物に不幸があれば、我が神も元気をなくしてしまいますので」
全ては魔獣神のためであり、子供たちは魔獣神を喜ばせるための玩具として扱っているのかも知れない。
だが、フォケナスは魔獣神のために玩具を大事に扱っている。
仮に、カヴィたちをここから救い出し、どうにか適当な孤児院にあずけたならば、カヴィたちは確実に今の笑顔を失うだろう。
それだけこの教会が異常なのだが、異常だから不幸であるとは限らない。
人の世。人間にとって正常な生活で、万人が幸福を享受しているわけではないのだから。




