突っ立っていても何ですから、中にどうぞ
太古の昔、光と闇の神々は二つの陣営に分かれ、永きに渡って激しく争った。その大いなる激突の末、光と闇の神々の戦いは、共に世界の表舞台から去らぬばほどの痛み分けという形で落着を迎えた。
当然、この神々の大戦に闇の五大神の一柱たる魔獣神も参戦している。
魔獣神は神々の大戦の折、数多の獣に闇の因子を植えつけ、変容させることで、神をも傷つけ得る爪牙を持った、強力な魔獣たちを誕生させた。
神々の大戦が終結するまで、魔獣神が生み出した強力な魔獣の多くは死んだが、全てが戦いの中で散ったわけではない。魔獣神が去った後も生き残り、創造主の統制を失った魔獣らは大戦で荒廃した世界、自然へと帰って行った。
そして、魔獣たちは当然、子を成していったのだが、そうして生まれ出てきたのは獣ではなかったので、魔獣という種が確立することになった。
ただ、魔獣神が生み出した魔獣らが、現代の魔獣の全ての祖というわけではない。
古代から現代に至る永き時の中で魔獣神に倣い、新たな魔獣を生み出さんとし、それに成功した事例がいくつもあるからだ。
そうした新種を開発した者には魔術師もいるが、魔獣神の教団の作品がいくつかあった。
神も神なら、信徒も信徒という教団だ。魔獣の中には人を素体として生み出されたものもある。魔獣神の教団に捕らわれるなり、買われるなりするということはどういうことか、考えるまでもない。特に、黒羽人のウィルと水精族のユリィはレアな素材であるはずだ。
その邪教徒に捕らわれたウィル、セラ、ユリィ、リタは十人の子供と共に、ロック鳥に運ばれてそれなりの距離を飛んでいた。
ロック鳥の周りには五頭のマンティコアが飛んでおり、その内の一頭にフォケナスが跨がっている。
ロック鳥やマンティコアらの速度はそれほどではないが、高度があるのでウィルたちは飛び降りることなどできず、何もできずに人気のない方向、未開の地へと至ろうとしていた。
フォケナスの本拠があるとおぼしき場所は人気はないものの、ワイバーンやハーピィなどの翼のある魔獣と何体もすれ違い、眼下にも人とは思えぬ巨大な影がいくつも見えた。もし、多数の魔獣が棲息しているなら、一国の軍隊とて手を出すこともできないだろう。
昼をいくらか回った時刻、ロック鳥とマンティコアらは山中の高原に着陸した。
ロック鳥が着陸できるだけあって、その高原はけっこう広い。四方を山林に囲まれているのだが、その山林に魔獣が棲息しているとすれば、脱出不可能といった場所であろう。
高原には、ポツンッと教会が一軒だけ建っているのみ。小さくはないが大きくもなく、町中に建っていても違和感のない、スタンダードな外観をしている。
マンティコアの背から降りたフォケナスに降りるように言われ、ウィルたちが全員、高原に降り立つと、ロック鳥と五頭のマンティコアは四方に飛び去って行く。
「今は強制労働の時間ですから、皆、出払っているでしょう。ここで突っ立っていても何ですから、中にどうぞ。私も着替えを取りにいきますので」
無造作に捕虜と供物の前を歩くフォケナスは、ウィルたちを建物の中へと招く。
見渡す限り、他に建物はなく、どれだけ魔獣が棲息しているかわからぬ以上、逃走して下山もできない。
選択の余地などなく、フォケナスの後に続く一同は教会の側に干してある洗濯物を目にしたが、それを見て二つの点に気づいたのはウィル、ユリィ、リタだけであった。
物干し棹にかけられた洗濯物はけっこうな量だが、その衣類の大半が小さく、子供にしか着れないサイズである点。
そして、大人が着れるようなサイズの服がほとんどない点に。




