我が神の御元に連れて行くことにします
目を覚ましたウィルがハッキリとしていく意識の中でまず感じたのは、違和感であった。
おぞましい事ながら自分の身に何かあったのか悟ったが、うつ伏せに寝かされていたウィルは起き上がると何よりも先に、仲間と子供たちの安否に視線を走らせた。
不幸中の幸いというべきであろうか。三人の仲間、ユリィ、リタ、セラの姿も、子供たちの姿もあったが、同時に自分の衣服をまとったフォケナスと、二頭の荷馬を殺して食べ散らかす五頭のマンティコアの姿にもウィルは気づく。
周りを一瞥すれば、二頭の荷馬を除いて、仲間と子供と敵の無事が確認できたのみならず、自分たちが林の中にいるのにも気づいた。
他にも、今が夜明け近くであり、自分がだいぶ気を失っていたのもわかったが、自分たちいる林が木々がまばらに生える程度のもので、けっこう近くに街道が走っているのもわかると、さすがに疑問を覚えずにいられなかった。
自分たちの側から街道が見えるということは、街道からも林の中に自分たち、おかしな集団がいるのも見えるということだ。ならば、近くを通った旅人が様子をうかがいに来るなどして、騒ぎとなっていてもおかしくないというもの。
その点も含めて、意識を取り戻したばかりのウィルには現状はわからぬことばかりなので、
「……何があったんだ?」
寝息を立てている子供たちを起こさぬよう、うなだれている三人の仲間に小声で問う。
子供たちにしても、ユリィ、リタ、セラにしても、何らかの暴力を受けた様子もなければ、衣服が破られても乱れてもいないが、それで何事もなかったと判断するのは早計だ。
多少の傷はセラが癒せるし、衣服も破られていなかったら、乱れを直すのに充分な時間、ウィルは気を失っていた。
「端的に言えば、ここに運ばれた以外、私たちは何もされていない。ウィル、オマエを除いての話になるが」
答えるユリィの声は、いつものようにしっかりとしてはいるが、そこにはいくらか困惑の色が見られた。
ウィルは話の腰を折らず、ユリィの説明に耳を傾け、自分たちに何があったか、フォケナスがどのようなことをしたか、まずそれを知ることを優先する。
ユリィは「大半はセラから聞いた話だが」と前置きしてから、
「まずは倒したマンティコアを生き返らしたらしい」
御業には死者を生き返らせるものがある。天寿を迎えた者、魂を戻すべき肉体のないケースなどは無理だが、逆に天寿以外の死因で、損傷していようが肉体があれば、死者の復活は可能なのだ。
蘇生の御業はかなり高度で、御使いの中でもその域にあるのは、最高峰の一握りのみ。だが、フォケナスはより高度な超獣人になれるのだから、五頭のマンティコアを生き返らしたというのは、多少の驚きこそあれ、不可解に思うほどのことではない。
「ここは襲撃された地点からそう離れていない場所のようだ。あの男は私たちをここに運んだ後、一眠りしたということだ」
一眠りしたということは、フォケナスの精神力は回復していることを意味する。
マンティコアだけなら、五頭いてもそう恐ろしくはない。しかも、生き返ったばかりで本調子でないなら、なおのことだ。
マンティコア五頭どころか、五十頭よりも恐ろしいフォケナスが、超獣人となり、さらに五度も蘇生の御業を使って疲弊しているならともかく、回復したのではウィルたちには出し抜くこともできぬというもの。
いや、抜け目がないがゆえ、フォケナスはウィルたちが意識を回復する前に精神力を回復を計ったのだろう。
実力差がある上、油断もしてくれぬなら、ヘタなマネはしない方がいい。暗にそう言ってきたユリィの考えに、ウィルも同意するしかなかった。
「ちなみに、マンティコアが幻術を使っていて、外からこちらは見えないとのことだ。どのマンティコアが幻術を使っているかはわからないがな」
説明を聞くほど、フォケナスのそつの無さに、内心で苦り切るしかないウィル。
荷馬を食い殺させた意図や理由も察しがつく。
生き返ったばかりのマンティコアの栄養としただけではなく、荷馬車を使えなくすることで、逃走を未然に防ぐ意図もあるのだろう。
まばらな植生とはいえ、林の中である。子供を無理すれば十人と乗せる荷馬車が通れるものではない。
だが、林の外に荷馬車を停めておけば、意識を取り戻したウィルたちがそちらに子供を逃がす恐れがある。しかし、荷馬を殺してしまえば、荷車だけではどうにもならず、ウィルたちは子供を逃がす手立てを失う。
元々、フォケナスの目的は子供であって、その確保に細心の注意を払うのは当然のことだ。最悪、ウィルたちに逃げられても、子供を、魔獣神に捧げる供物さえあればいいのだから。
ただ、必要性が低いということは、ウィルたちも荷馬のように食い殺されてもおかしくないということだ。
一応、今は生かされているが、マンティコアのエサにされてもおかしくない立場を心得ているウィルは、
「……で、オレたちをどうするつもりなんだ?」
「解放しても構わないと思うのですが、私は心配性でしてね。あなた方も我が神の御元に連れて行くことにします」
「チィッ」
ウィル、ユリィ、リタは、内心でフォケナスの慎重さに舌打ちをする。
実のところ、フォケナスの懸念は大当たりである。
頼るべき血の絆がなくとも、その代わりとなる絆が、心から信じられる存在があることの救いを、ウィル、ユリィ、リタは身を以て知っている。
三人の前には、頼るべき血の絆を失った子供たちが、かつての自分がいるのだ。三人からすれば、それを見捨てること、裏切ることなど、論外であった。
無論、フォケナスは強すぎる。どう立ち回ろうが、ウィルたちだけではどうすることもできない。
だが、ペンは剣よりも強し。手紙を何通か書き、兄や姉の何人かの協力、あるいは神父様のご出馬を願えば、フォケナスに対抗すること不可能ではないのだ。
しかし一縷の望みもフォケナスの深慮に断たれた。
フォケナスの実力を見抜けず、逃がしてくれるといった段階で応じず、助けを求める機会を失った結果、自分たちのみならず、かつての自分を救えぬ結果を招いたのである。
ウィルたちは自分よりずっと強くとも、自分たちのように過信しなかったフォケナスに、当たり前にように敗北したのであった。




