戻るまで無理は避けるぞ
「オレはリタの所に戻る。二人は予定どおりに頼む」
「……わかった。気をつけるのだぞ」
「そちらこそ、無理をするな」
決断も早く村長宅に戻るウィルの言葉は、ユリィにとっては言われるまでもないことである。
普段の態度こそぶっきらぼうなものだが、ユリィにとってウィルは家族同然の相手であり、それはリタも同様である。
ウィルにとってもそれは同様であり、もし、どこかの家から悲鳴が聞こえたとしても、ウィルはまっすぐにリタの元に走っただろう。
同じ孤児院で育ったゆえに、ウィル、ユリィ、リタの仲間意識は強い。それはこのような時に強く表れるだけではなく、普段の態度にもにじみ出ているのは三人とも自覚している。
それがセラにいくらか疎外感を与えている点も三人は自覚しているのだが、そのバックボーンが自分たちの根幹であるのも自覚しているので、当人たちも自覚はしていてもどうすることができないのだ。
とはいえ、神父様や兄、姉たちから、自分たちのコミュティ以外はどうでもいいと教えられ、育てられたわけではないので、セラのことは仲間と思っているし、ウィルだけが戻ってユリィはミューゼの村のフォローに残している。
「……では、私たちは引き続き、ゴブリンの対処に当たるが、ウィルが戻るまで無理は避けるぞ」
ゴブリンの一団くらいユリィ一人でも何とかなるが、兄や姉から慎重さや用心深さを叩き込まれているので、明言したとおりに無理をするつもりはなかった。
また、無理をせずとも、ゴブリンたちは逃げ出しているので、ユリィは特に何もせず、ゴブリンの逃走を眺めていれば良かった。
ゴブリンだけならば。
「……ギオオオッ!」
奇怪だが雄々しい叫びを上げているのは、ゴブリンより一回り大きいだけではなく、引き締まった体格をしているゴブリン・ファントムであった。
ゴブリンの言葉がわからずとも、その意図は明白だ。
ゴブリン・ファントムはノームが消えたのに気づき、ゴブリンたちに再集結を呼びかけているのだろう。
無秩序に逃げ惑うゴブリンの対応にも困るが、それよりマズイのがまとまって攻めかかって来るゴブリンの方だ。特に、今はユリィとセラだけでウィルやリタがいない。
「持っていてくれ」
ユリィは短槍をセラに持たせると、弓に矢をつがえながら、雄叫びのした方に走る。
そして、ゴブリン・ファントムを視認して射程にとらえると、ユリィはその頭を狙って矢を放つ。
「……なっ!」
短槍を抱えて続くセラは、ゴブリン・ファントムの頭に当たろうとした矢が、いきなり弾かれた光景に目を剥く。
初歩の魔法に、攻撃を一撃だけ防ぐ術があり、それを自らにかけていたのだろう。もし、もっと高度な守りの魔法をかけているなら、そのゴブリン・ファントムは慌てて物陰に隠れはしまい。
「チィッ」
舌打ちしつつユリィはセラに弓を押しつけ、短槍に武器を持ちかえると、ゴブリン・ファントムへと駆け出す。
物陰に隠れる情けない姿だろうが、雄叫びは上げられる。早々にゴブリン・ファントムの口をふさがねばならないユリィとしては、接近戦を仕掛けるしかなかった。
「ギッヒャガ」
だが、物陰から顔を半分、出すゴブリン・ファントムが口にしたのは呪いの言葉であった。
「ぐっ」
ゴブリン・ファントムの放ったエネルギーボルト、魔力のつぶてに打たれて、ユリィが苦痛に呻く。
そのユリィに対して、ゴブリン・ファントムは物陰から飛び出し、抜き身の剣を振り上げて駆け寄ろうとし、
「地母神よ! この者の傷を癒したまえ!」
セラは手にする弓を放り出し、癒しの御業をかける。
「くそっ」
近づいて来るゴブリン・ファントムに短槍を投げ放つユリィが、悪態をつくのも無理はないだろう。
ユリィにとって短槍は護身用にすぎず、メイン・ウェポンは弓矢なのだ。
ユリィの投げた短槍はゴブリン・ファントムの剣に叩き落とされたが、その動作の分だけゴブリン・ファントムの足が遅くなった。
水精族の少女はその間に弓矢を手にし、ゴブリン・ファントムを射殺すつもりだったが、セラの手から離れた弓は手を伸ばして届く距離になかった。
短槍を投げ、弓は地面に転がり、ユリィとさらにセラに武器がないのに気づいたゴブリン・ファントムは、手にする剣を大きく振り上げて、二人の娘が無手無力となったと思ったのだが、
「……クリソー」
そうつぶやいた直後、ユリィの手に抜き身の剣、それも刀身が青白く輝く魔剣が現れる。
「ギッ!」
「なっ!」
ゴブリン・ファントムとセラの驚きの声が重なる中、ユリィは手に出現した魔剣を振るい、ゴブリン・ファントムをけさ斬りにする。
弓矢をメイン・ウェポンとするユリィの斬撃は、深手こそ与えたものの、ゴブリン・ファントムは致命傷に至っていない。
返す刀でトドメを刺すところだが、ユリィの手にする魔剣はゴブリン・ファントムをけさ斬りにすると同時に消えて無くなり、空手に戻ってしまう。
何より、ゴブリン・ファントムをけさ斬りにしたユリィは、セラに体当たりをかまさねばならなかった。
頭上に降り注ぐ五本の矢をかわすために。




