ちょっと暑いな
当然、ウィルの言葉、否、雇った冒険者たちの総意に、驚くだけの気力のある村人たちは一様に驚き、
「どういうことだ!」
五体満足な村人の中で最年長のノーセンが、自然とミューゼの村を代表して、抗議に声を荒らげる。
ちなみに、本来の代表の、ミューゼの村の村長ヴァランは、現在、行方不明である。死体は見つかっていないので、村の外に逃げ出したまま戻って来ていない可能性もあるが、とても今のミューゼの村もウィルたちにも探している余裕はない。
「ハッキリ言って、報酬と労力が見合わん。オレたちが請け負ったのは近くに棲み着いたゴブリンを退治するというものだったはずだ。しかし、状況的にこれはどう見ても、その域を逸脱している」
「ゴブリンと戦うのは同じだろうがっ!」
「二十に満たない小さな群れと戦うのと、二百を越す大きな群れと戦うのでは、全然、違う。その最悪の状況に対処するだけの報酬を提示してもらっていない以上、仕事を継続できないと言っているんだ」
「そ、そのようなことを言われても困る。とにかく、一度、仕事を請け負った以上、あんたらにはゴブリンから村を守ってもらうからな」
「つまり、適正な報酬を提示する意思がないということか。なら、こちらも仕事をする意思はないな。さっき言ったとおり、引き上げさせてもらう。できれば、ケチとはいえ、依頼人に武器は向けたくないもんだ」
村を壊滅させるだけのゴブリンを追い払ったウィルたちを、力ずくで押し留める術は村人たちにないので、
「……契約違反でギルドに訴えてやるぞ」
「その時は反論した上で、ギルドの裁定を仰ぐよ。こちらとしても、あんたらが訴えられる状態な方が、目覚めが悪くならずにすむしな」
最後の頼みの綱もウィルにあっさりと受け流され、ノーセンら顔を青くできるだけ血色がまだマシな村人は、青ざめて黙り込む。
死人に口なし。
どれだけ訴えると今、息巻いたところで、ゴブリンにミューゼの村が滅ぼされては、訴訟などできようはずもない。
仮に、ノーセンら数人が辛うじて生き残ったところで、村という生活基盤を失った彼らは、流民か浮浪者という訴訟を起こしたくとも起こせない立場になっているだろう。
「つまり、適正な報酬を提示すれば、ウィルたちはこの村を守ってくれるということですか?」
「ああ。最初からそう言っている」
暗い顔をしているが、ノーセンらと違って青ざめていないサリアが、不甲斐ない男や大人に代わり、仕方なく交渉に乗り出し、
「これは我が家に隠してあったお金です」
硬貨の詰まった小袋をウィルに差し出す。
サリアの家族は姉以外、昨日までに死んでいるか、行方不明になっている。
その他家に嫁いだ腹違いの姉も、夫と子供を目の前でゴブリンに殺された後、さんざんゴブリンに犯されて正気を失っている。
だから、誰にもとがめられず、隠してあった金を持ち出せたのだが、
「……銅貨ばかりで、銀貨が十枚あるかないか、か」
村長を務めるほど有力な家とはいえ、しょせんはミューゼのような大きくもない村落の中での話。小袋には大した額は詰まっておらず、ウィルが納得していないのは明白であった。
「それで足りないのであれば、我が家には無事な荷車があり、荷馬も助かったので、それも差し上げます。他にも、家具など、我が家にある物なら何でも差し上げますから、どうか村を助けてください」
「おい、サリア。勝手なことばかり言うな」
身銭ばかりか、手持ちの物を大放出するサリアを、ノーセンが制止したのは、両者が親類であるからだ。
村長の家で健在なのはサリアだけだが、愛人の子で女となれば、その相続権は弱い。縁戚であるノーセンにも充分に分け前が期待できるが、その分け前そのものがなくなっては得ることができない。
「金や物以外に報酬として差し出せるものは他にもあるだろうが」
村長宅の家財道具一式に皮算用を始めているノーセンは、サリアをちらっと見た後、ウィルに意味ありげな視線を向ける。
サリアを報酬代わりに、というノーセンの卑しい心算は明らかなので、立場の弱い愛人の子は顔を伏せてくちびるを噛み、ウィル、ユリィ、リタは内心の不快さを噛み殺す。
特に、同性であるユリィとリタは顔にこそ出さないが、心の中では相当、腹にすえかねているのだろう。二人は意図的にウィルに身を寄せる。
「ちょっと暑いな」
さらに水精族の乙女がそうつぶやきながら、顔を隠す布切れを外したので、
「……っ!」
人間と異なるが、それゆえに人間離れした美貌はサリアやノーセンたちを圧倒した。
「後で細部を詰めるが、サリアが口にした条件で仕事を続けさせてもらう」
「……は、はい。よろしくお願いします」
ユリィの承諾し、サリアが反射的に頭を下げる中、ノーセンを含み村の男たちは我を忘れたかのように、水精族の乙女の面貌をひたすら見入っていた。




