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デートに誘う金もないからな

「あっ、もちろん、ワンツーマンで何て言わないから、安心してくれ。情けない話、デートに誘う金もないからな」


 若いがそれなりにギルドで経験を積んだベルリナは、自分より若い冒険者の意図に気づいて、


「あのですね。情報も有料なのですよ」


 冒険者が冒険の末、手に入れるのは物だけではない。未知に関する事柄、目新しい話なども見聞きし、それをギルドに報告すると、冒険者にはその内容に応じた金銭が支払われる。そして、他の冒険者がそれらの情報を聞くには、金銭を支払う必要がある。


 年下の冒険者が自分の色香に迷って言い寄って来るのも困るが、巧妙に情報を聞き出そうとするのにも、ベルリナは困り顔となる。


「そんなに身構えなくとも、みんなで楽しくおしゃべりしようってだけだよ。ただ、ベルさんと知り合って間もないから、共通の話題が、さっき請け負ったゴブリン退治の話になるってだけだよ」


「仕方ありませんね。呼び立ててお願いした手前、話せることはお話しします」


 情報料を支払うだけの余裕のない新米冒険者に譲歩する。


「では、何が聞きたいのですか?」


「まず、気になったこと。ミューゼの村の村長、えらく若いけど、普通はもっと年配の人が村長をやるもんじゃない?」


「そうですね。どこの村でもそれが普通ですね」


 ウィルが疑問を覚え、ベルリナが認めるように、村に限らないが村長のようなまとめ役は、年長者が務めるのが常だ。


 貴族と違い、村長のような役割は世襲ではない。村長が死ねば、村の有力者の中から、年配の者が次の村長に選ばれるものなのだが、


「ミューゼの村は先日、村長が急死したそうです。本来なら年長者の中から次の村長が選ばれるはずなんですが、急死した村長のご子息であるヴァラン氏が村長になった。たぶん、押しつけられたんでしょうね」


 人が三人と集まれば、そこに権力が生じ、その権力に対する思惑が様々に生まれる。


 狭い村社会でも、人々の思惑が絡み合うと、ドロドロとした内情が生まれるものだ。


 村長という肩書きには役得もあるが、損な役割もある。デメリットの一つとしては、今回のようなトラブルを解決するのに、自ら陣頭指揮を採る、有り体に言えば冒険者に抱かせる女を手配せねばならない点だ。


 どこの馬の骨とも知れぬ冒険者に、自分の娘を抱かせたい親などいない。だが、村全体の利益のために、誰かが損な役割を引き受けねばならない。


 普通なら、その村の中で立場の弱い家を村長が説得して、そこの娘にピンク・コンパニオンをやらせるのだが、


「ヴァラン氏には、仲の悪い腹違いの妹がいた。これに村人たちは目をつけたのでしょうね」


 ヴァランがおだてに弱いのもあり、村人たちは村長に祭り上げるのに成功したとのこと。


 胸くその悪い話だが、ミューゼの村からの依頼を請け負った以上、その内実を知っておいた方がいい。でなければ、ミューゼの村でゴタゴタが起きた際、それに振り回されたり、気を取られたりして、ゴブリン退治に集中できなくなる。


 ウィルたちの実力なら、ゴブリンの小さな群れくらい、討ち取るのは難しくない。だから、ウィルがまず気にしたのは背後であり、


「じゃあ、あの一帯にどれくらいのゴブリンがいる? その中に上位個体はいるか? 推測でもあいまいでもいいから、教えてくれ」


 次に気にしたのは、周りのことであった。


 ゴブリンとはいえ数百と集まれば、ベテラン冒険者でも充分な脅威となる。ただ、知能の低いゴブリンは、小さな群れを維持するのが精一杯で、数が増えると必ず部族分けを行う。


 しかし、それはゴブリンが大きな群れを絶対に形成できないことを意味しない。


 ダークエルフや魔族、闇司祭などは愚かなゴブリンをまとめ上げ、闇の陣営の先兵として運用している。


 また、ゴブリンだけでもそこに上位個体がいれば、ゴブリンの大群をまとめることができる。


 ゴブリンの中には時に上位個体と呼ばれる、並のゴブリンより力や知能で大きく上回る存在が生まれる。


 例えば、ゴブリン・ウォーリア。並のゴブリンが棍棒を持った農夫に追い払われるくらい非力なのに対して、ゴブリン・ウォーリアは完全武装の兵士二、三人を相手にできる。そして、ゴブリンの中にはゴブリン・ウォーリアを上回る上位個体が何体もいる。


 幸いなのは、これら上位個体はゴブリンの中から突然変異として発生することだ。ゴブリン・ウォーリアという種として成立しているわけではなく、ゴブリンという種の中からゴブリン・ウォーリアが希に生まれるすぎない。


「もし、ゴブリン・トルーパーでもいたら、単純に勝てないだけじゃない。そいつらに指揮されたゴブリンの大群に襲われることになる。そんなシャレにならない状況なら、借金してでも違約金を払って、依頼を断らせてもらうよ」


「仰ることはよくわかります。推測も混じりますが、山奥にいるであろうゴブリンも含めますと、その数は二百に達するかも知れませんね。しかし、今のところ、上位個体の目撃情報はありませんね。確率的にゴブリン・ウォーリアぐらいはいるかも知れませんが」


「数の多さが恐いが、ゴブリン・ウォーリアじゃあ、それだけの数をまとめられないだろうから、まあ、大丈夫か」


「他にも、六パーティがそちらに向かうので、安心して、今更、断るとか言って、困らせないでくださいね。この食券を挙げますから」


「なら、断るわけにはいかないな」


 数が多くともまとまっていないなら、ゴブリンの群れを各パーティが叩いて終わるだけの仕事だ。


 だから、ウィル、ユリィ、リタ、セラは食券を一枚ずつ受け取った。


 叩き返すべき理由もなければ、未来もわからぬゆえ。


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