……ここまでやるの?
町で宿を取って熟睡し、飯屋で食事ができたのは、ユリィとサリアの逃亡生活の中において、束の間の安らぎにすぎなかった。
ハルバ伯爵の残党をほぼ掃討したこともあろう。この国の実権をかなり掌握でき、多くの騎士や兵士を動かせるようになったのもあるだろう。
しかし、これまで作戦に支障が出ない程度のコボルトやゴブリンを使い、犯罪組織に丸投げしていた追跡は、グライスらの全滅から数日後、これまでのぬるいものとは一線を画すものへと変化した。
追われる側からすれば、追う側がいかなる理由で本腰を入れるようになったかなどはわからない。追われる側にわかるのは、追う側が形振りかまわなくなった点だ。
当面の追っ手を全滅させ、立ち寄った町で一息をついていたユリィとサリアだが、それも一時のことでしかなかった。
これからの逃亡生活に必要な品々を色々と買い込み、宿に戻ろうとする帰路、自分たちと同じ方向に駆けて行く兵士らの存在に気づいた二人は、当然、そのまま宿屋に向かうようなマネは避ける。
サリアを適当な店屋に身を隠させ、宿屋に様子見に行ったユリィだったが、そこは騎士らしき人物の元、少なくとも十人の兵士が宿屋の周りに配備されていた。
隙を見て宿屋に置いてある荷物を回収するつもりであったユリィも、この動員数を見て断念。見つからぬようにその場を去り、サリアと合流してこの町を出た。
幸い緊急配備の前だったため、二人が町から出ることそのものは難しくなかったが、問題はそれ以降。
二人は用心して現金は持ち歩き、ユリィも装備は身に着けていた。宿屋に置いたままとした荷物、失った旅に必要な品々は適当な村や町で新たに購入すればいいと考えたが、すでに追う側の追跡と手配はそれを許さぬほど厳しいものとなっていた。
ウィル、セラ、ユリィ、リタ、サリア、ベルリナの人相書きが町や村に配られ、しかも六人には懸賞金がかけられている徹底ぶり。
町を出た後に立ち寄った村の広場で偶然、貼り出されていた自分たちの人相書きを目にでき、二人は村人らが気づいて騒ぎとなる前に村から出られたのはまだ良い。
町は仕方ないとして、村にまで人相書きを配られたが、二人の持つ現金は役立たずとならずにすんだ。
六人の人相書きの内、ユリィは覆面を着けた状態であったのが、二人の逃亡生活の一縷の望みとなった。
サリアを村の外に待機させ、素顔を晒したユリィは素早く村で必要な物を買い込んで去り、二人は合流するとそのまま北へ北へと逃げ続けた。
実に人相書きが配られた後も、十日に渡って逃亡生活を続けられた二人だったが、それも限界に近づきつつある。
宿や飯屋を利用していないものの、必要な物を買い込みながらの逃亡生活、支出のみが重なっていく現状は二人の懐を軽くしていき、資金の涸渇の危機に陥りつつあった。
もっとも、今の二人は金の心配をするより先に、
「……ここまでやるの?」
ユリィが信じられないといった表情を浮かべるのも無理はないだろう。
それなりに北の国境が近いとはいえ、まだこの国の領内であるのだ。にも関わらず、二人の前に居並ぶ百人以上はいるであろう兵士の装備は、この国の兵士のものではなかった。
ミルフィーユが率いて来た兵は、この国の実質支配のために要所要所の押さえに用いており、これほどの余剰兵力はない。
つまり、たった六人を、正確には二人のためだけにこれだけの増援を新たに呼んだということを意味した。