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けど、この国から出ても意味がないんじゃない?

 グライスに勝利した後、本来ならユリィはサリアを連れ、洞穴から去り、新たな潜伏先を探すべきであったのだろう。


 だが、グライスとの攻防で損耗したユリィにそんな余力はなく、危険を承知で洞穴に留まった。


 もちろん、長々と留まるようなマネはせず、移動できるようになるや、二人は荷物をまとめて洞穴から去っている。


 ユリィとしては新たな追っ手との交戦を覚悟したがそれもなく、またサリアもぎこちない足取りながら、立って歩ける程度には回復したので、これまでより二人はスムーズに移動できるようにはなった。


 これまでと違って追っ手の影に感じることなかったが、ユリィは念のために手近な村で休むようなマネはせず、二人が久しぶりに宿を取ったのは、そこそこ大きい町に入ってからのことであった。


 旅人の往来が少ない村よりも、人の出入りがそれなりにある町の方が足跡を追い難い。


 それは村よりはという程度の用心でしかないが、まだ気を抜ける状況でない以上、できる限りの用心をしないわけにはいかない。


 とはいえ、色々と限界にきていた二人は、頼んで用意してもらった湯で体を拭き、念のために互いに交替しながらであったが、マトモな寝所でたっふりと熟睡すると、近くの飯屋に行ってやはりマトモな食事を頼んで平らげた。


「本調子ではなくとも、だいぶ良くはなったようだな」


「おかげさまで。もう無理しなければ、体が痛むことはなくなったわ」


 互いに食後のお茶をすすりながら、ユリィの言葉にサリアはいくらか元気な声で答える。


 これまで酷い打撲を患っていたサリアは、痛みに動くこともままならなかったが、その腫れも痛みもだいぶ引き、今は無理な動きをしなければ痛みに顔を引きつることもなくなった。


 だが、それは無理をしなければの話だ。


 強行軍に耐えられる体調ではないのは当然として、仮にこの町で馬を買ったとしても、激しく躍動する馬上、鞍に跨がれば、サリアの体は必ず悲鳴を上げるだろう。


 グライスら、追っ手を全滅させたといっても、ユリィらの置かれた状況は好転したわけではない。むしろ、急速に悪化していると言える。


 目前の危機、グライスらを全滅させたので、こうして町に立ち寄る余裕が生じた。完全ではないとはいえ、サリアも回復したので移動もスムーズになった。さらに新たな危機、追っ手の姿も影も今のところはない。


 しかし、ユリィとサリアのみならず、別々となったウィルらにしても、もはや追っ手うんぬんというレベルでなくなろうとしている。


 ハルバ伯爵は討たれ、その残党も掃討されつつある。それは良いとして、それを主体的に行っているミルフィーユの手勢は、並行してこの国の属国化を進め、半魔族の魔王の実質的な支配を受けるのは避けられそうにない。


 この国の王がハルバ伯爵から王位を守ろうとして打った手によって、その手元に残ったのは傀儡の王という立場でしかなかったが、そんなものはユリィにとってはどうでもいい。


 困るのは、この国が半魔族の魔王の実質的な支配下に置かれると、その部下であるガンドが主の威光を使い、ウィルらを追い詰め易くなるということだ。


 この国を支配権を確立したら、ミルフィーユやガンドがウィルらを指名手配するのも可能なので、


「ウィルらと合流するのが先決だけど、このままその手がかりもつかめないなら、私たちだけでもこの国から出るしかない。最悪の事態としてだけど」


 ウィルが生存しているのは確信が持てる。ユリィの短槍の穂先には炎の力が宿ったままだ。ウィルが死んでいれば、ユリィの短槍は単なる安物の武器に戻っているはずだ。


 ウィルと行動を共にしているであろうベルリナにしても、ウィルが健在な以上、まだ期待が持てる。しかし、リタとセラに関してはどうなったか、まったく予想がつかない。


 六人の荷物、身の周りの品は荷馬車に積んであったが、現金は六人で分散して所持していた。各々、まとまった金を持っているので、ユリィやサリアのように自分の荷物を持っていない他の四人も、衣食住に困らないはずだ。


 だが、ミルフィーユらに指名手配をかけられたなら、現金は諸刃の剣となる。使えば、自分の存在を追っ手に伝えるようなものだからだ。


 だから、ユリィはウィルらと合流を計る一方、この国から一刻も早く出ねばならないのだ。


「けど、この国から出ても意味がないんじゃない?」


 地理的に、サリアがユリィの方針に懐疑的になるのも無理はない。


 この国が隣接している国家は北に一つのみ。そこは半魔族の魔王の実質的な支配下にある。


 つまり、ユリィの方針は半魔族の魔王の実質的な支配下に置かれつつある国から、実質的な支配下に置かれた国へと逃げることになるのだ。


 半魔族の魔王の支配領域から出るには、この国から北の国に行き、そこから東の国にさらに移動せねばならないのである。


「その辺りはわかっている。なので、出産したばかりのところを悪いが、ギン姉に頼ろうと思う」


 ウィル、ユリィ、リタの姉の一人であるギンカは、この国を北から出て、何日か北上した町の男性に嫁ぎ、レストランを夫婦でやっている。


 当然、その町は半魔族の魔王の支配下にあるが、ここで重要なのは最も近くにいる兄姉が彼女であること。何より、ギンカがエンシェント・ドラゴンを圧倒したルウより強いことだ。


 ギンカならば、ミルフィーユやガンドの手勢程度、生まれたばかりの我が子をあやしながら追い払うことも無力化することもできるだろう。


 もちろん、出産直後でギンカが本調子でない以上、彼女のみで半魔族の魔王の勢力に対抗するのは難しくとも、ユリィが頼れる姉は彼女のみではない。またルウに迷惑をかけるなど、何人かの兄姉に声をかければ、半魔族の魔王の打倒は不可能ではない。


「一番いいのは、向こうが下らない仕返しを諦めてくれることだけどね」


 兄や姉に頼るというより、迷惑をかけるのは、彼女とて本意ではない。


 食後のお茶を飲み干したユリィのしみじみとした言葉に、サリアもしみじみとうなずいた。




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