さて、どんな末路をたどってくれるか、楽しみだ
残念ながら一昼夜に渡って、グライスは隙を見せることはなかった。
元々、用心深く頭の切れる男であったが、
「……いよいよ、魔族に引き渡せるぞ。さて、どんな末路をたどってくれるか、楽しみだ。なに、ちゃんと他のお仲間も送ってやるから、心配するな」
リビング・デッドは生前の欲望への異様な執着によって生まれるアンデッドである。
ザインの場合、色欲への執着、そしてグライスは権力欲への執着でリビング・デッドと化した。
そのリビング・デッドとなるだけの執着心は、ザインに理性を失わせ、暴走させて自滅を招いた。
グライスは権力欲とその執着心に自分を完全に失うことはなかったが、生前、ウィルたちのせいで失脚した恨みは死んでも忘れておらず、それを晴らせるとなると、強い興奮を見せていささか冷静さを欠いているように思われる。
これでグライスが勇み足となってくれたなら、ユリィにもつけ入る隙があっただろう。しかし、生来の用心深さは死んでも充分に残っているらしく、一昼夜、飲まず食わず眠らずで弱ったユリィを、さらにもう一昼夜をかけて弱らせてから、ようやく膠着状態からの打破を計った。
サリアにずっと突きつけていた剣を引いたが、抜き身の剣を持ったまま縄を取り出すと、二日間、何も食べず、水の一滴も取っていなければ一睡もしておらず、ぐったりしているユリィにグライスは慎重な足取りで近づく。
接近すれば得意の弓矢は使えない。近づいても地面に転がったままの短槍に手を伸ばす素振りもない。さらに近づいても腰の短剣を抜き放つ動作を取らないユリィを、
「がっ」
グライスは蹴り飛ばす。
無様に横たわったまま起き上がろうとしないユリィに、グライスは馬乗りになると剣を脇に置き、空いた手でユリィの片手をつかんでその手首を縄で縛ると、もう一方の手もつかんで手首を縛っていく。
両手を縛ってユリィを拘束したグライスは、その腰に手を伸ばして短剣を奪い取る。
ユリィの武器と自由を奪ったグライスは、脇に置いた剣を手にしながら立ち上がり、
「よし、行くぞ。立て」
二人の捕虜にそう命じるが、命じられた方は何の反応を見せない。
元々、サリアは体調が悪く、今のユリィは弱り切っているのはグライスもわかっているが、
「痛い目にあいたくないなら、立って歩けっ!」
怒鳴られ、脅され、ユリィとサリアはふらっふらっと立ち上がる。
グライス一人では、ユリィとサリアを運ぶことなどできない。捕虜の体調がどうあれ、自らの足で歩かせるしかないのだ。
二人は弱々しい足取りでまず合流し、次いで洞穴の外へ、グライスの前を歩き出した直後、
「…………」
ユリィが小声で何かつぶやいたようだが、人でないグライスの耳でも聞き取ることができなかったが、ユリィが何をするつもりなのかはすぐにわかった。
「なっ! キサマッ!」
目の前、ユリィの背後に出現した数十本の剣に驚き、その意図がわかった時には、もう遅い。
「ぐっ……」
狭い洞穴の中、逃げる術もなく、グライスの全身は逆転の一手に刺し貫かれ、ズタズタに斬り裂かれた死体に戻る。
ユリィのスキルに執着心を断たれて。