これは何かないとおかしい
その小さな足跡を追うように進むと、一挙にウィルらの道程は順調なものとなった。
それまでひっきり無しに襲いかかって来た魔獣は姿を見せなくなった。時折、足を止めて方角を確認するユリィも、進路変更の必要性を感じなかったが、
「このまま進んでも大丈夫なのかなあ」
ルウはしきりに首をひねる。
別段、ユリィの方向感覚に疑念を抱き、誤った方に行っていると思っているわけではない。また、この先に自分たちを陥れるための罠があると危惧しているわけでもない。
魔獣が避けて通るどころか、一時的に近寄るのも忌避する存在。形として、ウィルたちはその後を追っている。
それが如何なる存在か判然としないが、君子、危うきに近づかず。危険かも知れない存在にこちらから近づくことへの懸念はわからなくはないのだが、
「すまない、ルウ姉。正直、目印となるものがないと、きちんと進める自信がない」
ユリィのレンジャーとしての技能は決して低くないが、この場所の難度があまりに高すぎる。
ルウがいくら魔獣を追い払おうと、正しく進めねばいずれそれにも限界が生じる。得たいの知れぬ危険を避けるのであれば、諦めて引き返すしかなくなる。
「やはり、引き返しましょう。元から無理な話だったんです。それに、何をどう述べたところで、私が魔獣神に祈ったのは事実なんですから」
「ただ、祈ったから、地母神にそれが届いていたわけじゃないだろ。きちんと信仰してきたからこそ、地母神に祈りが届くようになった。なのに、魔獣神には、信仰のしの字もなく祈りが届いたんだ。これは何かないとおかしい」
もしくは、何かなければセラは神官としても御使いとしても終わることになるから、ウィルは大いに迷い、ためらう本人を強引に引っ張っているのだ。
セラが魔獣神に祈らねば、ウィルたちは全滅していた。何よりも仲間である以上、彼女の抱えることになった問題を放置できるものではない。
セラの苦悩の表情と、それを心配するウィルとユリィの態度を見る限り、ルウとしては腹をくくるしかなく、避けるべきという直感を無視して進むことにした。
引き続き、小さな足跡を追って進む一行は、数え切れぬ魔獣の棲息地を不自然なまでに何事もなく歩む。
夜明けと共に魔獣の棲息地に踏み込み、早い段階で例の足跡を見つけて、最短距離をロスなく進めるようになったからだろう。日がどっぷりと暮れた頃には、遠くに灯りが見えるようになった。
無論、このような場所で灯りを用いているのは、フォケナスらのみ。教会に灯るそれが見える位置は、すでに魔獣神の結界の中。
「セラ。キツイだろうが、もう少しだ」
ここまでの強行軍で両足がガクガクと震え、拾った棒切れを杖代わりにせねば歩くどころか、立っているのもままならないセラを、ウィルは励ます。
返事をするのも辛いセラは、ウィルの励ましに弱々しくうなずくのが精一杯。
ウィル、ユリィ、ルウは思わず顔を見合わせる。
教会まで後少しとはいえ、セラはもう限界も限界。ここで小休止しておくべきかと三人が迷った矢先、不意に四人を白い光が包む。
その白い光は四人の疲労をキレイに消し去り、
「礼はいらないよ。何しろ、ボクはカミサマだからね。困っている人間を助けるのは当然のことさ。もちろん、人間の願いを叶えるのもボクの領分だから、遠慮なく祈って、御業を求めてもいいよ」