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最 終 章

最 終 章



すっかり酒も抜け、元に戻ったカインが、今まで放置し続けた

山ほど貯まった仕事を片付けていた。

そこへエドワードが訪れた。


「カイン様、公爵家エドワード様がお見えです」


執事がエドワードを書斎に通した。

執事の声にカインは胸に衝撃を感じた。

エドワードが部屋に入ると同時に、カインが立ち上がった。


「エドワード公・・・・」


真剣な面持ちでエドワードがカインに近づいた。


「先日は、大変ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」


カインが机に頭がつくほど、深々とお辞儀をして言った。


「いや、気になさらないで頭を上げてください」


いつまでも頭を下げるカインにエドワードが優しく言った。


「それよりも、お話があります」


二人は椅子に座った。

エドワードは少し眉間にしわを寄せ、テーブルを見つめていた。

そんなエドワードを見てカインが先に言葉を発した。


「アンジェシカは・・・・見つかりましたか?・・・」


その問いにエドワードはカインを見つめて言った。


「はい・・・」


カインは安堵の顔を浮かべた。

しかし、次に発せられたエドワードの言葉に驚愕した。


「カイン候、暫くアンジェシカに会うのを控えていただきたい」


「!!」


カインは思わず言葉に詰まった。


「あ・・・会うなと申されるのですか?」


カインは身を乗り出すように聞いた。


「ええ。その通りです。アンジェシカは今・・・

彼女の希望で私の屋敷に滞在しています。

無論、カイン候にお会いしない事も彼女の意思です」


カインは愕然とした。


「何故ですか・・・私は何か彼女を傷つけていたのか・・・」


カインは一生懸命、自分の記憶を辿った。

しかし、その記憶には・・・・・決して彼女を傷つけたりしたカインは居なかった。


「カイン候、今はお辛いかもしれませんが

アンジェシカをまだ、心から愛しているのであれば

黙って彼女を見守ってあげなさい」


エドワードも辛そうに言った。


「彼女が選んだ道が例え、貴方にとって辛いものでも・・・

心から愛しているのならば彼女の幸せを願ってあげましょう」


そんなエドワードの姿を見てカインは決意した。


「わかりました。エドワード公の言葉に従いましょう」


カインとエドワードは握手を交わした。

二人の色々な想いを込めてガッチリと握手を交わした。

そうしてエドワードは侯爵家を後にした。

屋敷に戻ったエドワードはアンの部屋を訪れた。


「コンコン」


ドアをそっとノックした。


「アンジェシカ、起きているかな?」


部屋の中からいつものアンの声が聞こえた。


「はい。起きておりますよ」


エドワードは静かに扉を開けた。

光指す窓辺にたたずむアンの姿が目に入った。


「体調はどうですか?」


ゆっくりとアンに近寄った。


「おかげ様で、何も問題もなく良好ですわ」


ニッコリ微笑みながら言うアンの笑顔がエドワードの心を締め付けた。

愛しいアンを目の前に、エドワードは理性を保ち続けた。

エドワードにとってそれはとても苦しかったが、

もう二度と同じ過ちは犯したくなかった。


「そうか、それは良かった

この屋敷は、君の我が家だと思って自由に使ってくれたまえ」


エドワードは自分の気持ちを押し殺して平静を装って紳士的に振舞った。


「君が居たいだけ居てよいのだからね」


優しく微笑んで部屋を去った。

アンは部屋を去るエドワードに感謝の意味を込めて一礼した。

昼下がりアンの部屋にアリスが遊びに来た。


「アン、私よアリスよ。入るわね」


アリスがアンの部屋に入ってきた。


「アリス・・・色々とごめんなさいね」


アンはアリスの顔を見るなり言った。

アリスはニッコリと笑ってアンの手を握り締めた。


「何言ってるの!私たち友達でしょ

アン、一人で悩んでないで前みたいに私に相談してね」


アンはアリスの手を握り返し微笑んだ。


「アリス・・・ありがとう・・・」


二人は午後のティータイムにすることにした。

紅茶を飲みながらアンが思いだしたかのように突然言った。


「あっ!アリス・・・アンドリュー公は・・・?」


アリスは少し悲しげな目で言った。


「昨年・・・他界したわ・・・・・」


アンの胸に何かが突き刺さった。


「そう・・・・だったの・・・・・」


アンは自分の愚かさをもっと感じた。


「アリス、本当にごめんね。私、自分のことばかりで何も気がつかないで

アリスにもエドワード公にも・・・

迷惑ばかりかけて貴方たちの気持ちも全然考えないで・・・」


アンは涙を流して言った。


「アン・・・泣かないで・・・

父の余命が少ないことは皆わかっていたことよ

貴方が気に病むことないわ」


アリスはそっとアンの涙を拭って言った。


「アン、明日は二人で出かけましょう!」


アリスがアンの気持ちを切り替える為に言った。


「少しずつ、産まれてくる赤ちゃんの為に

用意することもあるだろうし、二人でお買い物に行きましょう」

アリスはニッコリ笑って言った。


アンはお腹を見つめながら頷いた。

次の日、二人は町へ出かけた。


「見て!見て!アン、これ可愛いわ!」


赤ちゃんの小さい靴下を手に持ってアリスが言った。


「本当、とっても可愛いわ」


アンも微笑んで靴下を手に持った。

アンとアリスは長い時間、買い物を楽しんだ。

たくさんの赤ちゃんの物を買い終わった二人が店を出た時

一台の馬車が目の前に止まった。

馬車の扉が開き、馬車から降りてきた人物は・・・アンの父トレットだった。

アンは驚いてその場から動けなかった。

アンに気がついた父が静かにアンの目の前に立った。

アンは母のような態度をされるのかと怯えた様子だった。

トレットは何も言わずアンを抱き締めた。


「アンジェシカ・・・・」


父はアンを抱き締めながら涙した。

アンは父の態度に驚いていた。

ずっと何の連絡もしないでいたアンは、絶対父に怒られると思っていた。

それなのに父はアンを抱き締め涙している。


「お父様・・・・ごめんなさい」


アンがポツリと呟いた。

父は肩を震わせながら言った。


「アン・・・無事で良かった・・よく帰ってきてくれたね」


優しく父が言った時・・・・・

アンは親からの呪縛を解かれた気がした。

そしてアンは声をあげて父の胸で泣いた。


「お父様!!・・・・・・」


二人は暫く抱き合って泣いた。

その姿を見たアリスも涙した。

それからアンとアリスは、父の馬車に乗り静かな場所で話しをするこにした。

馬車に揺られながら、父はアリスの手をずっと握りしめていた。

外はすっかり暖かく、三人は湖のほとりにやってきた。

馬車から降りたアンが懐かしそうに湖を見つめた。


「懐かしいわ・・・アリスと出会った時のことを思いだすわ」


アンは両手を広げ深呼吸しながら言った。

それから心配そうに見つめる父に近寄った。


「お父様、親不孝で愚かな娘をお許しください」


父をじっと見つめアンが言った。


「何を言っているんだアン。お前は何も悪くないんだよ

悪いのは私たちの方だ・・・」


こんな父の姿は今まで見たことがなかった。


「カトリーナを抑えきれずにお前に辛い思いをさせた父を・・・許してくれるか?」


アンは父の思いを全身で受け止めた。


「お父様・・・ありがとう・・・・・」


アンはまた泣き出した。

一番身近な人に自分の気持ちを理解してもらえたことを、アンは心の底から感動して泣いた。

ずっとアンの奥底にアンを縛り付けていた鎖がまた一つ・・・外れた・・・・・

しかし、アンは自分の屋敷には戻ろうとは思わなかった。

父はアンを理解してくれてるが、貪欲な母は絶対に自分を許してくれないだろうと思い

アンは父に、このまま公爵家で暫く滞在させてもらうことを話した。

父は快く承諾した。実は父は、カインから手紙を受け取っていた。

それはアンの行方を教えてくれた手紙だった。

その内容はこうだった。


『 トレット伯、まずは貴方との約束を果たせないことをお許しください・・・・

アンジェシカは今、訳あってエドワード公の屋敷に滞在しております。

トレット伯には、彼女の所在だけでも知らせたく、お手紙をお書きしました。

今は、トレット伯との約束を果たせないでいますが・・・

私は、貴方に誓った誓いは決して忘れてはいません。

時間はかかるかもしれませんが・・・

必ずアンを幸せにすることをお約束します。

例えそれが、一緒になることができなくても私は彼女を一生愛し続け

どんな形であろうと守って行く所存です 』


手紙を読んだ父はすぐ公爵家に訪問した。

アンは丁度アリスと買い物に出かけていた。

エドワードはそのことをトレットに教えると共に、アンの体のことも話した。


「トレット伯、アンは今、妹と町まで買い物に出かけております」


「そうか・・・・」


少し残念そうにするトレット。

エドワードはトレットを屋敷の中に招きいれ落ち着く場所で話した。


「トレット伯、大事なお話があります」


トレットは黙って話を聞いた。


「アンジェシカは今、身篭っています」


トレットは驚いて聞きなおした。


「何だって?!」


エドワードは冷静に話した。


「驚かれるのは無理もございません。私も、アンに再会した時は驚きました

そして、帰ってくる時も、私は彼女に驚かされました」


エドワードは一口紅茶を飲んでから話した。


「トレット伯もご存知の通り、彼女はカイン候を慕っておりました

だから・・・私も・・・・自分の胸の内に彼女への愛を閉まいました」


トレットは真剣な面持ちでエドワードの話しに聞き入った。

エドワードは、今までにアンの身に起きた出来事をすべて話した。

自ら川に身を投げたこと、記憶失くし遠い村で生活をしていたこと

アンナのせいで生死をさ迷ったこと・・・・・

その後、一度は故郷に戻って来ており、カインの元で少し滞在していたこと

それからまた、彼女がカインの元から姿を消したこと

カインの代わりに自分がアンを迎えに行ったことなど・・・・

たくさんのアンの身に起こった出来事を聞いたトレットはいつしか涙を流していた。


「な・・・・なんと言うことだ・・・・・」


トレットは手で顔を覆った。

トレットの心は悲痛な思いで張り裂けそうだった。

親として娘に何一つしてやれないばかりか、

娘が苦しんでいる時に助けてやることさえできなかった。

トレットは深く、深く、後悔し、涙を流し続けた。

エドワードはトレットの想いをひしひしと感じた。


「トレット伯、アンジェシカのことを私に託してはもらえませんか?」


トレットは驚いて顔を上げた。


「エドワード公・・・それは一体どういうことですか?・・・」


エドワードは落ち着いた態度で答えた。


「トレット伯、今回アンを連れ帰った時

ここに滞在したいと申し出たのはアンの意思なのです」


その言葉を聞いたトレットはもっと驚いた。


「アンが・・・?何故だ・・・・何故カイン候の元に戻らないのだ?・・・」


トレットは混乱した。


「私も彼女の口から直接聞いた訳ではありませんが

おそらく・・・産まれてくる子供の父親は、カイン候だと思います。

しかし、彼女は決してその事をカイン候には話すなと口止めしてきました。

きっと、彼女には何か考えがあるのだと・・・私は黙って承諾しました」


エドワードは複雑な想いを抑えるように自分の手を握りしめ言った。

混乱しながらもトレットはエドワードの気持ちを察していた。


「そうですか・・・エドワード公・・・

貴方には何と言っていいかわからなくらい、多大なご迷惑をおかけしている・・・

貴方にも大変な苦しみを与え続けていることを娘に代わって謝罪したい・・・・・」


トレットが頭を下げ言った。


「トレット伯、お止めください」


エドワードがそっとトレットの肩に手を当てて言った。


「元は・・・私の浅はかな行動が彼女を追い詰め

この様な辛い苦労を彼女にかけてしまったのです。

こんなことくらい・・・少しでも罪滅ぼしになるのであれば・・」


エドワードは少し言葉を詰まらせた。


「エドワード公・・・・・」


トレットはもっと胸が苦しくなった。

そんなトレットの様子を見てエドワードが言った。


「トレット伯、今はアンジェシカの為に

彼女の好きなようにさせてあげませんか?」


エドワードの瞳はトレットに何かを訴えかけた。


「エドワード公、わかりました。

貴方には大変なご苦労をおかけするかもしれないが

アンの事を一任したい・・・どうかよろしくお願いします」


しっかりと、トレットと交わした握手がエドワードを支えた。

エドワードからすべての話を聞いたトレットは

町に赴き、アンを見つけ再会したのだった。

父もまたアンに再会し、これから先、娘のために今までの罪滅ぼしのため

少しでも彼女の気持ちを理解してあげようと心に誓った。

例え、どんな道を彼女が選んだとしても、

自分が生きている限り、見守り手助けしていってあげようと・・・・


アリスとアンは二人で産まれてくる子供のために

色々と用意しながら和やかに日々、大きくなるお腹を見つめ平凡に生活を送っていた。

エドワードはアンの体を気遣って、あえて何も言わなかったが

アンの事で日々悩み続けていた。

あの時、アンに言われ屋敷に置いてあげたものの

自分の気持ちを抑え、いつまで理性が続くのか・・・・

それに、産まれてくる子供の為にこのままではいけないと・・・・

これから先どうすればいいのか悩み続けた。

アンは公爵家に来てから、ゆっくりと穏やかな生活を送れて幸せを感じつつも

多大な迷惑を公爵家にかけていることを申し訳ないと・・・・日々感じていた。

アンもまた、この先の自分の進むべき道を悩んでいた。

季節はすでに春を迎え終わり、もうすぐ夏を迎えようとしていた。

外はあたり一面、緑と色とりどりの花が咲いていた。

アンのお腹は誰が見てもはっきりと判るくらい大きく膨らんでいた。


「アン、邪魔するよ」


アンの部屋にエドワードが入ってきた。


「あ、はい、どうぞ」


アンは椅子に座り、産まれてくる子供の為に洋服を縫っていた。

エドワードが片手を後ろに隠しアンに近づいた。

アンの目の前に来たエドワードが突然、後ろに隠していた手をアンの前に差し出した。


「まぁ!何て綺麗!」


エドワードは隠していた手に、色とりどりの花の束を持っていた。

アンは縫い物を膝に置き、エドワードから花束を受け取った。

微笑みながら花束を見つめ、そっと香を嗅いだ。


「ん〜、何ていい香りなのかしら」


そう言ってエドワードを見上げた。


「私の為にわざわざ摘んでくださったのですか?」


「そうですよ・・・」


少し恥ずかしそうにエドワードが言った。


「有難うございます!」


アンはニッコリ微笑んで言った。

エドワードは嬉しそうにアンの隣に座った。


「アン、私は君の笑顔を見ているだけで幸福な気分になれるよ」


ポツリと言われた言葉がアンの胸に響いた。


「公爵様・・・・・」


アンはエドワードのグリーンの瞳を見つめた。

温かい眼差しでエドワードもアンを見つめた。


「アン、もう一つプレゼントがあるんだ」


そう言ってエドワードは執事を呼んだ。

執事と召使い数人が重そうに大きな、大きな、包みを運んできた。


「え?公爵様・・・・これは・・・・・」


アンは驚いて立ち上がった。


「そこに置いてくれたまえ」


エドワードは窓際にプレゼントを置かせ下がらせた。


「ご苦労。下がっていいぞ」


エドワードは立ち上がりプレゼントの方に近寄った。

そして、とっても優しい表情と声で言った。


「アンジェシカ、こちらにおいで」


エドワードの優しい微笑みに導かれるようにアンは近づいた。

エドワードは大きな包みを開た。

包みの中から現れたのは・・・・・

真っ白の木材でできたベビーベットだった。

アンは驚いた顔でエドワードを見つめた。


「公・・・爵様・・・・」


アンは感激のあまりに涙を浮かべた。


「私からのささやかなプレゼントだ」


エドワードの微笑みはアンを包み込んだ。

アンは堪らずにエドワードに抱きついて涙を流した。


「公爵様・・・有難うございます・・・」


声を震わせながらアンは言った。

抱きつかれたエドワードの心が激しく揺れ動いた。

自分の拳をぐっと握り締め自分を抑え、

それからゆっくりとアンを抱き締めた。


「君は何も心配しなくていいんだよ

アンジェシカ・・・私はずっと考えていたのだ・・・」


アンを優しく抱き締めたままエドワードが囁くように言った。


「アンジェシカ・・・・君が望むのなら・・・私は・・・・

私は・・・すべてを受け止め

産まれてくる子供の父親になってもかまわないつもりだよ・・・」


アンがエドワードの言葉を聞いて硬直したのを感じだ。

エドワードはそんなアンの為に、すっとアンを自分から離して言った。


「アンジェシカ、私は真剣に考えている

決して無理強いするつもりはないんだよ

君が好きなように・・・自由に決めることだ」


優しいエドワードの瞳がアンを見続けた。


「ただ、これだけは覚えておいて欲しい

私は君のためだけに存在することを・・・・忘れないでくれ・・・」


そのエドワードの言葉はアンの胸にすごい衝撃を与えた。

エドワードの言葉は、深い意味を含んでいたのがアンにはわかった。

エドワードは静かに部屋を去った。

アンは貰ったベビーベットを見つめ続けた。


「私は・・誰の為に存在するのだろう・・・」


ふと頭に浮かんだ。


「存在する意味・・・・」


人は必ず何かの為に存在してるいのではないのだろうか・・・

それは・・・・・

親の為、兄弟姉妹たちの為、子供の為、他人の為、

そして・・・・愛する人の為・・・・

色々な意味で人は存在し続けるのではないだろうか・・・?

エドワードの言葉がアンの頭に鳴り響き続けた。

アンは深く考え込んだ・・・・・・・・

自分の存在意味や、これからの進むべき道を・・・・・


その頃、カインは溜まり続けていた仕事をやっと片付け終わっていた。

エドワードからアンの話を聞いてから、もう二ヶ月が経とうとしていた。

カインはアンの事を毎日考えながらも

自分を必死に抑えるように仕事に没頭し続けていた。

お陰で仕事は思ったより早くに片付いた。

カインは毎日、葛藤の日々を送っていた。


「公爵との約束を破る訳にはいかない・・・

しかし・・・・アンジェシカ・・・今・・君は何をしているんだ・・・

何を思って日々過ごしているんだ・・・」


そんな気持ちがカインの体中を駆け巡る。

カインは屋敷にいることさえできなくなり外へ出ることにした。

強い日差しが夏の訪れを告げていた。


「すっかり夏になってきたな・・・・」


ポツリと独り言を言ってカインは馬小屋に行き、愛馬にまたがり

夏の青空広がる外へ飛び出した。

必死に自分の気持ちを抑えようとするカインは夢中で馬を走らせ続けた。


「ヒヒーン!」


手綱を強く引き止まった場所は・・・・

自分でも無意識のうちに公爵家が見える丘の上に辿り着いていた。

カインは馬に乗ったまま、遠くに見える公爵家を見つめていた。

色々な想いを胸に・・・・呆然と見つめ続けていた。

その頃、アリスとアンがテラスに出てお茶を飲んでいた。


「アン、ちょっと聞いてもいいかしら?」


アリスが紅茶を片手に言った。


「ん?何かしら?」


アンは持っているカップを置いて言った。


「やっぱり、日ごと大きくなるお腹は重いのかしら?」


アンは突然の唐突な質問に少し驚いた。


「あはは、アリス突然何を言うかと思ったら」


アンは明るく笑った。


「え?だって・・・自分も子供ができたらって考えてたら・・・

アンのその大きなお腹見ているうちに思ったのよ・・・」


少し頬を赤らめてアリスが言った。


「ふふふ、おかしなアリス」


クスクスと笑って言った。


「やっぱりこれだけ大きくなると重さを感じるわね」


お腹をさすりながらアンが言った。


「そう・・・やっぱりそうよね・・・」


二人は顔を見つめ合ってクスクス笑った。

アンがふと景色を眺めた。


「もう・・・・夏ですね」


少し切ない瞳は、真っ青な空を見つめていた。


「そうね、暖かさが暑さに変わってきたわね」


アリスも景色を眺めて言った。

アンが遠くを見つめていると・・・・・遠くにキラリと光るものが目に入った。


「ん?何かしら・・・・・」


その光る方向に目を凝らして見たアン。

その光るものが何かわかった瞬間・・・・・・

アンは例えようのない衝撃を感じた。


「ガタタン!」


アンはいきなり立ち上がり椅子を倒してしまった。

その様子にアリスは驚いた。


「アン!どうしたの?」


アンが遠くを見つめる方向にアリスも目をやった。

アリスの瞳にもアンが見ている光景が目に入った。


「!」


慌ててアンの様子を見るアリス。

アンは口に手を当て、

まるで叫びそうになる声を抑えるかのように

目を見開いたまま固まった。

その様子を見ていたアリスがそっと言った。


「アン・・・貴方・・・・」


アリスの声にアンが我を取り戻した。

アンは無言で大きなお腹を抱え部屋の中に戻った。

アンが見たものは、丘の上で馬に乗ったカインの姿だった。

カインは暫く屋敷を見つめた後、静かに去っていった。

アリスは二人の姿を見て胸を痛めた。

溢れそうになる涙を抑えアンの元へ向かった。


「アン・・・私ずっと、沈黙を続けていたけど・・・・もう、我慢できないわ!!」


アリスがアンの後ろから近づき言った。

アンはエドワードから貰った、花瓶に入った花を見つめていた。


「何故?何故なの?アン

貴方は何故、愛する人の元へ行かないの?」


黙り続けるアンに問い続けた。


「アン・・・そのお腹の子供は・・・・カイン候の子供なんでしょ?」


アリスは抑え続けた気持ちを我慢できず

アンに言ってしまった。

アンは小刻みに肩を震わせながら、ゆっくりと口を開いた。


「アリス・・・・そうよ・・・この子は彼の子・・・」


アンはお腹を見つめ手を当てた。

ゆっくりとアリスの方を向いたアンが言った。


「アリス、私・・・もう彼のところには戻れない・・・・・」


「何故なの!!」


アリスが少し声を荒げて言った。


「私は愚かな人間です。例えどんな理由があろうと

愛する人を裏切るように捨ててしまった・・・

今更・・・戻ることなどできない・・・・」


アンが涙を流しながら言った。


「アン!何を言ってるの!!」


アリスが怒った。


「綺麗な人間なんてどこにもいないわ!

人は皆、何かしら罪を持って生きているものよ!

いい加減目を覚ましなさい!!」


アンはアリスの態度に驚いた。


「アリス・・・私ね、ジェイドさん所に行くと決めた時、決意したの・・・・

愛する人を捨てるからにはもう二度と・・・・彼の元へは戻らないと・・・

戻ることさえ許されないわ・・・・・」


アリスが少し落ち着いて言った。


「アン、カイン候は貴方のすべてを愛しておられるのよ

もしも、カイン候がどんな罪を持っていたとしても・・・

アン、貴方ならそのすべてを含め、愛することができるんじゃなくて?」


アリスの言葉にアンが反応するように目を見開いてアリスを見つめた。


「・・・・・・・・」


アンはそのまま沈黙していた。


「アン、人を本当に愛するってそういうことなのよ・・・」


アンは初めて人を愛するという意味を解った気がした。

アリスは優しくアンを抱き締めた。


「アン、自分の気持ちに正直になりなさい

もう誰も、あなたを咎めたりしないわ

彼を失ってから気づくのでは遅すぎるのよ?」


アリスのすべての言葉がアンの心に響きわたった。


「これから産まれ来る子供のためにも・・・

まずは貴方が幸せではなくては

産まれてきた子供も幸せになれないのよ」


アンは泣き崩れた・・・・

本当に人を愛するという意味を理解し、

今まで抑え続けた自分の気持ちと意思そのすべてが溢れでた。


「私・・・私・・・彼を愛しているわ・・・

彼を忘れたことなど・・・一時たりともなかったわ・・・・・」


声を上げ、泣きながらアンは叫ぶように言った。

アリスもアンと共に涙した。


「アン・・・もう自分を解き放って・・・

貴方を束縛するものは・・・もう何もないのよ・・・」


アリスの最後の言葉でアンの奥底にある

すべての鎖が音を立てて砕かれた。


「うわぁ〜ん」


まるで子供みたいにアンは泣き続けた。

アンを束縛し続けた目に見えないものが

どれだけアンに苦痛を与え続けたことか・・・・

若干18歳という少女に・・・・・


まだ何も知らぬ少女には重過ぎる現実、あらゆる試練を乗り越え


彼女は真実の愛を知り


今この瞬間・・・・少女から・・・大人へと・・・成長して行った・・・


月が満ちた夜のこと、

食事を終えたアンがエドワードの部屋を訪れた。


「コンコン」


静かにエドワードの部屋に入るアン。

アンの訪問にエドワードは少し驚いた。


「アン・・・どうしたんですか?」


少し慌てた様子でアンに近づくエドワード。


「公爵様、お話があって参りました」


エドワードを見つめるアンの顔はどこか大人ぽく感じられた。


「ん?なんでしょうか?」


エドワードはいつも通り接した。


「数日前、公爵様がおっしゃられた言葉を

私はずっと胸に秘め、考え続けておりました」


少しうつむきながらアンが言った。


「私・・・・・本当に人を愛するということを理解しておりませんでした」


突然のアンの言葉にエドワードは驚いて言葉を失っていた。


「公爵様、今まで本当に言葉では言い尽くせないくらい

貴方様には良くして頂きました」


改まってアンが言った。


「私、これから先の進むべき道を見つけました」


顔を上げ、力強い瞳でエドワードを見つめるアン。

その瞳は一片の曇りもなく真っ直ぐ何かを見ていた。


「公爵様、こんな私を心の底から愛して頂いたことは・・・

私は、生涯心に刻み込み、決して忘れません」


エドワードの心に衝撃が走った。


「アンジェシカ・・・・」


今まで理性で生きてきたようなエドワードが心のままに言った。


「アンジェシカ、君の気持ちは良く解りました

カイン候の元へ行かれるのですね?」


静かにアンは頷いた。

その姿を見てエドワードは自分の理性を抑えるのを止めた。


「アンジェシカ、一つだけ・・・

最後に・・・たった一つだけ頼みがある」


アンは少し驚いたが、今までの献身的なエドワードの姿勢に

感謝の意を込めて答えることにした。


「今宵は満月。この満ちてる月の元・・・一時だけ・・・

一時だけでいいのだ・・・私を愛してくれないか・・・・」


アンはその言葉を驚きながらも優しく受け入れた。


「はい、公爵様・・・」


エドワードはゆっくりとアンの手を取った。


「アンジェシカ、心の底から君を愛している」


アンは一時もエドワードから目を離さなかった。

エドワードはそっとアンの顔に手を当てた。

優しさと愛しさが満ちてるグリーンの瞳が彼の心を映していた。

エドワードは心のままに・・・・

真っ直ぐと自分を見つめるアンに優しく、優しく、口付けをした・・・・・

アンに口付けをしたエドワードの心が・・・ここで初めて解き放たれた・・・・・

過去の自分の罪を色々な形で消そうとしていたエドワード。

しかし、何をしてもその罪は消えることはなかった。

だが・・・・たった一夜のこの出来事が

エドワードの罪を一瞬にして消し去ったのだった。


「アンジェシカ・・・ありがとう・・・」


エドワードはそっとアンを抱き締め、肩を震わせて涙を流した。

アンはエドワードのすべてを受け止め優しく抱き返しえた。

エドワードの心が、まるで月のように満ち足りた瞬間だった。

アンにとってエドワードとの口付けは別れの意味でもあった。

アンは静かにエドワードから離れ、一礼をして部屋を去った。

エドワードは椅子にもたれ

悲しい気持ちでもあったが、どこか満ち足りた気分でもあった。

それは自分の気持ちを愛する人に理解してもらったからだった。

エドワードはこれからもアンを愛し続け

自分なりに彼女を支え見守って行こうと決意した。

部屋を去ったアンも何故か満ち足りていた。


過去を思い出しながら・・・・・


やっとエドワードに何かを返せた気持ちで一杯だった。

すべての足かせが取れたアンは

晴れ晴れとした気持ちで朝を迎えた。

気持ちよく目覚めたアンは朝食を取ってから

今一度、自分の気持ちを探るように

思い出の場所へと出かけた。

そこは・・・・カインが連れてきてくれた思い出の場所。


「何一つ変わってないのね・・・・・」


ポツリと呟いた。

緑に囲まれ、綺麗な川が流れるこの場所は

アンにとって、色んな想いがこもった場所だった。

アンは川のほとりに座り、静かに川を見つめ物思いにふけった。


「ここは生涯、私の思い出の場所だわ」


クスっとアンは笑って言った。

この場所でカインに告白され、アンもカインを心から愛していると気づいた場所。

その後、自分自ら命を捨てよとした場所。

甘い思い出、辛い思い出・・・・・・

この場所はアンにとって特別な場所だった。

たくさんの試練を乗り越え、大人と成長したアンは今は少し

恥ずかしいような思い出に変わっていた。

アンがそんな事を考えていると、ふっと手に何かが止まった。

それは、一匹の蛍だった。


「まぁ、もう蛍がいるのね」


ほのかに光を放って蛍は飛び立った。

飛んで行く蛍を目で追ったアン・・・・・

蛍が飛んで行った場所にアンの心臓を止める程の光景が目に映った。


「!」


蛍が飛んで行った場所には・・・・夏の日差しの中、キラキラと金の髪を光らせ

何一つ変わらない真っ青なブルーの瞳のカインがたたずんでいた。

カインだと認識した瞬間、まるでアンの時間が止まったようにアンは動かなくなった。

静寂の中、川の音だけが光り溢れる豊かな森に響き渡る。

二人の時は長い時間止まった。

そんな時、カインの頭の中にエドワードの声が聞こえた。


「貴方にお会いしないのはアンの意思です」


カインは我に返り、無言で振り返りその場を去ろうとした。

カインの去る後姿を見たアンの時間が動き出した。


「カイン!!」


愛しいアンの声がカインの足を止めた。


「待ってください!」


アンはお腹を押さえながら小走りで近寄った。

カインは振り向き、お腹を押さえているアンを見て驚いた。


「アンジェシカ・・・・!!」


慌ててアンに近寄るカイン。


「待ってください・・・お話が・・お話があるんです」


少し動揺しながらアンが言った。

カインはアンのお腹を見つめていた。


「どういうことなんだ・・・・・」


カインが不安そうな顔をした。


「カインさん・・・・どこから・・・どうお話したらよいのか・・・」


カインはとりあえずアンを座らせた。


「まずは落ち着いて・・・体に障ったら困る」


アンを座らせてからカインもアンの側にそっと座った。

アンは大きく深呼吸して自分を落ち着かせた。


「私・・・貴方に会いに行こうと思っていたの」


カインはアンの顔を見た。

しかし、アンのお腹を見て混乱気味のカインは言葉が出なかった。


「カインさん、こんな愚かな私を許してくださいますか?」


アンの問いにカインは即答した。


「アンジェシカ、私は君を許さなくてはいけないことなど

何一つないのだが・・・何故そんなことを言う・・・・」


アンの頭にアリスの言葉が浮かんだ。


カイン候は貴方のすべてを愛している。


アリスの言った通りだったわ・・・アンは心で思った。


「カインさん、私は貴方を・・・・心の底から愛しています」


アンは真っ直ぐな瞳で見つめ言った。

カインはブルーの瞳を見開いたまま固まった。

そんなカインの手をそっと掴み、自分の大きなお腹にカインの手を持っていった。

カインは何がどうなっているのか混乱するばかりだった。


「わかりますか?」


カインの手がアンのお腹に触れたとき

まるで赤ちゃんが父親を判っているかのように反応した。


「!!」


カインは驚いた。


「不思議・・・きっとこの子は判っているんですね」


アンがポツリと優しい微笑みを浮かべて言った。

そして、カインの瞳を見つめて言った。


「この子は、カインさん・・・あなたの子供です」


カインの胸に衝撃が走った。


「え?・・・私の?」


アンがニッコリと笑顔で答えた。


「はい。紛れもなく貴方の子供です」


カインは少しずつ自分を取り戻していった。


「アンジェシカ・・・・」


アンを見つめるカインの瞳は、たくさんの想いを浮かべていた。

そして、ゆっくりとアンを抱き寄せた。


「何故・・・・もっと早くに言ってくれなかった」


カインの声が微かに震えていた。


「ごめんなさい・・・」


だが、カインはそれ以上、その事について何も言わなかった。

アンの瞳だけを、じっと見つめカインは今までの想いをぶつける様に・・・・

アンに熱い口付けをした。

カインの唇を感じた時、アンはこれまで以上の至福と安堵を感じた。


「アンジェシカ、今度こそ本当に私と結婚しくれ」


アンは両手を口に当て、声を押し殺しながらボロボロと涙を流し

声を震わせて答えた。


「は・・・い」


「さぁ、帰ろう・・・・・」


カインはそっとアンを立ち上がらせ抱き上げた。

アンを抱きかかえながらカインが言った。


「もう・・・・・二度と・・・・絶対に君を離さないからな・・・」


アンはカインの首にしがみつきながら言った。


「私も・・・・・」


「もう絶対に・・・・貴方から離れないわ・・・」


静寂の森は二人を温かく包み込み優しく見送った。


あれからアンは、カインの屋敷に住み幸せな日々を送りながら

予定より少し早めに出産を迎えた。

カインは一時もアンの側から離れようとしなかった。

ずっとアンの手を握り締め続けた。

出産は少し難産だった。


「ほら!頑張るのよ!」


助産婦がアンを勇気付ける。

アンは精一杯の力を振絞った。

カインもアンの手を強く握り締めながら励まし続けた。


「アン!!頑張ってくれ!!」


何とか無事に赤ちゃんが産まれた。


「おぎゃあー!」


赤ちゃんの産声にカインは感動して涙した。


「アン!よくやった!!」


助産婦が産まれたばかりの赤ちゃんをカインに抱かせた。


「アン!男の子だ!!」


カインが嬉しそうに言った。


我が子を見つめているカインに助産婦が突然言った。


「大変!!まだお腹に赤ちゃんがいるわ!」


アンはまた産気づいた。


「ん〜〜〜!」


カインは何が起きたのかわからず、我が子を抱いたままアンを不安げな顔で見つめた。


「アン!!」


意識が遠のきそうなアンにカインが必死で呼び続けた。

カインの声でアンは意識を失わずに頑張れた。


次の瞬間!


一人目よりも弱い泣き声が聞こえてきた。


「おぎゃー」


二人も産み終えたアンがぐったりしながらも安堵の表情を浮かべ

我が子たちを見つめていた。

助産婦がアンにもう一人の我が子を抱かせた。


「おめでとう!よく頑張ったわ」


にっこりと微笑みながらそっと子供をアンの胸の上に置いた。


「カイン・・・女の子よ」


アンが嬉しそうに言った。

二人はお互いを見つめ、我が子を抱き締めながらこの瞬間を心に刻み込んだ。

先に産まれた男の子はアンに似て薄茶色の髪をしていた。

ゆっくりと瞳を開けると・・・・そこにはカイン似の真っ青なブルーの瞳だった。

後から産まれた女の子は、カインそっくりで金髪の真っ青なブルーの瞳だった。

二人の我が子を見つめてアンが囁いた。


「良かった・・・カイン似の瞳で・・・・」


双子の赤ちゃんを産んだアンは、子供の世話をしながら

日々、母親に成長していった。

カインはアンも子供たちも、全身全霊で愛した。

日々成長する子供たちを見つめ、至福に満ちた笑顔をするアンの顔を見た子供たちが

まるで母親に反応するように笑った。

アンはまた一つ悟った。


「自分が幸せでなければ、子供たちを幸せになんてできないわね」


そう呟いて、二人の我が子にキスをした。


それから一年後・・・・・

侯爵家に続々と貴族たちが集まってきていた。

その人々の中に・・・・アリスやギル エドワード公爵・・・・・

それからアンの両親の姿もあった。

ついに、色々な想いを胸に二人が正式に結ばれる日が訪れた。


「アン!!」


満面の笑みでアンに駆け寄るアリス。


「おめでとう!!」


涙ぐみながらアリスがアンに抱きついた。


「ありがとう・・・」


アンも涙ぐみアリスを抱き締めた。

その後ろから懐かしい顔がアンの目に飛び込んできた。


「ギル!!」


アンはギルにも抱きついた。


「良かったな・・・おめでとう・・・・・」


ギルが抱きつくアンにポツリと呟いた。

アンは静かにうなずいた。

しばらく3人で懐かしんでいると・・・・・ふと、アンを呼ぶ声がしてきた。


「アン・・・・・・」


その声はアンの母親カトリーナであった。

アンは母の姿を見て少し固まった。

その母の姿は昔と全然変わってしまっていた。


「お母様・・・・」


アンが呟いた。

アンと公爵の結婚が破談になって

なおかつアンが行方不明になってから

カトリーナは何が一番大事だったのかを学んだのだった。


「アン・・・あなたには本当に辛い思いをさせたわ・・・・・

親として恥ずべきことを・・・本当にごめんなさいね・・」


母はうつむきながらアンに言った。


「お母様・・・・もうお顔を上げてください」


アンが優しく母の肩に手をやって言った。

カトリーナが見たアンの姿はすっかり大人へと成長していた。

カトリーナはもう何も言えず涙を流した。

その様子を見ていた父トレットが、そっとカトリーナの肩を支えながら

何も言葉を発せず、アンの瞳をじっと見つめてから去った。

父に見つめられたアンは、その父の瞳から十分すぎるほどの気持ちを受け取っていた。


「アンジェシカ、今からそんなに泣いていては式ができなよ」


いつもの様に、からかい気味にカインがアンの後ろから近づき言った。

アンは涙を拭きながらニッコリとカインに微笑んだ。


いよいよ式が始まった。


父トレットにリードされながら式場に入場するアン。

真っ赤な絨毯の上をゆっくりと進むアンの顔は幸せに満ち溢れていた。

父がゆっくりとアンの手をカインに引き渡した。

そして父はカインの瞳を見つめ静かに頷きカインにアンを託した。

カインも父の瞳を見つめ静かに一礼をした。

この瞬間、カインはやっとトレットとの約束を果たせたのだった。

二人の子供たちも召使に抱かれながら両親の姿を見つめていた。

子供たちの顔もまた幸福に満ちた顔をしていた。


「健やかなる時も 病める時も

死が二人を分かつまで愛することを誓いますか?」


神父様の声が神聖な協会に響き渡る。


「はい、誓います」


神聖な空気に包まれた教会の中に二人の誓いが

参列した人々の胸に、記憶に刻まれた・・・・・

指輪の交換が終わり、そして誓いのキス・・・・・

これで二人はやっと本当に結ばれることができた瞬間だった。

今までのアンの過去を知ってる人々は心から祝福し涙を流した。

教会の鐘が町中に響き渡る・・・・

皆に、たくさんの祝福を受けながら教会から出た二人。

アンはアリスにめがけてブーケをふわりと投げた。


「アリス、次はあなたの番よ!」


ニッコリ笑ってアンが言った。

ブーケを受け取ったアリスは嬉しそうに

微笑みながら頷いた。



数々の苦難を乗り越えながら成長したアン。



苦難を乗り越えたからこそ、



今の極上の至福を体中に感じれたのかもしれない・・・



人は皆、何かしらの罪を背負い



そして必死に生きる・・・・



その生は何の理由もなく存在しない・・・・



必ずしも何かの理由によって生きている・・・



きっと・・・貴方も・・・・誰かの為に生きているはず・・・・


                          


                             END


























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