7.魔導刺繍師は向き合いたい
服飾市が終わり、姉妹はソレイア共和国へ帰ることになった。
帰りの馬車には、大量の荷物が積まれていた。
エミリアが購入した生地の見本、染色の資料、刺繍の図案集。そして、現地の職人たちから紹介してもらった新しい材料。
クララの荷物には、お菓子がたくさん入っていた。
「お姉ちゃん、そんなに買ったの?」
「うん。あのお菓子、すごくおいしかったから」
「食べきれる?」
「大丈夫。日持ちするものを選んできたし、エミリアの分もあるよ」
「私の分も?」
「もちろん。一緒に食べようと思って」
エミリアは嬉しそうに笑った。
リゼットとは、これからも手紙を送り合う約束をした。彼女の工房で扱っている織物を、ソレイアへ送ってもらうこともできそうだった。逆に、エミリアの工房で作った魔導刺繍の見本を送ることも考えている。
服飾市で知り合った商人とも、いくつか取引の話がまとまった。今回の視察旅行は、仕事の面でも十分な成果があった。
「お姉ちゃん、今回の旅行、行ってよかったね」
「うん。楽しかったなあ」
「新しい仕入れ先も見つかったし、資料もたくさん集まったし」
「面白い織物も見られたしね」
「リゼットさんともお友達になれたし」
「そうだね。今度は、あの織物を使って何か作ってみたいな」
エミリアは少し驚いたように姉を見た。
「お姉ちゃん、もう次の作品を考えてるの?」
「うん。あの布、魔導刺繍と組み合わせたら面白そうだったから」
「ふふっ。やっぱりお姉ちゃんも、服飾市が楽しかったんだね」
「もちろん」
クララは微笑んだ。
「それに、昔のドレスも見られたし」
エミリアは、少し表情を和らげた。
「うん」
クララは窓の外を眺めた。街道の向こうに、リュネールの街並みが遠ざかっていく。
「まさか、あんなところで昔の作品に会えるとは思わなかったなあ」
「そうだね」
「ちゃんと保存してもらってたのも嬉しかったよ」
クララは少し考えた。
「何だか、不思議な感じだったけどね」
「私も」
エミリアは頷いた。
しばらく、二人は黙っていた。
やがてエミリアが口を開いた。
「ねえ、お姉ちゃん」
「何?」
「昔のことって、嫌な思い出ばっかりだと思ってたんだけど……」
エミリアは少し考えた。
「でも、あのドレスはやっぱり綺麗だったし、リゼットさんみたいに、あれを見て喜んでくれた人もいたんだよね」
「うん」
「何だか、昔のことも、もう少しちゃんと思い出してみてもいいのかなって」
クララは、妹を見た。
あの頃の生活に戻りたいとは思わない。両親を許さなければならないとも思わない。ただ、昔の自分が作ったものまで、嫌いになる必要はない。
それは、今までにも分かっていたつもりだった。
けれど、遠い国の資料館で、自分の作品を大切にしてくれている人々を見て、少し実感が変わった気がした。
「そうだね」
クララは微笑んだ。
「楽しかったことも、あったものね」
「うん」
「まあ、あんなに働くのはもう嫌だけど」
「それは私もだよ」
エミリアは笑った。
「今度は、ちゃんとお休みしながら作ろうね」
「うん。それが一番大事だね」
クララは満足そうに頷いた。
*
数日後、姉妹は無事に工房へ戻った。
エミリアは旅行中に購入した資料を整理し、仕入れ先への手紙を書き始めた。一方、クララは居間の机にお菓子を並べていた。
リュネールで買ってきた果実の焼き菓子に、香草を練り込んだ小さなクッキー。薄い砂糖衣をかけた木の実もある。
クララはどれから食べようかと考え、まず焼き菓子を一つ選んだ。
温かいお茶を淹れ、窓辺の椅子に座る。
「やっぱり、お家もいいなあ」
旅行先の料理もおいしかったけれど、自分の好きな椅子で、好きな時間にお茶を飲むのも幸せだった。
しばらくすると、エミリアが居間へやってきた。
「お姉ちゃん、何食べてるの?」
「リュネールのお菓子。エミリアも食べる?」
「うん、もらおうかな」
エミリアは向かいの椅子に腰掛けた。
「それでね、お姉ちゃん。リゼットさんから手紙が届いてたの」
「もう?」
「うん。来年の服飾市にも、ぜひ来てほしいって」
「へえ。いいね」
クララはお茶を一口飲んだ。
「またあの街に行けるなら、今度は別のお店も回ってみたいな」
「でしょう? それでね、来年は共同で作品を出品しないかって」
「共同制作?」
「うん。あの綺麗な織物を使って、魔導刺繍と組み合わせた衣装を作ってみたいんだって」
クララは少し考えた。
「ああ、それは面白そうだね」
「お姉ちゃんもそう思う?」
「うん。あの布、私も気になってたから」
エミリアは嬉しそうに笑った。
「じゃあ、来年も行こうか」
「そうだね」
「今度は一週間くらい滞在して、ほかの工房も見学して、作品の打ち合わせもして……」
「エミリア」
「何?」
「今度は、何もしない日をもう少し増やそうね」
「ええ?」
「せっかく旅行するんだから、温泉に入って、おいしいものを食べて、のんびり街を歩きたいな」
「それじゃあ、ただの旅行になっちゃうよ」
「うん。だから旅行に行きたいんだよ」
エミリアは、少し考えた。そして、吹き出した。
「もう、お姉ちゃんったら」
クララも笑った。
「でも、仕事の予定もちゃんと入れるよ。リゼットさんとの共同制作も楽しみだし」
「うん」
「その代わり、自由時間もちゃんと作ろうね」
「分かった。今度は予定表に最初から書いておくね」
「何もしない日、って?」
「そう。何もしない日」
エミリアは笑いながら手帳を開いた。
クララは、お菓子をもう一つ摘まんだ。
どうやら、来年も楽しい旅行ができそうだった。そのためには、また少し仕事をしなければならないのだろう。
それも、まあ悪くない。
自分で選んだ仕事をして、好きなものを作って、ときには遠くへ旅行する。そして、疲れたらゆっくり休む。
そんな暮らしを、これからも続けていければいい。
クララは、お茶を一口飲んだ。
窓の外では、穏やかな午後の日差しが、工房の庭を照らしていた。




