表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
8/8

#3-3 令嬢の気持ちと十七歳の気持ち

ああ、もう、きらきらしたドレス、きらきらした調度品、きらきらした‥‥‥…美麗な?私の脳内画像を、添付できたらいいのに…

誰かおひとりでも、楽しんでくださる方がいらっしゃれば、幸いです。暇つぶしでも。

1.

アンフェス帝都アンフェス帝立学園寮。星麗(せいら)居間(セジュール)

 窓からは、少し傾いた陽光が射している。燈子と侑華(ゆうか)も、星麗の希望で席についている。メイドの千代と、良子もドアの向こうで控えているはずだ。

「そうなのね…教えてくれて、ありがとう」

星麗は、繊細な睫毛を伏せていう。優雅に持っていたティーカップを、ソーサーに戻す。涼し気な紺色の絽の着物の袖が、シュルリと、音をたてた。蝶と桔梗や朝顔の花々が、袖の上舞っている。

「まだ、星麗様の取り巻きだとおっしゃった令嬢方が、どなたかは、調べています」

「ムセルゼ男爵令嬢も、苦労なさっているのかしら…彼女のデビュタントの事、私は、気づかなかったわ…燈子、覚えてくれていて、有難う」

燈子は、ちょっと照れた。

「それから、昨日お渡ししそびれてしまったのですが…」

燈子は、アナスタージウスがくれた魔道具を星麗に見せる。

「ん?魔石のようね…」

「はい。着用者が危機に陥った時、前後の周囲の映像を記録してくれるそうです」

星麗の瞳が、見開かれる。

「とあるお方から、星麗様に。呪いなどの類はない事、確認しております。それに、<ヴェヒター(守護者)>も重ねがけされています。」

別段、アナスタージウスを疑っているのではなく、単なる貴族の習慣だ。因みに<ヴェヒター>とは、物理・魔法攻撃からの耐性を上げる魔法だ。

「あら、燈子にあげたいのよ?解ってる?」

言っていないのに、何故わかるのか…

「何を要求されたの?」

星麗は、ちょっとだけ、怒ったような拗ねた様な顔だ。

「ええと…その…卒業パーティーのラストダンスを…」

途端に空気が、桃色に染まる。可愛い、きゃあっという声を、星麗と侑華が挙げて、手を取り合って、激しく喜んでいる。

「いえ、あの…『お別れダンス』ですよ?」

「あら、もちろんよ。皇子様でも、燈子を、あげたりしないわ…燈子が、希望するのでなければ…」

ちょっと心配そうに、星麗が言う。燈子は、首まで赤くなった。正直、星麗の言葉が、嬉しいやら照れるやらである。それから、改めて、ラストダンスを踊る意味、を実感してしまったのだ。

「ああ…アスター殿下のために、黙っていてほしいのですが、か、可愛い仔犬ちゃんです…」

「え?誰が?」

「アスター殿下が。大型犬の仔犬ちゃんにしか、見えないです…ぎり、弟?」

桃色の空気は、一瞬で去った。非常に、残念なものを見るまなざしに、燈子は肩をすくめて、小さくなった。

「私が見ても、アナスタージウス殿下は、美男子よ?華奢にお見えになるけど、ちゃんと鍛えてらっしゃるわよ?性格も、とても良いじゃない。それに、燈子気づいているか知らないけど、あんな素敵な笑顔、あなたにしか見せないわよ?」

「ええ、はぁ…そうですか?」

侑華は、無表情だが、口の中で仔犬と言いながら、多分心の中で爆笑している。

「でも、ふふふ、じゃあ、燈子は、まだ星麗の燈子で、居てくれる?」

悪戯っぽく星麗が笑う。

「勿論です!」

力が入ってしまったが、燈子は咳払いをして、ビロードの箱を開いて、ローテーブルに置いた。星麗は、片方ずつ箱をとって、じっと見ている。

「微量の魔力しか感じないわね。普通の距離で居れば、ちょっと綺麗な魔石のお守りジュエリーね。」

「ええ。効果は、どちらもおなじだそうですので、星麗様に選んでいただこうと。あ、侑華さんのがなくて、ごめんなさいと、殿下が」

「え、いえいえいえ。普通に、なくて当たり前です。」

星麗は、くすっと笑って、躊躇いなく、持っていた箱を、燈子に差し出す。

「こっちがあなたのよ。だって、このアンダリュサイトだと思うけど…魔石、ほら、ブラウンだけど、傾けると若葉色でね、陽光が射した時の、あなたの瞳の色なの。つまり、貴女の瞳そのものだわ…よく見つけたわね。」

星麗も、貴族令嬢である。とても、ほめ上手だと、燈子は思う。鏡にうつる自分の瞳は、宝石に例えるような色ではない。時々、瞳が緑っぽいとは言われるが、茶色だ。

「そうですね。ラピスラズリは、なんとなく星麗様の瞳を思い出します」

そういって、燈子から、ピアスを耳に付けた。

「ん?<ヴィデオ(映像)アウフナーメ(記録)>魔法だけではないですね…触れるのは初めてですが…<オーディオ(音声)アウフナーメ(記録)>魔法も入っているようですね。」

「燈子が言うなら、そうね。」

燈子は、『強力な魔力』は持ち合わせていないが、<マギー・アナリーゼ(魔力解析)>という、結構稀少な魔法が使える。才能はもともと在るといわれたのだが、『暗躍』したくて、陽真を通じて、王宮魔法師に頼み込み、『ガチ必死』で覚えたのは、内緒だ。星麗も、ピアスを耳に付けた。

因みに、帝国では、男女とも、ピアスホールを、三つから四つ、開けている。二つは、飾り用。残りはお守りや魔力制御などのためのアクセサリーをつけるためだ。外した星麗のピアスは、侑華が片づけている。

「映像はどうやって見るの?」

「こちらの箱が、『映写装置』だそうです。」

燈子は、壁に箱を向け、蓋の内側に魔力を流した。

「テスト用だそうですが」

どこかの部屋の、文具が大写しになってから消えた。

「ふふ、万年筆と文鎮。面白いわね」

よくわからないが、星麗は受けたらしい。

「素敵な贈り物をありがとう、と下さった方に、()()()()、よろしくね」

燈子は、こくりと頷いた。

「それと、お母さまには、報せてくれたのかしら」

侑華に視線を向けると、うなづき、小さく折りたたまれた紙を広げ、星麗に渡す。

「お母さまからなのね。戻ったら、時間を取って話しましょうと。そうね、そのころには、私の『取り巻き』だという令嬢方も、判明すると良いのだけれど…。それから、二人には、負担をかけるけれど、ムセルゼ男爵令嬢についても、少し調べて欲しいの。噂程度の情報しか、ないでしょう?」

「そうおっしゃると思い、今、情報を集めております。」

侑華が、返事をしている間、燈子は、じっと星麗を見た。「なぁに?」星麗が、視線に気づいて、首をかしげる。燈子は、なおも躊躇ってから、ブレスレットにふれ、魔力を流した。<アープホアーシュッツ(盗聴防止)バリエーレ(結界)>が発動する。

「その…星麗様は…公爵令嬢星麗でない、十七歳の星麗お嬢様は、第二王子殿下をど、痛っ」

侑華に、足を踏まれた。ヒールである。同じ力でも、圧力は面積に…ともかくすごく痛くて、燈子は涙目になる。

「盗聴防止の問題ではないでしょ」

「良いのよ、侑華。そうね…むしろ、今まで、燈子に、一度も聞かれなかったから。凄く、気を使われてるな、って思ってたわ」

「え…それは、ほめて?」

星麗は、ちょっと笑って、首を横に振る。

「そうね…十七歳の女の子の、気持ち、ね」

星麗は、悪戯っぽく笑い、草履を『ぽいぽい』と脱いだ。驚いている二人の前で、足をソファーにあげて、横座りになる。

「ふう、令嬢はお休み」

にっこりした星麗に、燈子も笑みを返すと、自分も草履を脱いで、ソファーに三角に座る。まあ、着物なので、下着は見えない。ちょっと鼻から息をはいて、侑華もヒールを脱いだ。ドレスなので、足を上げたりはしないが。

「あのね、恋愛感情はないわ。お察しの通り。でも、悪い方だとは思わないし、五歳の頃から知っているのだもの、親愛の情くらいは、在るわよ」

星麗は、言葉を探しながら、持ち前のゆっくりした口調で言う。

「燈子には、話したかしら…初めてお会いしたのは、五歳の時。『子供の茶会』の初参加だったわ。いつもより断然お洒落なドレスに、綺麗な石のついたカチューシャ、子供にしては凝った髪型にしてもらって、ね。初めてだったけれど、珠希も来ると、聞いていたから。緊張はしてたけど、うきうきしてたわ。良く晴れた日で、王宮の桂宮(かつらぐう)だったかしらね。お庭に、沢山芍薬が咲いていたの。お茶の会話もちゃんとできて、お菓子も美味しくて。でも、まだ小さい子供達でしょう?お茶が終わってから、お庭で遊んだの。その時にね、私、転んでしまったの。ドレスに土がついて、ちょっと涙ぐんで落ち込んでいたら、佳永人(かなと)様が、慰めてくれたわ。ドレスの土を払って、それから、小ぶりの芍薬の花を手折って、私の髪に挿して下さったの。ふふ、子供の手で挿したから、すこし髪型は崩れたけれど、とてもうれしかったわ。」

その時の事を思い出しているのか、星麗は、窓の外を見やりながら、目を細める。

「そうねぇ…初恋未満だけれど、小さい子なりに、ときめいたと思うわ。」

振り向いて、二人ににっこりとほほ笑む。

「それに、佳永人様、私が、なんでも遅くても、辛抱強く待ってくださったもの。たった六歳のやんちゃ盛りの男の子なのに。大翔人(ひろと)様が、私の初恋の人だったけど…あのお茶会も、大翔人様のお茶会だったんだわ…ふふふ、五歳の私からしたら、十歳の大翔人様は、『大人』でね、キラキラ輝いて見えたのよ。」

大翔人は、正妃の子供で、佳永人の兄王子だが、十四歳で病死している。元々、星麗や、その後、佳永人の婚約者候補となった令嬢は、大翔人の婚約者候補が、スライドしたのだ。実際の所、大翔人王子は、小さい頃から、優秀な王の器と、期待されていた。大翔人も、星麗が、どんなに遅くとも、辛抱強く待ってくれ、フォローしてくれる優しい王子だった。

話が反れたわね、と少し寂しそうに、しんみりした空気を払うように、星麗はお茶を一口飲んだ。

「婚約者に決まった時、特に感慨はなかったわ。お母さまも淡々としていたし、おじい様は、未だにご不満に思ってらっしゃるけど、多分、私が、誰に嫁ぐことになっても、ご不満に思ってくださるわね。」

ふふふ、と三人は、孫を溺愛する星麗の祖父、玄司を思い出す。

「そうね、沢山ある『仕事』の一つだわ。親愛の情もあるし、優しい方だから、多分『閨』も大丈夫ね、って思ったわ。あ、三人だから言うのよ、ちょっと、はしたないわね」

燈子は、微妙に視線を、さ迷わせる。侑華は、年上分、落ち着いている。

「ふふ、燈子ったら、『初心な令嬢』って感じ」

燈子は、ちょっと拗ねた顔になる。が、ここで、「私も閨くらい」だの言うと、二人に、思い切り、からかわれることは、自明だから、黙って、お茶をごくごく飲んだ。

「本当に、『仕事相手』としての評価よね。佳永人殿下は、『王の器としてはぱっとしない』って、陰口を聞くけれど。私は、変な陰口だなって思うわ。確かに、アンフェス帝立学園にも、トルティモア王立高等学園にも入れなかったけど、ちゃんとペルフェアドゥスの王立学園では、トップクラスの成績で卒業しているわ。内向的でいらっしゃるから、外交は得意ではないけれど、ちゃんと、相手国の事も、知ろうとはなさるし‥‥‥内政についても、悪くはないわ。独善で進まず、周りの意見もちゃんとお聞きになる。無駄な虚栄心もないし。『王の器』なんて、人によって、思う『(かたち)』は、全然違うわ」

燈子は、微妙な言い回しに、まあ、そうだろうなと思う。二人の目があった。星麗は、ちょっと困った顔をしてから、そっと微笑む。

「そうよね、あなた達は、星麗の気持ちを聞いてくれる人だわ…」

振袖の長い袖を、くるくると、膝の上にたくし上げている。

「――佳永人様と居るとね、今はもう、私を見て貰えない…そう感じてしまうの――。目の前に居るのに、遠くに居るよう。

 でも、それは、きっと、佳永人様も同じなのよ。」

袖の蝶の模様を、小さな指が、象るように辿る。

「誰にも、足りないモノはあるわ。でも、私達は、お互いに、お互いを埋める決定的なナニカを、お互い持ち合わせていない…って、そう、思うわ」

星麗は、薄縹色の長じゅばんを引っ張り出し、元に戻しを繰り返している。小さい頃、その『癖』で、よく家庭教師に怒られたといっていた。

「そうね…もし、本当に、もしもよ?私が、なんでも自由に選んでいいなら」

ゆっくりと、窓の外を見てから、天井を見上げる。上位貴族の寮だ。天井には、(ささ)やか(なが)ら、アラベスク模様が描かれている。

「今は、結婚とか王族や公爵令嬢のお仕事より…あのね、燈子みたいな仕事がしたいわ」

「へ?わ、私?」

「うん。そう。だって、碧子やアーマンド侯爵令嬢、それに、侑華、カランブール公爵夫夫、もちろん私も。最近なら、ヘレナね。貴女は、大変身させてくれたじゃない。私はね、この世の女性は、皆美しいと思うの。私だって、きっと美しいわ」

きっとでなく、美しいですが…と燈子も侑華も思ったが、黙っている。自分の事ほど、解らないものだ。

「でも、誰だって、悩みがあるでしょう?私だったら、白髪で、小さくて、枯れ枝で、前後の解らない体とか、大きすぎる口とか。それを、個性だって、私の美しさの一部だって、感じさせてくれる。あるいは、別の美しさがあるって、例えば私だったら、髪が柔らかくてよく輝くとか、唇なんて大嫌いだったのに、燈子が、口紅が楽しいって言ったから、チャームポイントに変わったの。」

燈子の真似をして、星麗も、三角に座る。

「そりゃ、貴族や金持ちの道楽なのでしょうけど…私はね、そういう、女性を素敵にする仕事が、したいの。服飾、化粧、香水、食べ物、芸術、心のケア……。そういう直接的な事以外でも、そうね、まずは平和で豊かじゃないと、お洒落は、できないでしょう?平民だろうと貴族だろうと、ペルフェアドゥスの民だろうが、アンフェスの民だろうが…皆皆、何かに囚われたりせず、自由に、自分が素敵だと思う、お洒落をしてほしいわ。そのために、女性の仕事を保証したり、地位を、もっと確固たるものにしなくては。識字率を上げることも大切だと思う。沢山価値観を知らなければ、自由に振舞うことすらできないもの。そう思えば、自国だけで完結するものじゃない。他国の文化や価値観も知る必要があるわね。そのためには、外交もしっかりして、国同士の関係を、良いものにしなくてわ。ううん、もっと根本的に生活を安定させなきゃいけない。農業や酪農、食糧問題も安定させて、魔物被害も抑えて、そうね、できれば魔物とて資源にしたいわ…。輸送手段も、速度も量も上げた方が良いわね。情報伝達も必要だわ。今は、新聞があって、ゴシップ誌なら、お洒落関連のコラムもあるけれど、お洒落の事だけを扱う、専門の新聞があったら面白いと思うし‥‥‥ふふふ、ばらばらと、思ってることを話したから、伝わったかしら…ねえ、お洒落って、壮大よね」

星麗は、二人を振り返って笑った。

「例えば、私が、このまま佳永人殿下とご結婚して、王族になっても、関わる手段はたくさんあるわ。公爵令嬢星麗の方が、王族星麗よりは、ずっと自由で、気楽ではあるわ…でも、公爵令嬢星麗より、王族星麗のほうが、もっと壮大なことは出来るわよ。」

星麗は、ふふっと笑った。

「心配してくれてありがとう。私は、大丈夫よ。でも、つらくて、逃げたくて、泣きたくなった時は、二人とも、慰めてくれる?二人は、私が公爵令嬢でも、王族でも、ずっと侍女として付いてきてくれる?」

「「勿論です」」

二人は、勢いよく頷いた。星麗は、勢いに、すこし驚いてから、嬉しそうに笑った。ソファーから足を下す。

「有難う。だから、大丈夫。」

もそもそと、草履を履こうとするので、燈子は立ち上がり、星麗に、草履を履かせてあげた。

「やだわ。すっと履いて、『公爵令嬢星麗に、戻ったわよ』って、言いたかったのに」

ちょっと拗ねた様な星麗。三人で、顔を見合わせて笑ってしまった。



2.

 燈子は、ぽふんと、ベッドに身体を投げ出す。『星麗の気持ち』を聞いてから、四日が経過していた。明日から、二十日間、夏休みだ。そして

「よかったぁ…そ、卒業、できたぁああああっ。またAクラスだぁあああっ」

思わず、枕を抱きしめ、ベッドの上をごろごろ転がる。と、慌てたようにドアがノックされる。

「え、あ、はい」

燈子は、戸を開く。

「だ、大丈夫?叫び声が…」

燈子が暮らしている寮は、星麗の居る高位貴族寮と別棟で、平民から下位貴族が住んでいる。女中や侍女の居る令嬢もいるが、基本的に彼らは夜間は、寮生とは別に、使用人部屋で過ごしているのだ。部屋も、壁も、こちらの寮は薄い。

「あ、ご、ごめん。」

燈子は慌てた。叫びすぎた。立っていたのは、隣室のヘレナだ。

「卒業試験に受かったのが、嬉しすぎて…煩かった、ね?」

ヘレナは、ぐふっと笑いを飲み込もうとして、失敗する。

「来る?うち」

「いく、そっち」

燈子は、一度引っ込んで、浴衣に羽織を羽織ると、ヘレナの部屋に乗り込んだ。ベッドと、机がある他は、かなりがらんとしている。ヘレナは、孤児院出身、多少お小遣いが貰えるが、特待生だ。自分の家具などを、持ち込んだりはしていない。入口で、靴を脱ぐ、ペルフェアドゥスの習慣を取り入れていて、ラグが敷いてある。

「おお‥‥‥殆ど完成じゃない」

真ん中には、ドレスを着たトルソー。トルソーは、服飾の教師から借りている。卒業パーティーのドレスを、自分で仕立てる、とヘレナが言ったら、喜んで貸してくれたのだ。色々助言もしてくれ、道具も貸してくれた。

「頑張ってるよね、あたし」

ヘレナが、トルソーを前に、仁王立ちして、うなづく。今も、飾りをつけている途中だったようだ。

「頑張ってるよ、ヘレナ。あ、卒業おめでとう。」

「ま、余裕。燈子だって、Aクラスなんだから、卒業自体は、問題ないでしょ」

「まあ…でも、最後の一か月、星麗様と別のクラスなんて、寂しいから」

「はいはい、星麗様、大好きだねぇ。」

「いや、仕事。私、侍女」

「照れ隠し」

燈子は、まるで部屋の主かのように、ラグの上でくつろぎ、裁縫箱から刺繍糸と針を取り出す。

「これ着たら、ヘレナは絶対すっごい、綺麗だよ」

「そ…そう?」

赤くなってもじもじするヘレナは、燈子の瞳から見ても、可愛い。丸みを帯びた頬と額、やはり丸い目は、少し間が離れていて、チャーミングだ。眉の整え方も、燈子が教えてきた甲斐あり、今では、顔にとてもあった、綺麗なアーチ形の眉だ。

「お姫様の侍女が、デザインしてくれたドレスだもんね。」

日に焼けた健康的小麦色の肌に合う、帝国らしい鮮やかなコーラルピンクのサテン生地。残念ながら、『お金を出し合った』友人や、孤児院の子達の財力では、コットンサテンの無地になったが。その分、頑張って刺繍だ。と、燈子は、刺繍枠を裾の部分に嵌める。

上衣はぴったり体に沿うベアトップ。ヘレナは、胸は大きくないが、とても形が良いので、ハートカットの襟元にした。カット部分は、ドレス生地よりややオレンジ味のピンクで、燈子の染めた、透け感の少ないレースで、裏打ちした。

「この、お姫様ドレスなら、もう溝臭いとか、言われない、ね。」

多分、プリンセスラインにしたから、ヘレナの中で『お姫様ドレス』なのだろう。張りのあるチュールと、竹を組み合わせた、プリンセスラインを綺麗につくる、特製パニエは、すでに完成している。

燈子は、ばんっとヘレナの背中を叩く。

「そんなの、やっかみだって。私だって、金魚の糞って、言われてる」

「燈子は、ドレスは?仕立ててるの?」

ヘレナは、途中だった胸元の飾りを、付け始める。燈子は、裾の刺繍を入れ始める。流水を模した水色の線と、白い蓮の花の模様だ。燈子が刺しているのは、蓮の花部分。

「私?前に着たことのあるドレスよ。ペルフェアドゥス人は、ストール羽織るのが、スタンダードだから、有難いよ。ストールの色と素材にオーバースカートまで、変えれば、雰囲気かわるからね」

「ドレス、作らないの?」

「青木子爵家は、結構貧乏デス。私は、卒業パーティーで着飾るより、妹と姪っ子達の持参金を作るの。それに、侍女も大変なの。国では、同じメンバーの夜会やら茶会だから。同じドレスを着まわし続けると、星麗様に、恥をかかせちゃうんだよね。ま、あっちは、着物という、奥義もあるけどね…着物も着回し過ぎると恥ずかしいという…」

はぁっとため息をつく。ヘレナは、貴族は大変だねぇと笑う。

「ヘレナは、就職先、決めたの?」

ヘレナは、引く手あまただ。王宮文官の座まで、ある。

「私は、特待生の中でも、アイブリンガー侯爵様のご支援だからね。とりあえず、五、六年はそちらで、文官として働く」

「え?王宮行かないの?」

エリートと言えば王宮、となんとなく燈子は思っていたのだ。ヘレナは、非常に頭がいい。教師陣は、敢えて公開していないが、多分、この学年の文官コーストップは、ヘレナだろう。ダンスや芸術はともかく…。

「んー。アイブリンガー侯爵様は、素敵な人だよ、うん。」

「ほっほーん」

アイブリンガー侯爵は、まだ二十代前半で、しかも独身だ。

「ち、ちがーう。身分差どころじゃないだろ。そのくらい、あたしだって解ってるよ。あくまで『推し』だって。」

「まあ、アイブリンガー侯爵家なら、財政状態も問題ないし、内政も安定して、きちんとしている領だからね」

「はぁ…別の国なのによく知ってるね?」

「侍女の仕事」

燈子は、つんと澄まして言って見せてから、フフッと笑う。

「そういえば、燈子、星麗様の事で、なんか悩んでる?」

「…私って、まだ、解りやすい?」

入学したての頃は、結構、なんでも表情に出ると、周りからよく「注意」されていた。

「いや、付き合いが深くなった?」

「あ、それね」

燈子は、なんだ、と頷く。

「そうなんだよね…婚約者が、ね。色々と。星麗様は、ものすっごく素敵で、優秀で、お優しくて、それに、婚約者の苦手なことを埋めるためにって、外交も頑張って、留学もして…なのにっ、あのっ、ぼん、げふんっ」

ヘレナは、口は非常に硬い。燈子が、色々愚痴れる、二人しかいないうちの一人だ。それに、『星麗に、心酔はしていない』から、結構、話すと『気づき』があったりする。本当は、ペルフェアドゥスに就職してほしいなぁ、と思っているが、まあ、帝都生まれの帝都育ちなヘレナに、それは、流石に言えなかった。

「ぼんくら、かぁ…ま、割り引くと平凡?」

「公平な言い方なら、侯爵とか伯爵とかなら、全然いける、って感じ」

「悪くないじゃん。でも、きっと、周りには、器がどうとか言われて…そうだなぁ…向こうにしてみれば、きっと、星麗様は、優秀すぎて、容姿もきれいすぎて、学生の段階ですでに、優秀な侍女や部下を手に入れて、貴族令嬢なのに商会顧問として稼いで…普通に、劣等感、抱くんじゃない?」

燈子は、驚いて、目をパチパチさせた。

「え?相手は、王子だよ?」

言ってから、自分の視野の狭さに驚く。

「そゆこと」

「そうだ…星麗様だって、公爵令嬢の前に、十七歳の女の子だ」

「そうそう。向こうだって、王子の前に十八歳の男の子…いやもう子じゃないか?でも、十八なんて、あたしらに、ちょっと毛が生えた程度だよ。まあ、剛毛生えてるうちの皇族とかは、置いといて」

「ん?アスター殿下?年齢相応より、子供っぽいじゃん」

「ん?うん、そうね?」

燈子は、そうかぁと真剣に、第二王子の件を考え込みながら、刺繍をしているので、ヘレナの呆れた顔には、気づかなかった。

「じゃあ…薔薇子嬢は…ただ、胸がでっかくて、可愛いだけじゃない…」

「うん、まあ…多分?貴族って、結構おばか?」

「思春期の男子は、貴族じゃなくても、みんなおバカじゃない?」

クラスメイトの男子を、二人は思い出す。

「そりゃ、おバカなところはあるけど…そこそこ、大人なとこもあるでしょ。あたしらと同じだろ。その、げふん、ええ、夜のあれこれに興味はあるけど、それだけじゃないでしょ、流石に」

「ほほう、ヘレナ嬢は、ご興味が」

「叩かれたい?」

「あんっ、暴力はんたーい」

「つまりさ、その薔薇子嬢?可愛い名前じゃん、は、その第二王子の心の隙間を埋めてあげたのかもよ…言い難いけど…貴族って、いっつも、侍女とか近侍とかくっついてるし、なかなか、さ…深い事、言い難いこともあるよ。素直な物言いも、あまりしないし。あんたと星麗様の関係は、結構特別なんじゃない?たしか、乳姉妹でしょ。」

「‥‥‥」

「星麗様に、伝える?足りないモノ。あの子なら、気付いてるかもしれないけど…自分が、王子に与えられなかったモノ」

――――佳永人様と居るとね、今はもう、私を見て貰えない…そう感じてしまうの――。

――でも、それは、きっと、佳永人殿下も同じなのよ。

「『大概、人が相手に持つ印象は、相手が自分に持つ印象だ』」

「ユフェルタス語録集ね。そ、先人は良いことを言っているよ。実感出来るようになるには、こっちの成長も必要だけど。

 燈子は、やっぱり刺繍うまいねぇ。このドレスも、八割あんたが作ったようなものじゃない?」

「好きだからね。それに、私は、二割だよ。刺繍って、考え事するのにちょうどいいのよ」

「なる。貴族令嬢の刺繍好きって、そういうこと?」

「ンン…実際自分で刺繍する令嬢は、少ないよ。大概、侍女かメイドがやってる」

「…おもろいね」

心地いい沈黙が落ちた。燈子は、自分の考えに沈みながら、手を動かし続けた。

次は27日です。

ああ…予約にしているから、最後の見直し前に投稿されてしまった(笑)ちょっとだけ、直しました。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ