#1-2 お仕えしておりますお嬢様が、婚約破棄されました
続きです。
1.
星麗は、祖父の背中を見送った後、アルコーブを出た。侑華と燈子の意見を確認し、二組ほど、社交のため『ご挨拶』を行う。そのあと、のんびりと会場を歩いていると、懐かしい声がかけられた。
「星麗様、お久しぶりにございます。」
振り返ると、オレンジに近い赤の柔らかな巻き毛をした令嬢が立っている。女性らしく健康的な丸みを帯びた体が、優しい雰囲気を、後押ししている。
「碧子様ではありませんか。ご無沙汰しておりますわ。お元気でしたか?」
「はい、建国夜会に、私が参加できるなど、星麗様のお力添えの賜物です。」心から嬉しそうな笑みを浮かべるソルティグラン侯爵令嬢日狩野碧子と、星麗、燈子にも物語があるが、今回は語らずにおく。二人が近況を、話している間に、同世代の令嬢達が、数名集まってきた。王都初等学園で、同級生だった令嬢方を中心に、星麗と政治や社交を超えて、仲の良い数人だ。とりどりのドレスを纏う令嬢が集まると、豪華な花束でも、おかれたかのようだ。
国賓の入場が始まった。楽団の演奏に、金管楽器が加わり、華やかさと音量が増す。皆、入場を告げる声の度、入口に向かい、礼を取る。そうしながらも、国賓毎に開けられている入場の合間に、貴族らしくはあるけれど、楽し気な笑い声も交えて、会話に花が咲く。侯爵令嬢以上は、侍女を連れている。侍女の中にも、同世代はいて、中には王都初等学園の同級生達も居る。十八歳前後の、大人となり日も浅い彼女達が、華やかな夜会に、社交や仕事を忘れて、一時を楽しんでも、誹る事が出来る者は、いないだろう。どんな楽団の演奏よりも、美しいシャンデリアや彫刻よりも、華やかな花々に、周囲を通りすがる貴族達も、微笑ましい者を見る視線だ。
2.
だが、無粋に割り入る声が、響いた。
「エリティス公爵令嬢緋凰星麗、どこにいる」
集まっていた令嬢だけではない。夜会ホール全体を、満たしていた、調和のとれたざわめきが、一刀両断された。楽団の奏でる音楽さえも、耳障りに感じるような、沈黙が下りた。『戸惑い』『呆れ』『好奇』『不安』…各々の持つ『情報量』によっても、反応は様々だ。燈子は、無表情のまま、視野範囲の貴族達の、表情と名前を心に刻む。
『予想』よりも、ずいぶんと早いタイミングだ。『ファーストダンス』のためか、と思い至ったのは、燈子だけではないだろう。
「まあ…国賓方の、ご入場の途中ですのに…」
頬に小さく手をあて、こてんと星麗が首をかしげる。
「星麗様…わ、私も、お供致しますわ」
とても心配そうに、碧子が声を上げる。生い立ちもあって、怒鳴り声に近い声に、扇を握った手が震えている。その手を、繊細なレースの手袋をした手が、そっと撫でる。
「高位貴族たるもの、上を向かせるのは、睫毛だけではなくてよ」
碧子が、顔を上げ、ふっと肩の力を抜いた。
「珠希様」
「第二王子様は、とても『天真流露』で、いらっしゃいますのね…自らの婚約者を、大声で呼ばわるなんて。
帝国の末端にすぎぬ、我がペルフェアドゥス王国の建国を祝い、帝国諸王国の皆さまが、我が国へ、遠路足を運んでくださったというのに…このような、小さなホールで、自らの婚約者を、見失ってしまわれたのかしら?」
ファルシーク公爵令嬢皓浄珠希は、口元を隠すように、扇を広げ、星麗を呼ばわる第二王子有住の宮佳永人を、流し見る。その言葉に、複数の貴族夫人や令嬢が、扇の影でくすりと笑う。彼女は、ファルシーク公爵家の末娘で、当主にも兄たちにも、目に入れても痛くないほど可愛がられている。そして、叔母は王妃、即ち第二王子の従妹にあたる。大概、何を言っても、許される。だから、敢えて、言ってくれたのだ。もちろん、元々の性格もあるが。星麗は、静かに、ほほ笑んだ。
「お二人とも、私は、大丈夫ですわ」
碧子は、心から心配そうに、珠希は、心配などしていませんわ、とツンツンした口調で。
「楽しいお時間を、ありがとうございました。」
星麗も、彼女としては、早口で、令嬢たちに小さく礼を取った。令嬢達も、礼を返してくれた後、皆一様に、冷たい眼差しで、第二王子の方を見ながら、扇を開く。
声の主、第二王子は、ホールの前方、しかも奥の方に居る。幾組もの貴族達は、すっと音もなく、星麗に道を開ける。八割は、状況を鋭く探る『貴族の視線』。星麗は、そんな刺すような視線の間を、持ち前のゆっくりさで、けれど、ぴんと背筋を伸ばし、顎をあげ、僅かな絹ずれを鳴らしながら、歩く。その姿は、『(本当は白い)悪役令嬢』そのものだ。
公爵令嬢の名にふさわしく、誇り高く、凛としている。ものすごく、遅いが。
「緋凰星麗!」
王族や国賓が立つ壇上から、苛立った大声を出す青年。エメラルドの髪を引き立てるよう、白いジュストコールは、深紅の刺繍と赤い石で飾られている。向かっているのは、解っているだろうに、急かす。彼の隣には、星麗と同世代の女性が、くっついている。文字通り、くっついている。しな垂れかかるというほどの妖艶さはなく、縋りつくというほどのあざとさもない。表情も、優越感を滲ませる一方で、不安や嫉妬が、色濃く混ざっている。
そんな微妙な表情をするなら、扇で隠せばいいのに、と燈子は思う。
『(本当は白い)悪役令嬢』に相対する『(本当は黒い)ヒロイン』には、二十歩ほど足りない、と、心の中で断じる。
3.
第二王子は、『エリティス公爵令嬢の婚約者』、本来、この夜会で彼女をエスコートしなくてはならない。だが、別の女性を、つれている。それも、公式の社交の場において、『近すぎる』距離感で。『隣にくっついている女性』は、ムセルゼ男爵令嬢雨宮薔薇子。燈子の、『偏見』に満ちた目で見ても、可愛らしくも美しい人形のような顔立ちだ。濃く眩い黄金の髪には、ローズクオーツのようなピンクの髪が、一房混ざっている。人を魅了するオッドアイは、右目は明るいアメジスト色、左目は、アクアマリン色とピンク色が混ざり合う。身長は、平均よりわずかに高く、女性らしいメリハリのあるスタイルをしている。
生まれ持った素質は文句なし百点。装いは、布薔薇を使ったからおまけをあげて、四十点ね。おまけなしなら、二十六点。加点方式よ。
燈子は、公平なつもりだ。しかし、以下の評は、多分に彼女の主観が入っているため、割り引いてほしい。
ドレスは、ピンク色と薔薇モチーフで、あどけなさと愛らしさを演出したいらしい。しかし社交デビューした女性が着るには、幼い目に痛いピンクで、ギラギラとクリスタルを散りばめている。更に、最新流行の『布で作った薔薇』を、これでもかとゴテゴテに縫い付けすぎ、重たそうだ。上衣の胸元は『大胆』な切れ込みが入っている。
アクセサリーも、高価な事だけは解る。首筋を、仰々しく彩るエメラルドとトパーズ、ダイヤの大変重たそうなチョーカーは、首が短く見えるほどだ。耳元にも、大きなイエローダイヤに囲まれたトパーズが、ぶらんぶらんと、揺れている。エメラルドは、第二王子の、王族特有の深い緑の髪を、イエローダイヤとトパーズは、王妃譲りの、透明感が強い黄色の瞳を、表している。『愛』を、主張する宝飾だ。一級の石に、一級のカットを、施したのだろう、魔灯を跳ね返し、ギラギラと眩しく、直視しかねるほどだ。
けれど…
髪が、一筋、意図的ではないおくれ毛になり、ゆるくカールしながら耳の前に落ちている。
その横髪には、薔薇が一輪挿されている。外側の薄い紅色から、中心へと深紅に変わる。王宮の庭のみで、栽培される『愛染』という名の薔薇。
第二王子が、手ずから挿したのであろう。
不器用につけられた薔薇は、ドレスより、宝石より、
美しく薔薇子を彩っていた。
星麗は、それでも、余裕と自信に満ちた微笑みを、一筋たりとも歪めたりしない。優雅なカーテシーを行う。玉虫織と呼ばれる、縦糸と横糸を別の色で追った特殊な織のシフォンが、美しく、灰色から緑、紫、赤と複雑な色合いで、揺らめく。
燈子が、完璧に調色した口紅の間から、よく徹る美しい声が響く。
「御前に。佳永人殿下に置かれましては、ご機嫌麗しく存じます。今日の建国記念の日を、迎えられます事、心より、感謝申し上げ、またお祝い申し上げます。」
練習を繰り返した口上は、人並みより少し遅い程度。つまり星麗にしては、早口で、星麗の頑張りが、燈子にはよくわかる。
けれど、その美しい声には、僅かな寂しさが、混ざっていた。気づいたのは、きっと燈子だけ…。あ、いや、どす黒いオーラを複数個所から、感じるから、星麗の祖父や母も、聞き取ったかもしれない。
けれど、一番感じ取るべき第二王子には…
今、目の前に立つ第二王子には、聞き取ることは出来なかっただろう。
星麗の細い肩を撫でてあげたい衝動を、必死でかみ殺す。
「お前に、告げる事がある。心して聞け」
そばで見ると、第二王子も虚勢を張っているのがわかった。
何だろう、この茶番は…。
ふと我に返り、空しくなる。
現実は、違うのだ。
『流行の小説』とは違う。
『煌びやかな舞台』とは、違う。
「お言葉ですが、」
星麗は、ホール中に注目されているにもかかわらず、のんびりと首をかしげる。声から、寂しさは、消えていた。
「国賓方のご入場が済んでからでは、遅いのでしょうか?」
正論に、第二王子の口元が、いらだたし気に歪む。
「そんなも――」
パシンと、小気味よい音がした。星麗が、扇を掌で打った音だ。
「国賓方は、皆で誠意を尽くし歓迎すべきです」
穏やかに、しかしきっぱりと星麗は言い切る。星麗は、たとえ相手が、王族であろうと、『正しいこと』を、きっぱりと伝えられる。だから、婚約者に選ばれてしまったのだが…。因みに、第二王子は、辛抱強く星麗の話を聞く。そして、彼女が正しいと判断すれば、従う‥‥‥決して、愚かすぎる人間では、ない。今も、第二王子は、不機嫌を漂わせながらも、ちょうど入場を告げる声に、入口に体を向け、右手を胸に当て、貴族の礼を取った。
その後十数分、国賓の入場は、続いた。国主夫妻の入場時間が近い事もあり、比較的順調に進んだのだが。間の抜けた様な、気まずい沈黙が流れ、第二王子の話は、進まなかった。国主入場までには、十五分ほど間がある。誰かが指示したのだろうか。オーケストラは、アンフェス帝国で、流行している華やかな曲を奏で始めた。心ある貴族は、国賓を、もてなしている。『王国の醜聞』から、国賓を遠ざけに向かっているのかもしれないが。
しかし、第一位の王位継承権を持つ第二王子と、その婚約者であるエリティス公爵令嬢の『やり取り』が、人々の意識から、消えるわけがない。さりげなくにしろ、あからさまにしろ、注目を浴び続けている。
「国賓方の入場は、もう、終わりか?」
第二王子が、いっそ無表情に、確認する。
「はい、ご招待されている国賓方は、アンフェス帝国の第七皇子殿下と、アンフェス大使のドレヴァンツ侯爵様と奥様で、終わりでございます。」
星麗は少し微笑んで、答える。そもそも、なぜ第二王子が、国賓を全員覚えていないのか、と燈子は嫌味を言いたくなる。覚えないならば、後ろに控えている近侍が、サポートすべきだが…。目の合った第二王子近侍の一人、二か月前までの学友、王宮武官伯爵令息、大場聡明は、「無理に決まってる」、と視線で言ってきた。こうも薔薇子が、ぴったりくっついていては、耳打ちが難しいのは、燈子も認めよう。しょうがない、と視線で返しておいた。
華やかでふわふわしたものが、勿体ぶるように、不自然なほどゆっくりと動いて、視線を集める。薔薇子が、ピンク色のファーに縁どられた扇を、口元で、ゆっくりと開いていた。星麗も、そちらに視線をやる。薔薇子は、うつむき、すこし扇を斜めに、目元まで上げながら、震える声で口を開く。その可憐で繊細な立ち姿とは裏腹に、表情は、優越感と蔑みを、浮かべている。扇は絶妙に、第二王子の視線は遮り、星麗たちには見える角度に調整されている。
「星麗様は、よくご存じですのね」
周囲の貴族にまでは、聞こえない声。声も、姿に似合って、鈴を振るように可憐だ。
燈子は、『(本当は黒い)ヒロイン』として、薔薇子を少々見直した。
でも、不安や嫉妬を、隠しきれていないのは、減点ね。
第二王子は、くっついている薔薇子の腕を、優しく撫でる。不必要なくらいに、何度も、何度も。
手袋はどうしたのだ、薔薇子嬢…。素手だぞ。
貴族女性が、男性に素手を触れさせる、これは『大変特別な』意味があるのだ。しかし、公式夜会で、すべきことではない…解っていてやっているのだろうが。大分、『はしたない』。星麗をちらりと見てしまう。しかし、そもそも、第二王子に『恋愛感情』は、一切ないので、心の底から、平然としていた。
「星麗は、公爵令嬢だからな。知っているのが、当たり前だ。」
いや、お前も、知ってるのが当たり前だぞ、第二王子。
周囲の心の声が、燈子には聞こえる。
「薔薇子も、僕の婚約者となれば、知る立場になれるさ」
「本当ですか?」
「もちろんさ。僕の婚約者になるために、トーロンヌ侯爵家に、養女とするよう、近侍を通じて、話しているところだ」
二人は手を取り合い、互いの目を見つめあっている。
「まあ…私のために、そんな…でも、星麗様は…」
「薔薇子、僕が愛しているのは、君だ」
星麗は、完璧に作られた笑顔で、第二王子の、『お言葉』待ちをしている。燈子は、突っ込みたいことが満載だが、空気なので、黙っている。表情も、必死に、無表情を作り続ける。心の中で、素数を数える。第二王子と薔薇子に、突っ込みを入れる衝動を抑える為に。第二王子にそんな事をすれば、不敬罪で、文字通り、首が飛んでしまう。そんなことになれば、実家に仕送りもできず、可愛い可愛い妹や姪っ子達の生活や人生が…それを考えれば、何でも我慢できる…多分。多分。
第二王子は、こちらをやっと思い出して、振り向く。軽く咳払いをした後、口を開く。もう、二人の会話で、言いたいことは、解っているのだが、『お言葉』は、聞かざるを得ない。この場に、彼が『お言葉』を口に出す前に、止められる上位の人間は、いない。
「星麗、呼んだのは他でも無い。君との婚約を、破棄する為だ」
その声は、王族らしく朗々としていて、夜会ホールに響いた。予想の中で一番最悪の状況で、『破棄』が、言い渡された。
「私たちの――」
せめて、『婚約解消』と言いなおせ、聞こえた全貴族の心の叫びが、聞こえた。気がする。
視線の先、帝国第七皇子アナスタージウスと、帝国内第二と言われる王国トルティモアからの国賓も、こちらに興味を持ってしまった。第二王子は、ペルフェアドゥス語で話しているが、一部の国賓は、通訳がなくとも、理解してしまう。
「<テベリスト公爵閣下、第七皇子殿下、ええと、ほ、本日の夜会ホールの>」
第四王子昭弥人の、多少、上ずった声が響く。王子として、そんな上ずった声は失格?そんなわけがない。まだ十五歳で、本来なら年明けからの夜会参加を、前倒ししている、実質、夜会初参加の彼が、誰よりも早く、何とかしようと、声を出したのだ。恐らく、『こんな事件』の予測など、学生の彼の耳には、入っていなかっただろう。目の良い燈子には、昭弥人の手が、震えているのが、見える。オーケストラも、指揮者の機転だろうか、『話題にしろ』、とばかりに、この国の伝統に振った音楽を奏で始める。
「愚鈍なお前には、理解にも時間がかかるか。」
星麗が、少し驚く。橙子と侑華も驚いた。今まで、第二王子が、そんなあからさまな心無い言葉を、星麗に向けた事は無かった。婚約者としての心は、離れていても、彼らは、幼馴染なのだから。恋愛感情は無くとも、少なくとも、星麗には、親愛の情があった。
「私、第一王位継承者佳永人は、」
「<ホールの照明なのですが、我が国の伝統工芸切子の手法で>」
「エリティス公爵令嬢緋凰星麗との婚約を、今この場で、破棄する。」
第二王子は、はっきりと言った。
それはもうきっぱりと。
「<クリスタルを削り出したものなのです>」
昭弥人は、涙ぐましく頑張っている。一番近い位置なので、お互い声が良く聞こえる。同じ王子でも、成人もしていない昭弥人は、第二王子に『物申す事』など、出来ない。紳士なトルティモア王国のテベリスト公爵は、優しい笑顔で、素晴らしいね、と言ってあげている。燈子は、『良い人リスト』にテベリスト公爵を入れた。一方の帝国第七皇子アナスタージウスは、心配と好奇心が混ざった顔で、こちらを見ている。昭弥人への返事は、大変おざなりだ。因みに、星麗と燈子は、彼の『ご学友』である。本来なら、星麗は、彼の『接待』を第二王子と一緒にしているはずだった。
「<だ、第七皇子殿下、テベリスト公爵閣下よろしければ、切子細工の文鎮をご覧に――>」
もう少し離れたところで、珠希と碧子も、隣国の国賓に話しかけているし、セレニア公爵が、ドレヴァンツ侯爵夫妻に、話しかけている。
「僕の婚約者にふさわしいのは、このムセルゼ男爵令嬢雨宮薔薇子をおいて、他にない。」
「佳永人様、嬉しいです。私、佳永人様の婚約者に、もっとふさわしくなるよう、頑張ります。」
しんとした会場に、朗々とした青年の声に続き、鈴を振るような可憐な声が、響きわたる。
外交努力をしていた貴族達が、諦めたのが、解った。星麗は、ゆっくりと瞼を閉じ、そして開く。
「お言葉、謹んで賜ります。」
深く膝を曲げ、礼をしてから、真直ぐに、星麗は、第二王子を見た。その表情は、ずっと変わらない。『令嬢の笑み』という無表情が張り付いているだけだ。第二王子は、何の反論もせず、何のためらいもなく、受け入れられたことに、目を見開き瞬きをする。少し傷ついた表情だった。
「恐れながら、第二王子殿下に、申し上げます。殿下の婚約者足る事が、出来なかったのは、私の不徳の致すところと。心からお詫び申し上げ、反省申し上げます。」
第七皇子アナスタージウスの桔梗色の瞳は、ほぼ好奇心に変わっている。もう、こちらを『がん見』である。『頼みます、『外交』してください』と念を送ったが、アナスタージウスは、それはそれは、楽しそうな笑顔を、返してきただけだった。
「ですが、今は建国記念夜会の場。多くの国賓方を、私達の事情に巻き込むのは、恐れ多いかと。そもそも建国記念の日は、興国の祖に感謝を捧げ、国民を慰労し、帝こ」「今は、お前の賢しらな建て前を、申し立てる場ではない。」
第二王子が、星麗の言葉を遮った。星麗の『無表情』が崩れ、綺麗な孤を描いていた眉が、逆はの字になる。しかし、直ぐに、『無表情』に戻り、「拝聴いたします」と答える。
「国賓方もお招きしている場、だからこそ、この場でお前を断罪するのだ」
「<光を分光…>」
最後まで頑張った昭弥人も、諦めた。アナスタージウスは、体ごとこちらを見ているし、紳士なテベリスト公爵も上の空だ。もはや、全員が、外交も社交も投げ捨て、今年のペルフェアドゥス最大の醜聞を、息をのんで見守っている。
燈子は、第二王子の近侍、聡明に、視線をやる。彼は、隠せもせず、落胆を顔に張り付かせ、小さく首を振った。きっと、裏でも頑張ったのだ。燈子は、無表情なまま『聡明は、悪くないぜ』と念を送っておいた。
「恐れながら、第二王子殿下に、申し上げます。」
「お前の発言は、許可しない。」
燈子は、口元まで出てきた、罵声をかろうじて飲み込んだ。星麗を挟んで隣の侑華も、ごくりと、のどを鳴らしている。龍人族の特徴である頬の鱗がギラリと光るから、魔力を頑張って押さえているのだろう。
「策を弄し、この場での断罪を避け、『証拠』を隠滅しようとでも、考えているのだろうが、無駄だ。」
人は、自分が正しいと思い込むと、こんなにも愚かになれるのかな…
燈子は、呆れてしまった。
指揮者も、こちらを見ている。オーケストラも、演奏を止めてしまった。夜会ホールは、耳鳴りがしそうなほど、静まり返った。
次回は、設定集になります。本編はもう少しお待ちいただければ幸いです。




