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第四話 平坦01

第四話 平坦


 その町はあまり大きくなく、メインストリートも成形した石で固めたものでは無く、踏み固めた地面に手を入れた程度のものだ。と、いってもそれはイーリオスが特殊なのであって、ネオ・アルカディア全体から見れば、こっちのほうが普通なのだ。

 建物もみんな平屋か二階建てで、空が広い。イーリオスにばかりいたから、なんだか新鮮だ。

 だからといって、なにがあるわけでもないけれど。

 普段なら違う町で、その町なりのクエストに挑戦してみるのもいいかもしれないけれど、今はそんな場合じゃない。馬車の手配をして、俺たちは宿屋へ向かう。身体を休めておくのも――まあ、気分的な問題だが――大切なことだ。

 ツインを二部屋とって、部屋にはいる。

「なんかさ」

「ん?」

 ベッドに腰掛けると、同じようにしたルークが声をかけてくる。

「そーいうタイプじゃないってのはわかるんだけど、こういう場面でテンション上がらないってのも、なんか座り悪いんだよなぁ」

「こういう場面?」

 俺は首を傾げる。男二人でテンションあげる、という流れに思わずしっかりと座り直す。具体的にはいろんな意味で後をとられないように。

「ああ。浴場は離れの大風呂なわけだろ? こう、なんて云うのかな、絶好の挿絵ポイントだと思うんだ!」

「ああ……そういう」

 俺は曖昧に頷いてみせる。なるほど。まあ記念イベントをログインして待つような人間は多かれ少なかれオタクのラノベ脳だということか。

「ベタな話、ここは確実にイベントポイントだと思うんだよ」

 無意味にさわやかさをだして語るルークは……いや、これも彼なりの気の使い方で、場を和ませるというか、俺との間をつなごうとしてくれているのかも知れないな、と思う。考えてみればルークは最初から、上手くやっていけるように、と動いていた気がする。

「いやまておかしい」

「なにがだ?」

 思わず口にした言葉に、ルークが首を傾げる。いや、その考えでいくなら、ここでのぞきに走っちゃダメだろ、いくらお約束とはいえ。……だがよく考えたらまだルークはそんなこと云ってなかった。

「まあいいや。それで、だ。この状況でやるべき事は一つしかないと思うんだ。つまり――」

「結局それか!」

「ど、どうしたんだよ……。親睦を深めようぜ」

「トランプか」

「いや、のぞきごっこだ」

「ごっこつければ許されると思うなよ?」

「いや、だってごっこだろこんなの。ガチな盗撮が目的じゃないし。こういうのは連帯感とかだろ?」

「いや、連帯感、でやっていい範疇超えてるだろ」

「ある意味肝試しだろ?」

「試された結果お縄だろ……」

「捕まるのかなぁ……やったことないからわからんな」

「普通捕まるだろ……」

「でも修学旅行生のぞきで逮捕、みたいな記事見たことないな」

「……たしかに」

 いや修学旅行じゃないけどな?

「十人のぞきで逮捕されたら結構な事件じゃね? ニュースになるよな?」

「ああ、まあたしかにそれはなりそうだな」

 心底どうでもいい話だな、と思う。けれどそれでいいのだ。どうでもいい話自体に意味はなくても、どうでもいい話をしていることに意味がある。それこそ物語脳で、何かを探し続けている。変れるタイミング、動ける原因。俺の後上にはことあるごとにそいつの視点がある。そいつは俺の後頭部を見ながら、俺の言動をあざ笑う。リアリティーがない。この世界にも、現実にも。それはつまり端的に、俺自身にリアリティーがないと云うことだ。重要なのは世界じゃない。俺というフィルターの欠陥だ。俺は俺の後にプレイヤーを感じている。それは俺が、今、肉体から切り離されているからだろうか? この身体。今、俺が視線を落としたこの腕が、肉体のない、プログラムが再現した1と0の塊だからだろうか? 違う。肉体は存在しない。そのことが問題なのではない。俺はいつだって、この外側にいるときから、プレイヤーを感じていた。それは今頃病院で機械に繋がれているだろう肉体とは関わりがない。俺が、思考する俺の精神とか魂と云うべきもの、認識が、上のレイヤー、プレイヤーを感じている。現実の虚構化。その理由はわからない。特別な原因などない。

 喪失されている想像力は本当に外部だろうか? 外部に対する想像力の欠落。それは表面化しがちというだけではないのだろうか。本当に欠落しているのは内部の方だ。肉袋でしかなかった人間が、今、この世界で肉体を剥がされて、では何が残るのだろるか。

 仮面を外した顔は、ただの空洞だ。化粧をはいだピエロには、存在出来る場所がない。演じるべきもの、演じるべき舞台。

 現実世界に閉じ込められ、ネオ・アルカディアに閉じ込められ、第二の大地に閉じ込められ、宿屋の一室に閉じ込められ、レイの中に閉じ込められた俺は、マトリョーシカですらないタマネギだ。最後には何も残らない。

 想像力、か。

 俺は向かいに座るルークに目を向けた。それだけだった。


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