第1話 教科書はまだ知りません
ウオモイ群立学校 社会科教科書『わたしたちのウオモイ』(検定済・第七版)より抜粋。
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【第一章 むかし空にわれ目ができました】
むかしむかし、青星のとある牧場の上空に、なんのまえぶれもなく、空の「われ目」があらわれました。それが何かは今でもよくわかりません。
われ目からは、ふしぎな力があふれてきました。人びとはこれを「マナ」と名づけました。マナがあれば、だれでも魔法が使えました。火を出す人、空を飛ぶ人、牛を三頭に増やす人。牧場主のジェンキンスさんは世界でさいしょの魔法使いになり、牛は三百六十五頭になりました。ジェンキンスさんは、まいにち牛の名前を考えるのがたいへんだったそうです。三百六十五頭目の名前は「もういいや」だったといわれています。
学者たちはわれ目に「マグナリーマ」というりっぱな名前をつけましたが、みんなは「われ目」とよびつづけました。りっぱな名前は長すぎたのです。だれも覚えられませんでした。名前は、みじかくてつよいものが勝つのです。これは、この教科書でいちばんだいじなことかもしれませんがテストには出ません。
【第二章 みんなはりきりすぎました】
魔法の時代は、すばらしいものでした。病気がなおり、科学がすすみ、ごはんがおいしくなりました。
ただ、なかには、はりきりすぎる人たちもいました。
ここで、大切な言葉をひとつだけ、きちんと覚えましょう。マナの魔法でじぶんの夢を現実に出して、町や人をまきこんでめいわくさせてしまった人。これを「チート主」といいます(みじかく「チート」ともいいます)。だいじなのは、魔法を使った人みんながチート主ではないということです。ジェンキンスさんはチート主ではありません、牛がふえただけです。ふえた牛もめいわくしませんでした。
では、チート主とは、どんな人だったのでしょう。
ある人は税務署をお城に変えて、じぶんを異世界からの王さまだと言いはりました。ある人は国じゅうのお金をプリンに変えました。ハンバーガーが一兆五千億プリンです(もどせませんでした)。ある人は「ポリン星から来たアップルピーチ姫」を名のりました。ポリン星は、科学がすすんだいまもまだ見つかっていません。ある人は「おれより強いやつに会いに行く」と言って、会いに行かれた人たちがたいへんめいわくしました。
ただし、プリンの人がほんとうに「お金がぜんぶプリンならいいのに」という夢を見ていたのかどうかは、いまも学者のあいだでもめています。ほんにんは「気がついたらプリンだった」と言ったそうです。夢だったのか、うっかりだったのか。分類のせんもん家は、査定にこまりましたがめいわくしたので「チート主」ということばで片付けました。
こわれる町とこまる人は、どんどんふえていきました。そのとき、みんなを守るためにがんばった人たちがいます。空中に盾を出す人、ころんでもぜったいにいたくない人、けっかいの中に町ごとかくまう人、ケガをたちどころになおす人。この人たちは「守り手」とよばれ、世界は、なんとか体裁をたもちました。
なお、とてもお金もちの人たちは、このさわぎのあいだに、じぶんたちだけさっさと宇宙へひっこしていました。これがのちのエリートコロニーです。テストに出ます。
また、きかいとロケットがだいすきなお金もちのグループは、ロボットたちとくらす国を、とおくの宇宙にべつにつくりました。ビルさんも、ジェフさんも、ピーターさんも、ラリーさんも、モリスさんも、「これで永遠にくらせるぞ」と、たいへんよろこんだそうです。これがのちの機械コロニーです。その後のようすは、あまりつたわっていません。ここもテストに出ます。
※やってみよう:マナがあったころの気持ちになって、空を自由にとぶ絵をかいてみましょう。
【第三章 アンチー粉がまかれました】
こまった青星の政府は、マナをはたらかなくする粉、アンチチートマテリアル──通称「アンチー粉」を開発しました。だいじな粉なので、英語のかしら文字で「ACM」ともいいます。おとなになっても、みじかい名前がつよいのです。
アンチー粉は空からたっぷりまかれ、われ目はぐるりとかこまれ、魔法の時代はおわりました。プリンはプリンのままエターナルでした。ついにハンバーガーが七兆五千億プリンです(物価こうとうしました)。
そして政府は、チート主の人たちにすてきな計画を用意しました。その名も「夢の宇宙移住プラン」です。パンフレットには「綺麗な星空つき!」と書いてありました。家具のことは書いてありませんでした。行き先はえらべませんでした。日にちもえらべませんでした。もどる船はありませんでした。プランのたいしょうになった人は、あんがい多かったそうです。くわしくは高学年でならいます。
こうしてわたしたちの祖先は、宇宙のコロニー群にうつりすみました。守り手たちもみんなのことが心配で、いっしょに来てくれました。これが、わたしたちのウオモイ群のはじまりです。エルツー・ラグランジュ点という、とてもながめのよい場所です(青星は見えません)。
【第四章 わたしたちのねがい】
あれから約七十年。ウオモイはゆたかに発展しました。けれど、わすれてはいけません。
われ目は、わたしたちのふるさとです(※ウオモイ市民にわれ目出身者はいません)。
魔法は、わたしたちの権利です(※現在はアンチー粉のせいで使えません)。
わたしたちの祖先は、夢を追いすぎただけなのです(※諸説あります)。
いつの日か、われ目がわたしたちの手にもどり、だれもが魔法を使える日がくることを、ウオモイ群のすべての人が心からねがっています。
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【第七版のおもな改訂点】
※「プリン事件」の被害総額を最新の研究にもとづき上方修正しました。研究がすすむと、あたらしい被害はふえるのです。
※巻末に進路情報のページが追加されました。──『ウオモイ軍になろう』
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教科書の記述はここで終わっている。
その第七版の一つが、いま、十八歳の普通の男の手の上にある。
フツー区の公民館。成人式の説明会は五分で終わり、記念品として付き添いを含む全員に配られたのが刷りたてのこれだった。
配られる列で、前の年寄りが一冊を取り落とした。男は拾って渡し、ついでに配り役の箱も列の最後まで運んだ。回覧板とカレー当番で鍛えた優しさだけの、どこにでもいる普通の男である。
成人式の説明で教科書をよこす区も、それを両手で受け取ってしまう自分も、なんだか不思議なあたりまえだった。ウオモイ群の成人式は固有技能確認成人式なのだ。子どものころ、寝る前に読んで笑っていた本と同じ中身のはずなのに、今日の重さはすこし違う。
男はためしに巻末の索引を引いた。「チート」載っている。「守り手」載っている。「エリートコロニー」「アンチー粉」「プリン事件」、ぜんぶ載っている。ためしに「ジェンキンス」も引いた。牛の人まで載っている。
「ふつう」は、載っていなかった。
この本は、王さまになった人のことも、プリンにした人のことも、宇宙へ逃げたお金もちのことも知っている。なのに、なにも出さず、なにも壊さず、牛も増やさなかった人たちのことは、一行も書いていない。書く必要がなかったのだ。いままでは。
男──「ひろし・ただの」は、最後の頁を指で開いた。追加されたばかりだという進路情報の頁。まっさらなインクの匂いの上で力強く太い字がひろしをまっすぐ見ていた。
『個性、始めませんか? ウオモイ軍になろう』
始める? なろう? まるでなにも知らない相手に売りつける詐欺の口ぶりだ。ウオモイ群では『個性がなければ軍』と相場が決まっている。
なぜかひろしの親指はその頁の角をしばらく離れなかった。




