表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
境界線 ―1999、世界は十三分止まった―  作者: 夕花
第二部『帰還』

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
15/29

重なる地点

女性は青年に支えられたまま、白い亀裂の先を見つめていた。立ち上がるだけの力は戻っていないらしく、やがて身体を沈めるように、その場へ座り直した。


地面に残された光は、少しずつ弱まっていた。細い筋が途切れるたびに、この場所へ至るまでの道そのものが消されていくようだった。


「ほかの五人を捜すんですか」


青年が尋ねる。


女性はすぐには答えなかった。


手の中の記録媒体を操作し、同じ画面を何度も確認する。


《調査参加者 六名》


それ以外の情報は表示されていない。


現在位置。


通信状態。


ほかの隊員の反応。


どの項目を開いても、結果は同じだった。


《確認不能》


女性の指が止まる。


「現時点では、所在を確認できません」


抑揚のない声だった。


必要なことだけを、感情から切り離して口にしている。


そうしなければ、別の何かが表へ出てしまうように青年には見えた。


「さっきは、私だけがここへ来たのか、と」


女性が顔を上げる。


「聞いていたんですね」


「すぐ近くにいましたから」


青年は記録媒体へ視線を落とした。


「六人で調査していた。それなのに、ここにいるのはあなた一人だけです」


女性の目がわずかに細くなる。


警戒されている。


青年にもそれは分かったが、それでも目を逸らさなかった。


「何があったんですか」


「説明できません」


短い返答だった。


「分からないという意味ですか」


「あなたへ話せないという意味です」


遠くで車の音がした。


封鎖区域の外を通り過ぎ、そのまま遠ざかっていく。


青年は口を閉じた。


助けた相手から疑われていることに、苛立ちがないわけではない。


だが女性の服に残る傷と、何度も《確認不能》を示す記録媒体を見れば、無理に聞き出すこともできなかった。


「なら、せめて名前を教えてください」


女性は一瞬だけ黙った。


それから、青年の目を見て答える。


「佐伯真紀です」


「佐伯さん」


名前を呼ばれた女性――佐伯は、わずかに視線を揺らした。


その反応は、警戒とは少し違っていた。


「あなたは?」


青年は自分の名前を告げた。


佐伯はその名を一度だけ口にし、記憶へ留めるように小さく頷いた。


「この区域について、知っていることはありますか」


「ほとんど何も。ずっと封鎖されています」


「地下へ続く入口は」


「聞いたことがありません」


「過去に、ここで何か起きたという話は?」


青年は首を横へ振った。


「封鎖された理由も知られていません」


佐伯は立ち上がろうとした。


片膝をついたところで身体が傾く。


青年が腕を支えると、佐伯は反射的に振りほどこうとしたが、すぐに力を抜いた。


「その状態では無理です」


「動けます」


「立てていません」


佐伯は何も返さなかった。


呼吸を整え、今度は青年の支えを拒まずに立ち上がる。


足元は不安定だったが、意識ははっきりしている。


「病院へ行きましょう」


青年の言葉に、佐伯は首を横へ振った。


「先に連絡を取ります」


「時間異常調査局へ?」


「ええ」


「でも、この世界には存在しないかもしれない」


佐伯の表情が硬くなる。


同じ一九九九年七月十八日でありながら、この世界では十三分間の停止が起きていない。


それは、つい先ほど二人が確かめたばかりの事実だった。


時間異常調査局という名称も、青年には聞き覚えがない。


それらの違いを、佐伯も否定しきれずにいるようだった。


「存在しないと決まったわけではありません」


佐伯は記録媒体を握り直す。


「通信方式も、保管されている記録も、一般には公開されていません。あなたが知らないことだけでは、判断できない」


言葉は冷静だった。


だが、自分自身へ言い聞かせているようにも聞こえた。


「連絡できなかったら?」


青年が尋ねる。


佐伯は答えなかった。


記録媒体の表示を確認する。


画面には、現在時刻ではない数字が残されていた。


《23:31》


「この時刻に心当たりはありますか」


佐伯の問いに、青年は首を横へ振った。


「ありません」


佐伯は画面を閉じた。


「では、白い線は」


「今日初めて見ました」


「ほかの人も見ていた?」


「誰も反応していませんでした」


佐伯の視線が、青年へ戻る。


先ほどまでとは違う目だった。


一般人を見る目ではない。


説明できない現象のそばにいた者を、慎重に観察する目。


「なぜ、あなたはここへ来たんですか」


「光が見えたからです」


「それだけで、封鎖区域へ?」


青年は地面に残る白い亀裂を見た。


見間違いだと思うこともできた。


引き返す理由もあった。


それでも、自分はここまで来た。


「放っておけなかったんです」


佐伯は何も言わなかった。


やがて亀裂へ視線を移す。


光は消えかけている。


このまま失われれば、佐伯が現れた場所を示すものは何も残らない。


「連絡を取れる場所まで案内してください」


佐伯が言った。


「そのあとは?」


「局の存在を確認します」


「ほかの五人は」


佐伯の指が、記録媒体の縁を強く押さえた。


「それも、確認します」


すべてを話したわけではない。


青年を信用したわけでもない。


それでも佐伯が、この世界で一人きりで動くことは難しかった。


青年だけが白い線を見た。


青年だけが封鎖区域へ入り、彼女を見つけた。


互いに知らないことを抱えたまま、二人は同じ場所を離れることになった。





封鎖区域を出るころには、空の色が変わり始めていた。佐伯は青年の肩を借りながら歩いていた。


自分の足で進もうとはしていたが、一歩ごとに呼吸が浅くなる。ときおり足元が揺らぎ、そのたびに青年が身体を支え直した。


「少し休みますか」


「必要ありません」


即答だった。


だが、声には先ほどまでの強さがない。


青年は歩く速度を落とした。


佐伯は何も言わなかった。


街へ近づくにつれ、人の姿が増えていく。


買い物袋を提げた者。


自転車で通り過ぎる学生。


仕事を終え、駅へ向かう人々。


誰も二人へ特別な注意を向けていない。


佐伯だけが周囲を見つめていた。


道路標識。


建物の看板。


走り去る車。


街頭に貼られた催し物の案内。


どれも見慣れたものに見える。


それでも、細部を確かめる目は止まらなかった。


「違いますか」


青年が尋ねる。


佐伯は視線を動かしたまま答える。


「今のところは」


「同じに見える?」


「ええ」


短い返事だった。


同じ街。


同じ日付。


同じ時刻。


それでも、この世界では十三分間の停止が起きていない。


外見だけでは判別できない違いが、日常の奥に隠れている。


やがて、青年は通りの脇に設置された公衆電話を見つけた。


「あれなら使えます」


佐伯が足を止める。


緑色の電話機を見つめたあと、小さく頷いた。


青年は佐伯を電話ボックスまで支え、壁際へ寄りかからせた。


「番号は分かるんですか」


「覚えています」


佐伯は迷わず答えた。


受話器を取り、硬貨を入れる。


記録媒体を持ったまま、空いた指で番号を押していく。


その動きには慣れがあった。


数秒後。


受話器の向こうで、短い接続音が鳴った。


呼出音は聞こえない。


代わりに、無機質な案内が流れ始めた。


その番号は、現在使用されていない。


佐伯の指が止まった。


「番号を間違えたんじゃ」


「間違えていません」


受話器を戻し、もう一度持ち上げる。


先ほどとは異なる番号を押す。


結果は同じだった。


現在使用されていない。


佐伯は三つ目の番号を入力した。


今度は呼出音すら鳴らなかった。


短い警告音のあと、通話が切れる。


青年は電話ボックスの外から、その様子を見ていた。


何度目かの操作を終えたあと、佐伯は受話器を握ったまま動かなくなった。


「全部、調査局の番号ですか」


「一つは支局。残りは緊急時の連絡先です」


「秘密の番号なら、使えなくなっていることもあるんじゃないですか」


佐伯が青年を見る。


「同じ日です」


低い声だった。


「番号が変更される前でも、廃止される前でもない。少なくとも、今日この時点で使えないはずがありません」


佐伯が受話器を戻すと、硬貨が返却口へ落ちた。乾いた音が、狭い電話ボックスに響く。


青年は近くに置かれた電話帳を開いた。


官公庁。


公共機関。


各種団体。


時間異常調査局という名称を探す。


該当する項目はない。


「表に出ていない組織なら、載っていないのが普通では?」


「名称は載りません」


佐伯は答えた。


「ですが、連絡先そのものは別の名義で残っています」


「その名前は?」


佐伯は口を閉じた。


青年へ話してよい情報かを見定めるような沈黙だった。


それだけで、青年にも答えは分かった。


「分かりました。言わなくていいです」


青年は電話帳を閉じた。


佐伯はわずかに視線を伏せる。


警戒を解いたわけではない。


それでも、青年が問いを重ねなかった意図は伝わったようだった。


「別の方法を試します」


佐伯は記録媒体を操作した。


画面には《23:31》が表示されたままになっている。


通信項目を開く。


登録されている連絡先を順に呼び出す。


《通信先 応答なし》


佐伯はもう一度実行した。


結果は変わらない。


別の連絡先へ切り替える。


《通信先 応答なし》


「壊れている可能性は?」


青年が尋ねる。


「記録機能は動いています」


「通信だけが使えない?」


佐伯はすぐには答えなかった。


画面を確認し、もう一度だけ操作する。


「少なくとも、登録されている連絡先からの応答はありません」


電話番号も使えない。


記録媒体からも連絡できない。


なぜ接続できないのかまでは、まだ分からなかった。


少なくとも、いま確かめられる範囲には、佐伯が所属していたという組織の痕跡はなかった。


青年は、封鎖区域での会話を思い出す。


時間異常調査局。


この世界では聞いたことのない名称。


それでも佐伯にとっては、戻るべき場所だった。


「ここには、ないんですね」


佐伯は答えなかった。


否定する言葉を探しているようだった。


やがて佐伯は通信画面を閉じた。


「まだ、確定はできません」


「でも、連絡は取れない」


「現時点では」


あくまで事実の範囲に留める言い方だった。


青年は電話ボックスの外へ目を向けた。


街は変わらず動いている。


人が行き交い、信号が切り替わり、時計の針が進んでいく。


この世界にとっては、何一つ失われていない夕方だった。


「これからどうするんですか」


佐伯は答えず、記録媒体を見つめた。残された連絡手段を探しているようだった。


だが、所属先と連絡が取れず、身体も満足には動かない。この世界で一人きりで行動することが難しいのは明らかだった。


青年は少し待ってから口を開いた。


「話せないことがあるのは分かりました」


佐伯が顔を上げる。


「それでも、何も知らないままでは手伝えません」


二人の間に、短い沈黙が落ちた。


佐伯は記録媒体へ視線を落とす。


そこには、連絡先の代わりに《23:31》だけが残されていた。


「どこまでなら話せるか、整理します」


佐伯は静かに言った。





佐伯は電話ボックスを出ると、歩道脇の低い柵へ身体を預けた。青年が手を貸そうとすると、今度は小さく首を振る。


立っているだけなら問題ない。そう示したかったのだろう。だが、顔色は戻っていなかった。


「ここでいいですか」


青年が尋ねる。


佐伯は周囲を確認した。


人通りはあるが、二人の会話へ注意を向ける者はいない。


「ええ」


佐伯は記録媒体の画面を消し、青年へ向き直った。


「先ほども名乗りましたが、私は佐伯真紀です。時間異常調査局の地下区域調査班に所属しています」


青年は黙って続きを待った。


すでに聞いている情報だった。


それでも佐伯は、確認するように一つずつ言葉を置いていく。


「私たちは、地下で確認された構造物を調査していました」


「私たちというのは、六人?」


「はい」


「どこにある地下ですか」


佐伯は答えなかった。


わずかな沈黙のあと、視線を逸らさずに告げる。


「場所は話せません」


「この世界にはない場所だから?」


「それも、まだ確定していません」


青年はそれ以上追わなかった。


佐伯が話せる範囲と、話そうとしない範囲。


その境目だけは、少しずつ見えるようになっていた。


「調査中に何があったんですか」


「五人と分断されました」


「分断?」


「同じ場所にいたはずなのに、互いの姿を確認できなくなった」


佐伯の指が、記録媒体の縁をなぞる。


「通信も途絶えました。そのあと、私自身の記憶にも一部抜けがあります」


「気づいたら、あの場所にいた」


「あなたに発見された時点では」


慎重な言い方だった。


それ以前に何があったのか、佐伯自身も確信を持てていないように、青年には聞こえた。


「ほかの五人が、同じ世界にいる可能性は?」


「否定できません」


「元の場所に残っている可能性も?」


「あります」


どちらも可能性でしかない。


佐伯は安易な希望も、最悪の結論も口にしなかった。


「だから戻る必要がある」


青年が言う。


佐伯は頷いた。


「少なくとも、分断が起きた地点を確認しなければなりません」


「そこへ戻る方法は分かるんですか」


「分かりません」


初めて、迷いのない否定だった。


青年は地面へ視線を落とした。


封鎖区域から離れたこの場所に、白い亀裂は続いていない。


あの光はすでに消えかけていた。


完全に失われていれば、戻るための手掛かりも残っていないかもしれない。


「《16:42》は何なんですか」


佐伯の表情がわずかに変わる。


「私がいた場所で、大規模な異常が確認された時刻です」


「時間が止まった時刻」


「はい」


「それと地下の調査は関係している?」


佐伯はすぐには答えなかった。


記録媒体の画面を開く。


表示されているのは、現在時刻ではない数字だった。


《23:31》


「関係があるかどうかを調べるための調査でした」


佐伯は画面を閉じる。


「今、話せるのはそこまでです」


青年は《23:31》が消えた画面を見つめた。


「その時刻については?」


「分かりません」


「調査局でも?」


「少なくとも、私が把握していた記録にはありません」


佐伯の答えが事実かどうか、青年には判断できない。


ただ、意図的に隠したときとは違って見えた。


佐伯自身も、記録媒体に残された時刻の意味を知らない。


それだけは確かなようだった。


「俺を信用していないんですね」


青年が言う。


佐伯は否定しなかった。


「あなたは一般人です」


「なら、ここで別れますか」


佐伯は青年を見る。


この世界の街を、佐伯はまだ把握していない。所属先へも連絡できず、身体も満足には動かない。元の場所へ戻る手段さえ失っている。


「白い線が見えたのは、あなただけです」


やがて佐伯は言った。


「私が倒れていた場所まで、迷わず辿り着いた」


「偶然かもしれません」


「その可能性はあります」


佐伯は一度言葉を切る。


「ですが、現時点で偶然として切り捨てることはできません」


信頼ではない。


必要だから、互いに離れられない。


青年にも、その関係の方が受け入れやすかった。


「俺が手伝うなら」


青年は佐伯を見る。


「話せないことがあるときは、そう言ってください。嘘で誤魔化さないでほしい」


佐伯はしばらく黙っていた。


「約束はできません」


予想していた返答だった。


「でも、必要のない嘘はつきません」


それが、佐伯に示せる限界なのだろう。


青年は小さく頷いた。


「では、現場へ戻りましょう」


佐伯が封鎖区域の方角を見る。


「あなたが最初に白い線を見た場所から、もう一度確認したい」


「街の時計がある交差点です」


「案内してください」


青年は歩き出す前に、佐伯へ肩を差し出した。


佐伯は一瞬だけためらい、今度は拒まなかった。


二人は、白い線の始まりを確かめるため、来た道を戻り始めた。





交差点へ戻ったとき、街の時計は午後六時を過ぎていた。


青年が《16:42》を見たときと同じように、針は変わらず進み続けている。


信号が切り替わり、人の流れが動き出す。


十三分間の停止が起きた痕跡など、どこにもなかった。


「ここです」


青年は時計を見上げた。


「この場所で、最初に白い線を見ました」


佐伯は青年の視線を追う。


建物と建物の隙間。


その先に、封鎖区域のある街外れが続いている。


「線は、どこから現れましたか」


「分かりません。気づいたときには、向こうに」


青年は指で方角を示した。


「空に浮かんでいるように見えました。でも、近づいてみたら地面に続いていた」


佐伯は記録媒体を起動した。


画面には《23:31》が残っている。


側面を操作し、位置情報の項目へ切り替える。


《現在位置 確認不能》


公衆電話で見たときと同じ表示だった。


「ここでは反応しない」


佐伯が呟く。


「何を探しているんですか」


「調査記録に残された位置情報です」


「さっきは、場所を話せないと」


「場所の名称は話せません」


佐伯は画面を閉じないまま続ける。


「ですが、記録媒体が照合できるかどうかは確認できます」


青年には、その違いがどれほど重要なのか分からなかった。


ただ、佐伯が必要以上の情報を出さないよう言葉を選んでいることだけは伝わってくる。


「封鎖区域まで、どの道を通りましたか」


青年は、自分が歩いた道を示した。


交差点から伸びる通り。


人通りが少なくなる細い道。


古い金属柵の前まで続く舗装路。


佐伯は周囲の建物を見ながら、その順序を頭に入れていく。


二人は再び歩き始めた。


白い線は、もう見えない。


夕暮れの街に残っているのは、青年の記憶だけだった。


「この角を曲がりました」


青年が言う。


「その先で、地面の亀裂に気づいた」


佐伯は記録媒体を確認する。


表示は変わらない。


《現在位置 確認不能》


さらに進むと、店の並ぶ通りが終わり、住宅も少なくなっていった。車の音が遠ざかり、代わりに草木が風に揺れる音が近づいてくる。


佐伯の歩みは遅かった。青年の肩を借りてはいるが、体重を預けすぎないようにしている。その無理が、かえって歩調を不安定にしていた。


「休んだ方がいい」


「現場を確認してからです」


「亀裂が消えていたら?」


佐伯は答えなかった。


その可能性を考えていないはずはない。


それでも戻らなければ、何も確かめられない。


やがて、封鎖区域の入口を囲む金属柵が見えてきた。青年が通り抜けた隙間も、そのまま残されている。


「ここからです」


二人は足を止めた。


地面にあった白い亀裂は、ほとんど消えている。


舗装路の端に細い跡が残っているだけで、内部から滲んでいた光は見えなかった。


青年は身を屈める。


「さっきは、ここが光っていました」


佐伯も視線を落とす。


「この先まで?」


「あなたが倒れていた場所まで続いていました」


佐伯が記録媒体を向けた。


反応はない。


《現在位置 確認不能》


佐伯は立ち上がり、柵の内側を見る。


「案内してください」


青年は先に隙間を抜けた。


振り返り、佐伯の腕を取る。


佐伯は何も言わず、その支えを受け入れた。


区域の中は、先ほどより暗くなっていた。


建物の影が長く伸び、草に覆われた地面を分断している。


青年は、白い亀裂が通っていた場所を記憶だけで辿った。


「この辺りです」


一度、足を止める。


「線は、ここを通っていました」


佐伯が画面を見る。


表示は変わらない。


さらに奥へ進む。


青年が女性を発見した場所へ近づいたところで、佐伯が足を止めた。


「この辺りですか」


「はい。あなたが倒れていたのは、もう少し先です」


佐伯は記録媒体を操作した。


保存されている調査記録を開く。


分断直前に記録された座標。


続いて、現在位置の取得を試みる。


先ほどまで取得できなかった数値が、短時間だけ表示された。


佐伯は二つの座標を並べる。


画面に照合結果が出る。


《記録座標 一致》


佐伯の呼吸が止まった。


青年は画面と周囲を見比べる。


荒れた地面。


使われなくなった建物。


地下へ続く入口など、どこにも見当たらない。


「一致って」


青年が尋ねる。


「あなたたちが調査していた場所と、ここが?」


佐伯はすぐには答えなかった。


佐伯は保存されている構造図を表示した。


細い通路。


いくつかの分岐。


分断直前の記録座標は、その中央付近に残されている。


画面上では地下構造物が存在する。


しかし、同じ座標に実際にあるのは、草に覆われた地面だけだった。


「同じ地点です」


佐伯が低い声で言う。


「私たちが分断される直前に記録された座標と、あなたが私を見つけた場所が一致しています」


「でも、ここに地下施設はない」


「ええ」


佐伯は周囲を見渡した。


そのとき。


記録媒体の画面が、一度だけ乱れた。


構造図とは別の位置に、見覚えのない表示が浮かぶ。


《接続地点 未確認》


佐伯の指が止まった。


「それは?」


青年が尋ねる。


「分かりません」


佐伯は表示項目を探した。


だが、《接続地点》という名称は通常の記録項目には存在しない。


同じ表示を呼び出す操作も見つからなかった。


数秒後、文字列は消えた。


残ったのは、保存された地下構造図と、現在位置との座標一致だけだった。


佐伯は、文字列が消えた画面を見つめる。


「行きます」


「その身体で?」


「ほかの五人へ続く可能性があります」


青年は建物を見る。


窓は塞がれ、入口も外から閉じられている。


それでも、佐伯を一人で向かわせるという選択肢は、もう残されていなかった。


「案内します」


青年が言う。


佐伯は一度だけ頷いた。


佐伯の記録に残された地点と。


青年が彼女を見つけた地点。


異なる構造を持つはずの二つの場所は、少なくとも座標の上では同じ一点を示していた。

2027/07/27 解析端末仕様整理に伴う修正

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ