改変
ガウェイン先生との話は残念な結果ではあったが、有意義なものでもあった。
魔術についてを知ることができたし、魔物のことも聞けた。
そして、なにより新しい祝詞があることも知ることができた。
「我、この経験を糧とし、力を得ん」
覚えた祝詞を口にして、鉈を振るう。
森に入るようになってからも続いている家庭内労働の薪割りだ。
森で得た薪や柴はギルドに買い取ってもらい、俺の小遣いとなっている。
が、自分の家で使用する薪などはそれとは別であり、今でも当然必要となる。
なので、誰かが薪割りをせねばならないのだけれど、それは今でも俺の担当となってしまっているからだ。
学校に通うようになってからも続けていた薪割りだが、森へ入るようになったことで、作業に使える時間はさらに短くなっていた。
なので、より早く、正確に薪割りを終えられるように集中して取り組んでいる。
その作業の際に、聞いたばかりの祝詞を使ってみた。
特に意味はない。
この祝詞は普段の食事の時に用いるものと違い、魔物を倒して魔術刻印を成長させるために使用するものだ。
なので、薪割りでは効果はないと思う。
が、それでもふと気になったのが、祝詞の文面だった。
経験を糧にして力を得る、ということは、別に何も魔物との闘いに限らなくてもよいのではないか。
そう思ったのだ。
食事の際の祝詞は、食べ物の命を糧にするためのものだとしか思っていなかった。
が、経験というのは、例えばこういう薪割りにも通用するのではないかと考えたわけだ。
「ん~。どうだろ。効果があるのかないのかわからんね」
だが、祝詞を唱えての薪割り作業ではその効果のほどが今一つ分からない。
実際に魔物を倒してから唱えたことがないので、違いを比較することができないのも痛い。
というか、そもそも論として魔術刻印を持たぬ身でこの祝詞を唱えることに意味があるのか疑問でもあるんだけど。
それにしても、この祝詞とは一体何なのだろうか。
どういう機序で効果を発揮しているのかは、ガウェイン先生も知らなかった。
ただ、昔からこういう風につぶやきながら祈りを捧げれば効果がある、という経験則が知られているに過ぎないのだそうだ。
祝詞の改変はできないものだろうか。
ふと、そんなことを考えてしまった。
だってそうだろう。
短い文の中の一部が変わっただけでも違う効果が発揮されるのだ。
だったら、同じように違う言葉を使用してさらに効果を変えられる可能性はないものだろうか。
そう考えて、薪割りをしながらも頭の中で改変をイメージする。
どんなものがいいだろうか?
あまり大幅に変えるのはやめておいたほうがよさそうだ。
何が起こるかわからないし、全く何も起こらない可能性も高い。
少し手を加えるだけで、別の効果を持つ祝詞を作れないだろうか。
そう考えながらも、俺は自身の体についても考える。
そもそも祝詞を改変してどうしたいのだろうか、と。
だって、現状では煎じ薬を飲み始めてから、俺の体はすでに飽和状態の兆しが見えてきているのだ。
今はまだいい。
俺の年齢は七歳だから体内の闘気を使って運動を続ければ、成長に合わせて容量も増えるだろう。
だが、今以上に煎じ薬を飲むようなことがあればその成長速度を越えての気の沈殿があるかもしれない。
ということは、ここはひとつ発想を転換してみるのはどうだろうか。
祝詞の効果は自分自身を対象としている。
それを他者に変えてみるというのはどうか。
いや、それだと俺が面白くないか。
では、人ではなく普段身に着けている物を対象にしてみる、というのはありか?
薪割りをしている最中だからか。
俺はその手に握る鉈に注目する。
この鉈は今ではもうほとんど俺専用になっていた。
いつも薪割りに使う鉈。
こいつには俺の気を流し込んで使っている。
闘気術・外纏だ。
俺の手先のツボから気を放出し、それを纏わせることで切れ味を向上させて使い、これまでは薪割り速度を上げていた。
だが、この外纏ではその瞬間の切れ味や耐久性の向上はみられるけれど、やめてしまえばもとに戻る。
こいつを恒常的に性能アップさせることはできないか。
つまり、鉈の性能を向上させるための祝詞を作り出せないだろうか。
「汝、闘気を糧とし、力を得ん」
そう考えて、オリジナルの祝詞をつぶやいて、鉈に対して闘気術・外纏を再度使用する。
ずいぶん大胆に内容を変えてしまった気もするが、まあいいか。
失敗しても別に問題ないんだしね。
俺はその日から、自作の祝詞を唱えながら、薪割り作業をすることにしたのだった。
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