【電子書籍1巻:記念SS1】公爵様の「もう少し」~エトとレオしゃまで、さくせんかいぎ!~
「エトワールは?」
「眠ってます。レオノール様がお帰りになってから、すぐ。たくさん遊んで、疲れたみたいです」
夕暮れの光が差し込む窓辺で、アルージュは椅子に座るリュノールの黒髪を梳いていた。その手が止まった。
「はい。整いました」
櫛が黒髪から離れた。
けれど、リュノールは立ち上がらなかった。
「もう少し」
「?」
アルージュは櫛を持ったまま横へ回り、そのまま夫に目を向ける。
「髪はもう、どこもはねていませんよ」
リュノールはゆっくりと顔を上げる。妻の持つ櫛がもう一度自分へ触れるのを待つように、アルージュを見つめる。
「もう少し」
その意味に気づいたのか、アルージュの頬がじわじわと赤くなった。
「そ、それなら。もう少し……」
アルージュは赤い顔を隠すように夫の後ろへ戻る。彼女の持つ櫛が黒髪を撫でるように滑ると、リュノールはわずかに目を細めた。
櫛を持つ指先が、淡くにじんだ。
櫛も、黒髪も、二人の姿も。
光の中へ溶けるようにぼやけ、景色が移ろった。
次に見えたのは軽食の席だ。
リュノールは、すぐ隣に座る妻の顔を見つめていた。
「どうかしました?」
リュノールの手が伸びる。指先がアルージュの唇に触れ、端についていたわずかな黄身をぬぐい取った。
そのまま、自分の口へ運ぶ。
「……!」
アルージュは驚き、唇をわずかに開いた。
そこへ、もう一度リュノールの指先が触れる。けれど今度は、ぬぐうものなど何もない。
「……もう少し」
アルージュの頬は、みるみるうちに高揚した。逃げるように手元の皿へ視線を落とす。
「た、卵がほしいのでしたら……」
慌てて、自分の皿をリュノールへ差し出した。
けれど、リュノールの手は皿には伸びず、妻の手の甲をそっと包んだ。
耳まで赤くなるアルージュを、じっと見つめるリュノール。
その月色の瞳が揺らいだ。
二人の姿は溶けるように消えていく。
(そ、そんな……!)
◆ ◆ ◆
「たいへんです!」
目がさめたわたくしは、いきおいよくおきあがった。
こうじょうのしんしつのまどべには、朝日がきらめている。
「レオしゃま……?」
となりでは、おとまりにきていたエトが、ねむそうに目をこすっていた。
そばには、お母さまがソファにこしかけ、わたくしたちを見まもっていた。
「レオノール、ずいぶん慌てているな。未来の夢……啓示を見たのか?」
「はい。エトのおうちでした」
あのけしきを、わたくしはしっかりおぼえていた。
「こうしゃくさまがアルージュさまに、なんどもおねがいするのです」
「おとぅしゃまが、おかぁしゃまに?」
「ええ。かみをととのえても、『もうすこし』と、うごかないのです。それに、ゆでたまごも『もうすこし』と、ほしがっていました」
「おとぅしゃま、うごかない……おなかすいてる?」
「きっと、とても」
「おかぁしゃまのたまご、なくなっちゃう」
みらいのアルージュさまは、おかおをまっかにしていた。
「このままでは、アルージュさまがこまってしまいます!」
「エト、おかぁしゃま、たしゅける!」
二人で、しっかりとうなずきあった。
「そのひは、わたくしがエトのおうちへあそびにいったあとですの」
まちがいない。
けいじのはじめに、アルージュさまが言っていた。
(でも、どうやってたすければ……)
わたくしはじぶんのかみにふれて、はっとした。
「よいくしなら、なんどもとかさなくても、かみがきれいになります!」
わたくしとエトは、お母さまへかけよった。
「おかあさま、こうしゃくさまへおくりものをしても、よいですか?」
お母さまは、なぜか楽しそうにわらった。
「ああ。用意しよう」
「ありがとうございます!」
「おとぅしゃま、『もうすこち』って、いわない!」
わたくしとエトはほっとして、またうなずきあった。
「じゃあエトは、おかぁしゃまに……」
そのまま、エトのつづきのことばは、でてこなかった。
◯ ◯ ◯
(エトも、おかぁしゃま、たすけたい)
でも、どうすればいいのか、わかんないの。
あさごはんのじかんになって、エトはレオしゃまとへいかしゃまと、いすにすわる。
めのまえのごはんをみたら、うれしくなった。
「おいちそう!」
まっしろなパン。
ぽかぽかのスープ。
つるんってした、ゆでたまご!
(あっ)
エト、きづいた。
だからちょっとかんがえて、フォークをおいた。
もうちょっとかんがえて、ハンカチをだしてひろげた。
ゆでたまごをつつもうとしたら、へいかしゃまがこっちをみた。
「エトワール、食べないのか?」
「ゆでたまご……おかぁしゃまに、もってかえるの。おとぅしゃまにあげたら、おかぁしゃまの、なくなっちゃう」
「案ずるな。アルージュには別に用意しよう。みんなで食べても余るくらい」
エトはおどろいて、おめめがまるくなった。
「おかぁしゃまの、いっぱい?」
「ああ」
「いっぱい……! ありがとでしゅ!」
エトはうれしくなって、ゆでたまごをたべた。
「おいちい!」
レオしゃまも、ニコニコのかおになった。
「たまごがたくさんあったら、あんしんですわ」
おかぁしゃまのたまご、なくならない!
それから、エトとレオしゃまで、さくせんかいぎ!
へいかしゃまは、わらってた。なにもいわないけど、たのちそう。
エトはレオしゃまとへいかしゃまに「ありがとう」して、おうちへかえった。
おとぅしゃまに、りっぱなおてがみをわたした。
おかぁしゃまは、めをパチパチってしてる。
「リュノール様、その封書……皇族の印ですね。陛下からでしょうか?」
「いや。『わたくしからこうしゃくさまに、おわたししたいものがあります』……レオノール殿下から俺宛てだ」
ふたりとも、ふしぎそう。
そして、いよいよ、さくせんのひ。
レオしゃまが、エトのおうちにくるひになりまちた!
エトとレオの作戦、はたして結末は……?
記念SS2は鋭意制作中です!
引き続きお楽しみいただけますと嬉しいです。




