第9話 拳で語る
タコ公園の中央。
街灯の明かりに照らされ、ジンキとガリバーが向かい合った。
アフロを含む二年生たちは円を描くように二人を取り囲み、息を殺してその瞬間を待っていた。
「……いけ......ジンキ」
ゴウキが腕を組んだまま、低く言った。
ガリバーはスッと左手を前に出し、ボクサースタイルで構えた。
細身だがしなやかな筋肉に覆われた身体。
足の運びは無駄がなく、ほんの数秒で相手の間合いを測りきっている。
「来いよ」
自信に満ちた声が夜風に乗った。
ジンキは肩の力を抜き、すこし首を傾けながら構えた。
足幅は狭く、まるで素人のような姿勢。
だが、その瞳は鋭く、すべてを見通しているかのようだった。
―
最初に仕掛けたのはガリバーだった。
左のジャブ。
拳が残像を引きながらジンキの顔面を捉えに行く。
――だが。
ジンキはほんの半歩、首を傾けるだけでそれを避けた。
風圧だけが頬をかすめる。
「なっ……!」
見守っていた二年生たちが息を呑む。
ガリバーは間を置かず、右のストレートを打ち込む。
だがそれも、ジンキは紙一重でかわした。
上体をひねるだけで拳をすり抜ける。
「おいおい……まるで当たらねぇじゃねぇか……」
誰かが震える声で呟く。
―
「う、嘘だろ……」
コウスケが顔を引きつらせた。
「全国ベスト8のボクサーだぞ!? 石橋ガリバーだぞ!? なんで当たらねぇんだ!?」
その横で、ゴウキは腕を組んだまま、飄々とした顔で答えた。
「当たり前だろ」
「……はぁ!?」
「ガリバーだったっけ? 全国ベスト8か......」
ゴウキは口の端を持ち上げた。
「ジンキもボクシングをやってた。中一から三年間、一度も負けたことがねぇ。つまり――三年連続チャンピオンってことだ」
「な、な……なにぃぃ!?」
コウスケの目玉が飛び出しそうになる。
「ちょっ、ちょっと待てよ! それってつまり、中学で無敵ってことじゃねぇか!」
「おまけにだ」
ゴウキは楽しそうに続けた。
「あいつはそれを左手一本でやり遂げてる」
「なっ……!?」
コウスケは膝から崩れ落ちそうになりながら叫んだ。
「左手一本で三年連続チャンピオン!? いやいや、化け物かよ!?」
「そういうことだ」
ゴウキの声は誇らしげだった。
―
その間もリングさながらの攻防は続いていた。
ガリバーはジャブを連打し、距離を詰めようとする。
しかしジンキは軽やかに足を動かし、すべてを紙一重でかわす。
ヒュッ、ヒュッ、と空を切る音だけが公園に響く。
額に汗がにじみ始めたのは、挑む側のガリバーの方だった。
(なんだこいつは……! 避け方が自然すぎる……! まるで、俺の攻撃を知っていたみたいに……!)
「ジンキ……やっぱセンスが違ぇな」
ゴウキは小さく呟いた。
―
一方のジンキは――。
(……今、可愛い子が見てたりしねぇかな)
避けながら、そんなことを考えていた。
(いや、絶対いねぇだろこんな場所……でももし居たら……モテるんじゃねぇか? “キャー迅鬼くんかっこいい!”とか言われたりして……)
そう考えた瞬間、不意に笑みがこぼれた。
その余裕がまた、周りを震撼させる。
「な、なんだあの顔は!?」
「避けながら笑ってやがる……!」
二年生たちは焦燥に駆られた。
―
「クソッ……!」
ガリバーの動きに焦りが混じり始める。
ジャブは大ぶりになり、パンチに切れがなくなる。
ジンキの瞳が光った。
(……あ、隙だらけ)
次の瞬間。
スッ、と体を沈め――
「ふッ!」
左アッパーが唸りを上げて突き上げられた。
「ガハァッ!!」
衝撃にガリバーの顎が跳ね上がる。
そのまま体が持ち上がり、膝から崩れ落ちた。
泡を吹き、目をひん剥いたまま倒れ込む。
「……な、なんだとォォォ!?」
アフロを含む二年たちが絶句した。
―
静まり返るタコ公園。
誰もが信じられないものを見た顔をしている。
「やっぱ……あいつはボクシングしてるときが一番かっけぇな」
ゴウキがぽつりと呟いた。
その声には、親友としての誇りがにじんでいた。
街灯の下、涼しい顔で立つジンキ。
その拳はまだ温まっているようにすら見えた。
――こうして、迅鬼の圧倒的な勝利でタコ公園の決闘は幕を下ろした。
ここまでお読みくださり感謝です!
面白いと思っていただけたら、ブックマークや評価をポチッとお願いします。励みになります!




