第51話 静かな午後
風が、やわらかく吹いていた。
夏の終わり。空は高く、雲がゆっくり流れている。
ゴウキは自分のバイクを磨いていた。
黒いタンクに映る空が、どこまでも澄んでいる。
横ではジンキが缶コーヒーを片手にしゃがみこみ、あくびを噛み殺していた。
「……やっと免許取って、やっと乗れたってのに、磨いてばっかじゃねぇか」
「うるせぇ。まずは手入れからだろ」
ゴウキはタオルを回しながら淡々と答える。
「お前はすぐ走りたがるけど、こういう時間も大事なんだよ」
「俺は走ってる方が性に合うんだよなぁ。止まると退屈する」
ジンキは空を見上げ、薄く笑う。
「……でも、こうして何もねぇのも悪くねぇか」
「そうだな」
ゴウキもタオルを止め、空を仰いだ。
少し前まで血の匂いが絶えなかったこの街も、今は静かだ。
どこかの角から子どもたちの笑い声が聞こえる。
「なぁ、ジンキ」
「ん?」
「俺ら、あの頃のままだったら、こんな午後を過ごすこともなかったかもな」
ジンキは少し黙って、頬をかいた。
「……そうだな。昔は壊すことしか知らなかった」
そして口元をゆるめる。
「でも今は、守るもんができた。だから、悪くねぇ」
ゴウキは笑う。
「守るもん、か。俺はバイクくらいしか思いつかねぇけどな」
「それでいいじゃねぇか」
ジンキが立ち上がり、ヘルメットを手に取る。
「乗るぞ。風、感じてこようぜ」
ゴウキは少し考えてから、うなずいた。
「おう。久しぶりに、ただのツーリングってやつをしてみるか」
二人はバイクに跨り、エンジンをかける。
音が街に響き、鳥が飛び立つ。
「どこ行く?」
「どこでもいい。行き先決めねぇのが、いいんだよ」
ジンキの笑い声が風に混ざった。
次の瞬間、二台のバイクが同時に走り出す。
夏の光を切り裂くように、二つの影が並んで進む。
“拳鬼”と“獅鬼”と呼ばれた二人。
今はただ、風を追い、空の下を走る若者だった。
信号が青に変わる。
ジンキが叫ぶ。
「なぁゴウキ、次の信号、負けんなよ!」
「言うと思った!」
笑い声が響き、二台のエンジンが唸りを上げる。
その瞬間だけ、世界はまた少しだけ燃えて見えた。
――双天鬼、ここに一旦終幕。
だが風はまだ、彼らの名を運び続けていた。
ここまで読んでくださった皆さん、本当にありがとうございます。
「双天鬼」は、ひとまずここで一区切りにしたいと思います。
物語としてはまだまだ続けられるのですが、
今は別の作品に全力を注ぎたいと思っており、
中途半端な更新になるよりは、一度しっかり休もうと決めました。
これまで応援してくださった読者の皆さん、
ブックマークや感想、そして毎回読みに来てくれた方々――
本当にありがとうございました。
拳鬼と獅鬼の物語は、自分の中でもまだ終わっていません。
またいつか、彼らの続きを描きたいと思っています。
その時は、今よりもさらに熱く、強くなった姿をお見せできるように。
しばらくは別の作品で活動しますが、
「双天鬼」という作品はこれからも自分の大切な原点です。
ここまで読んでくれたすべての方へ、心からの感謝を。
そして、またどこかの物語でお会いしましょう。




