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第39話 噂の波紋

潮多工業の朝。

始業前の教室はいつも通りのざわめきに包まれていた。だが、その日だけは空気が違った。誰もが机を寄せ合い、小声で同じ話題を囁いている。


「なぁ聞いたか? 間島のドライブが潰されたらしいぞ」

「嘘だろ……あのドライブだぞ。間島高校のトップで、最凶って呼ばれてた怪物じゃねぇか」

「だが本当だ。潰したのは――双天鬼だ」


その名が出ると、教室の空気がピリッと引き締まった。双天鬼、ゴウキとジンキ。潮多高校の頂点に立つ二人の名は、すでに校内で絶対的な響きを持っていた。だが今回の噂は、その枠を越えて地区全体を揺らし始めていた。


教室の隅でコウスケが机に突っ伏しながら得意げに漏らす。

「……俺も現場にいたんだぜ」

小さな声だったが、隣の数人が耳をそばだてる。だが次の瞬間、香田が容赦なく後頭部を小突いた。

「調子に乗るな。お前なんざ震えてただけだろ」

「う、うるせぇ!」

言い返すコウスケに笑い声が起こるが、その笑いには羨望が混じっていた。彼が「双天鬼の仲間」としてそこにいた事実だけで、周囲の目は変わっていた。


窓際のマッスルはパンを頬張りながら取り巻きに囲まれている。

「ほんとにチェーン握り潰したのか?」

「三人まとめて投げ飛ばしたって噂もあるぞ!」

マッスルは口をもぐもぐさせたまま、ニヤッと笑い、無言で親指を立てた。それだけで周囲はどっと沸き、さらに噂は膨れ上がる。


一方、ガリバーは無言で教科書を広げていた。質問を投げかけられても首を横に振るだけ。それでも周囲の生徒たちは「やっぱりガリバーも一緒にいたんだ」と勝手に確信し、ますます双天鬼の仲間たちを神格化していった。


廊下の窓際には、ゴウキとジンキ。

ゴウキは腕に包帯を巻きながらも、まるで気にしていない様子で腰を掛けていた。

「……なんか騒がしいな」

ジンキはポケットに手を突っ込み、口の端を吊り上げた。


廊下を通る生徒たちが、わざと聞こえるようにひそひそ声を漏らす。

「やっぱり双天鬼がやったんだ……」

「潮多のトップどころか、東地区全体の頂点じゃねぇか」

「もう逆らえるやつなんていねぇだろ」


ジンキは鼻で笑い、ゴウキと視線を交わす。

「おい、俺らいつから“化け物”扱いされてんだ?」

「最初からだろ」

二人は同時に笑い、周囲の生徒たちは息を呑んだ。



だが噂は校内に留まらなかった。

放課後、潮多の繁華街。駅前のロータリーやゲームセンター前にたむろする他校の不良たちも、その話題でもちきりだった。


「おい聞いたか。間島高校のドライブが、潮多の双天鬼にやられたらしい」

「マジかよ……間島っていったら県で一番有名な不良校だろ。そこの頭が潰されたってのか?」

「そうだ。昨日の夜、工事現場でやられたんだとよ。双天鬼は二人、しかも片腕にナイフ刺さってても倒したって話だ」


「バケモンだな……」

「結局、どんな数でもあの二人には勝てねぇってことか」


噂は尾ひれをつけながら広まり、近隣のチームにも動揺が走った。

「次に狙われるのは俺らじゃねぇのか?」

「東地区の覇権は完全に双天鬼に握られた。間違いねぇ」


かつては「間島に喧嘩売るなんて自殺行為」と言われていた。だがその間島のドライブを倒した事実は、それ以上の衝撃を地区中に与えていた。



一方、潮多工業の日常は続いていた。

購買部では相変わらずパンの争奪戦が繰り広げられ、廊下にはふざけ合う笑い声。屋上では昼寝する生徒の姿もある。

だが、どこにいても双天鬼の名は消えなかった。


「完全に双天鬼の時代だな」

「次はどこが潰されるんだ?」

「いや……もう東地区には敵対するやつなんか残ってねぇだろ」

「これからは逆に守ってくれるんじゃねぇか? あの二人が潮多の看板だ」


そんな囁きが自然と広がる。恐怖だけでなく、畏敬と期待も混じり始めていた。


ジンキとゴウキは、そんな空気を背に受けながら階段を降りていく。

「なぁジンキ……俺ら、また面倒ごと呼び込んでんじゃねぇか?」

「呼び込んでんじゃねぇ。勝手に寄ってくんだよ」

ジンキの笑みは軽い。だが、その軽さこそが周囲には恐ろしく映った。


双天鬼――。

その名は、もはや潮多工業だけでなく、地区全体に響き渡る象徴となりつつあった。

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